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1巻

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 序章


 黒い雲が一面に立ち込める空にはすさまじい旋風せんぷうが起こり、あたりは暗闇に包まれる。厚い雲の間から空を切り裂くように閃光せんこうが走り、ドォンという大きな音が耳をつんざいた。
 激しい雨とともに大地には水が氾濫はんらんし、今にも沈みそうな高台に残された親子と思われる四人を男が見つけた。

「ここだ。手を伸ばせ」

 男は、つい数時間前まで平地だったところに突然押し寄せた濁流だくりゅうに片脚を突っ込み、高台の対岸たいがんにある大木を片手でつかんで、もう片方の手を差し出す。

「あなたひとりでは無理だ。せめて、この子たちだけでも」

 体中に切り傷を負い血を流す父親が、泣きじゃくる双子らしき男女を次々と男に渡した。

「元気で……生きるのよ」

 片腕をなくして鮮血が噴き出している母親が、血の気のない顔で最期さいごの力を振り絞るように叫んだ。

「あなたも行って」
「私はお前とともにある」

 母にかされた父が、別れの言葉を拒否して母を腕にしっかり抱く。双子をたくされた男は、無念の思いでそれを見ていることしかできなかった。

「子供たちを、お願いします」

 悔しそうに唇をみしめて大粒の涙を流す父は、母をしっかりと抱きしめたまま、濁流にのみ込まれていく。

「くそっ」

 双子にその光景を見せまいと両腕で強く抱きしめる男は、無力感とやりきれなさに胸を占領されて顔をゆがめる。
 あやかし界の頂点に君臨するはずだった男は、この子供たちとともに必ず生き延びてみせると覚悟を決めたのだった。



 第一章 子供たちに拾われました


「どうか……どうか当たりますように」

 風薫る五月の月曜日。
 就職活動の面接帰りの山科美空やましなみそらは、暗くなった公園で空を見上げて両手を合わせていた。神さまに願っているのだ。もちろん、本当に神さまが空の上にいるかどうかは定かではない。
 今日は初めて一口だけ購入した数字選択式宝くじの抽選日。スマホの画面に映し出される抽選の模様を見守る美空の心臓は、これまでにないほどバクバクと大きな音を立てていた。今まで仕組みすら知らなかったのだが、立会人の前でボールがぐるぐる回る機械に目がくぎづけになる。
 美空は『お願い、次こそ来て!』と心の中で叫んだ。
 次々と発表される数字は美空の選んだそれとは異なり、若干、いや思いきり眉間にしわが寄っていく。
 申し込んだ数字六つのうち三つ同じだと最下位の五等で千円。しかし三つめが発表された今、ひとつもかすっていないため、次が外れると紙屑かみくずとなる。
 キャリーオーバー中の一等、約三億を狙って購入したはずなのに、たった数分で『千円でもいいですから!』となるのがギャンブルの恐ろしいところだ。

