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第百四十七話 次鋒
しおりを挟む「――――それまで!」
決着は一瞬の攻防で終わりを告げた。
土埃の収まった訓練場に響くイクスムさんの双方を止める声。
黒く空間を染めあげるが如き魔法を使い全力を出し切ったプリエルザ。
真っ向からそれに立ち向かい打ち破ってみせたチェルシーさん。
模擬戦とはいえ手に汗握る白熱の勝負だった。
「チェルシーをあれだけ苦戦させるとはね。やはりプリエルザ君の想いは本物か……」
激戦を繰り広げた二人。
ハルレシオさんの一声で待機していた回復魔法の使い手が現れ両者の傷を癒やしてくれている。
「心配しなくても上級回復魔法なら火傷痕だって綺麗さっぱり跡形もなくなるさ」
「そうだね。彼らはセリノヴァール家の誇る専属の回復魔法士だ。傷痕も残らないように治療してくれる。そこは安心してくれていいよ。もっとも体力までは回復しないからプリエルザ君には少し休憩が必要だろうけど」
そうか……チェルシーさんの灼熱魔法でつけられてしまった傷痕は遠くからでも痛々しそうだったから綺麗に治るなら良かった。
回復魔法の緑光が傷だらけの二人を癒やしていく。
一段落した頃二人が観客席に向かって近づいてくる。
体力の著しい消耗と魔力の枯渇のせいだろう。
若干顔色の悪いプリエルザ。
不意によろけてしまったのをチェルシーさんが咄嗟に支えてくれてた。
「すみません。最後は傷つけるつもりはなかったのですが……少しコントロールが乱れました。……綺麗な首に傷をつけてしまいましたね」
「いいえ! 構いませんことよ! この傷は名誉の負傷! それに回復魔法のお陰ですっかり治りましたもの! 問題ありませんわ!」
気丈に振る舞うプリエルの首元から流れていた血はすでに止まり、傷痕は痕跡一つない。
それでもチェルシーさんは気にしていたようだ。
それはきっと彼女が戦いを通じてプリエルザのことを少なからず認めてくれたからなのかもしれない。
「そうですか……余計なことを言いました」
笑い合う二人はどこか戦友のような雰囲気を漂わせていた。
プリエルザがチェルシーさんに礼をいってこちらへと歩いてくる。
いつものハイテンションさが鳴りを潜め、落ち込んだ様子のプリエルザ。
「……ニールさん、申し訳ないですわ。ワタクシ……敗けてしまいました」
(う~ん、プリエルザもこんな風に大人しくなることがあるんだな。てっきりいつもの高笑いで帰ってくると思ったのに拍子抜けした)
(ミストレア……)
ミストレアの無神経な発言はおいておくとして、プリエルザが余程チェルシーさんに勝ちたかったのはその態度からも察せられた。
「……アレは仕方ないだろ。お前は精一杯戦ってくれた。真剣に戦った結果があの結末だった。それがクライに頼られたことの成り行きだとしても……他人のはずのオレの我儘に付き合ってくれた。助かったよ、ありがとう」
「ニールさん……はい」
ニールは『湿っぽい話はやめにしようぜ』と場の空気を変えると、少し離れた位置でチェルシーさんを労うハルレシオさんを眺めながらニヤリと笑う。
「それにこの模擬戦では勝敗はあんまり関係ないらしいからな。あれだけの戦いを見せたお前の力を認めないなんてことを言うはずがないだろ」
「……そうでしょうか?」
「ああ、お前の強さはこの場にいた全員に十分魅せつけた。オレが保証する」
「……やはりワタクシの勇姿は何者も魅了していまうようですね。ニールさんもワタクシにゾッコンのようですし」
「…………ん?」
「恥ずかしがらなくてもよろしいのですのよ。高貴で可蓮なワタクシの魅力にメロメロなのでしょう? 仕方ありませんわ。貴族の中の貴族、このプリエルザの強敵相手にも全力・全開で立ち向かう勇姿には、何人も目が離せなくなって当然なのですから!!」
「あ、ああ」
(なんか知らんがいつもの調子に戻ったな)
(まあ、落ち込んでるより元気で強引な姿の方がプリエルザらしいっていえばらしいのかな?)
「はぁ……まあ調子を取り戻したならいいさ。それより次だ。……さあて、オレとクライどっちが戦う?」
ニールの言葉に俺たちは顔を見合わせた。
俺とニール、どちらが先に戦うか、それは――――。
内側から見る訓練場は思ったより広く感じる。
闘技場と似た構造、囲うように設置された壁に少し高い位置の観客席。
見られている意識に身体が強張る。
(向こうも準備はできたようだぞ)
「…………」
相対するのはハルレシオさんの執務室で出会った謎の多い人物。
護衛のようにも使用人のようにも見えない相手。
彼は動きやすさを優先したような黒と緑の斑らな鱗鎧を身に着け一人訓練場に佇んでいる。
「はぁ~~、やっと普通に喋れるぜ」
ヴィクターさんはなにかから開放されたような晴れやかな表情で大きく伸びをして腕を振り回す。
(アイツ、急に雰囲気が変わったな。最初に執務室で出会ったときの影のある感じはなんだったんだ?)
「悪りぃな。交渉の時には俺は喋るななんてハルの奴に言われてたからな」
え……そんな取り決めを?
思わず観客席に座るハルレシオさんを見る。
彼はバレたか、といった苦笑を浮かべつつも否定しなかった。
「お前らがくるのをハルは予想していた。いずれどうにかして自分に、セリノヴァール公爵家に辿り着くとな。……まあ、そんな考えもいまならわかる。お前らが簡単に目的のものを、エリクシルを諦めちまうようなタマには到底見えねぇ。特に狼獣人のニールとかいうニイチャンは喉元に喰らいついてでも悲願を成し遂げるって覚悟がさっきの交渉でも伝わってきたからな」
「予想していたんですか? 俺たちが訪れることを。……ならこの模擬戦は?」
「ああ、これも予定通りだ。これからのことを考えたらお前らの力がどれほどのもんか確認するのは必須事項だからな」
これからのこと……ハルレシオさんにはこれから先の予定も考えの内なのか。
「そうは言ってもハルもお前らのエリクシルを求める理由までは知らなかっただろうがな。アレには驚かされたよ。家族のためとはいえ自分の人生すら投げ打つ覚悟とはな。クックック、笑わせてもらったよ」
「なに?」
「おおっと、悪い悪い。別に怒らせるつもりはなかったんだ。交渉の内容といい、挑む覚悟といい、ただぶっ飛んだ奴が現れて嬉しかっただけだ。貶すつもりはねぇんだ。誤解させちまったなら謝るぜ」
ミストレアの僅かに怒りの混じった指摘に慌てて両手を振って弁解するヴィクターさん。
(コイツ……公爵家の坊ちゃまが黙らせておいたのもわかるな)
……同感だな。
さっきの言動からもどうもヴィクターさんは誤解されやすい人のように思える。
でもそれすら楽しんでいるような雰囲気が彼にはあった。
「どうも俺は余計なことまで喋っちまうらしいな。ハルやチェルシーにはよく怒られるんだ。我慢が足りないってな。まあ、自分でも直せるとは思ってねぇけど」
平然と話すヴィクターさん。
言葉通りに大して二人の注意は気にしていなそうだ。
……それにしても本当にこの人は何者なんだ?
執務室での態度はともかく、いまの言動といいあまりにハルレシオさんやチェルシーさんと親しい相手に見える。
「さてそろそろ話も終わりか。戦いをはじめるとしようぜ。――――行くぜ、ヘロスレクス」
右手をかざし虚空を掴むように宣言する。
それは自らの天成器を呼ぶ声。
「天成器、起動」
「……槍?」
柄も長ければ刃も長い。
ヴィクターさんは両手で握った大槍を頭上で一回転させると柄を勢いよく地面に叩きつける。
「コイツみたいな長い穂を持つ槍を大身槍っていうらしいな」
顕になった全長は三m前後。
驚きなのはその通常の槍とは異なる穂先の部分。
一m近くある長い先端、まるで細見の片手剣の刃をそのまま取りつけたような厚く鋭い断ち切るためのもの。
かなり重量のある品物にも見えるが……ヴィクターさんには取り扱う自信が見てとれた。
彼は叫ぶ。
戦いの始まりを。
「実際模擬戦を行うことは最初から決まってたんだが対戦相手は俺が希望したんだぜ。“孤高の英雄”! 俺はずっとお前と戦いたかった!!」
正体も実力も未知数の相手との模擬戦がいま始まりを迎える。
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