『二十六です』
うそ……」

 スマホ相手に大声を出してがっくり肩を落とす。外れが決定した瞬間だった。

「あぁ、二百円が……」

 美空は長い髪に手を入れて頭を抱え、途方に暮れる。
 たった二百円と言われればそれまでだが、今の美空にとっては大金だ。
 実はひと月ほど前に勤めていた旅行代理店が倒産し、会社が借り上げて寮にしていたワンルームマンションで生活していた美空は住居を失ったのだ。
 社長と従業員が四人だけという小さな会社だったものの、『旅行を通して、お客さまの幸せな時間を演出したいんだ』という社長の熱い信念に共感し、短大を卒業してから五年、必死に働いてきた。
 幼い頃に母を亡くし、二年前に父まで天に召されたときには、社長も一緒に泣いてくれた。そして仕事に没頭して悲しみを紛らわそうとしていた頃、『頑張りすぎだぞ。君が倒れたらお父さんが悲しまれる』と優しい声かけをしてくれたのを、美空はずっと感謝していた。同業他社に比べて給料はかなり安く、生活はギリギリだったものの、社長についていくと決めていたのだ。
 それなのに、人格者だとばかり思っていたその社長が、長年にわたり会社の金を横領していたのが発覚。どうやら給料が安かったのは、売り上げの多くが社長のふところに入っていたからのようだ。美空たち社員にはうまいことを言って、ずっと裏切り続けていたのだ。
 社長は横領が明るみに出たのと同時に雲隠れ。取引先からの信用も失い、資金繰りがどうにもならなくなった会社が倒産に至るのは当然だった。
 未払いの給料が支払われる目途めどなどない上、会社が寮の家賃を滞納していたこともあきらかに。『本当に困ってるの』と涙目になる大家に同情した美空は、コツコツ貯めていた貯金から四カ月分の家賃を全額支払った。
 さらには、給与明細に雇用保険の記載があったにもかかわらず、会社が加入を怠っていたことまで発覚して、失業手当すらもらえないありさま。かなりのブラック企業だったことに今さら気づいても遅かった。
 無職になってしまったせいで次の住居が決まらず、安いビジネスホテルやネットカフェを転々とする毎日。就職活動にもなにかとお金がかかり、あっという間に貯金の残高がわずかになってしまった。
 ここは一攫千金しかない!とほとんどやけっぱちでくじに手を出したのだが、いきなり一等が当たるほど世の中は甘くない。
 そのとき、打ちひしがれる美空のスマホに、メールが着信した。

「またお祈りだ」

 先日、面接に行った会社からのお祈りメール――不採用通知だった。どうやら住所不定であるのと、天涯孤独で身元保証人がいないのがネックらしく、アルバイトですらなかなか採用に至らない。
 悪いことは重なるもので、脱力してしまった。

「どうしよう……」

 スマホを売るべきだろうか。でも電話がなくなったら、就職活動はさらに難しくなる。人生最大のピンチに涙目になるのを抑えられない。

「大丈夫。なるようになる!」

 まったくそんな気はしないけれど、美空はわざと声を張り上げて自分に言い聞かせる。
 なんとかなるというよりは、なんとかするしかない。
 といっても……最後の望みだったくじが外れてしまった今、ネットカフェに寝泊まりする余裕もない。それどころか、節約のために一昨日からなにも食べておらず、視界がふわふわして焦点が定まらなくなってきた。もう限界が近い。

「神さま、父と母のところに連れていってください」

 必死に自分を奮い立たせてきたけれど、信頼を寄せていた社長に裏切られていたことを悟った時点で、本当は心がぽっきり折れている。
 両親ともに先立たれて、人生順風満帆まんぱんというわけではなかった。泣き明かした夜も数知れず。でも、真面目に生きていればそのうちいいことがあると信じてこれまで歩いてきたのに、ひとつもない。
 ずっと我慢していた涙がホロリとこぼれてしまい、慌てて拭う。
 そのとき、公園に隣接する家の庭の石楠花しゃくなげが白い花を競うように咲かせているのが視界に入った。

「高嶺の花、か……」

 たしか石楠花は、もともと高山に咲く花であり採集するのに危険を伴うことから、簡単に手に入らない意味を示す〝高嶺の花〟と言われているはずだ。
 私も一度くらいそんなふうにちやほやされてみたかった。幸せになりたかった。
 美空はそんな言葉をみ込んで空を見上げる。

「あっ」

 空にまたたく星が見えたと思ったら目の前が真っ暗になり、全身の力が抜けて倒れ込んでしまった。
 ――私、このまま死ぬんだ、きっと。
 美空は意識が遠のくのを感じながら、そんなことを考える。

「どうちたのー?」
「ねんね?」
「死んじゃった?」
「つんつんしゅる?」

 どこからか舌足らずなかわいらしい声が聞こえてきたものの、まぶたが重くて開かない。
 それから美空の記憶はぷっつりと途絶えた。


「ん?」

 次に目覚めたときには、布団に寝かされていた。

「天国?」

 美空はひどく焦ったものの、目に飛び込んできたのはごう天井てんじょう。天国ではなさそうだ。
 ゆっくり起き上がると、枕元にもうすっかり冷めた日本茶が入った湯呑ゆのみが用意されている。
 喉がカラカラに渇いていた美空は、ありがたくそれを口に運んだ。

「はー、おいしい」

 やはり生きているようだ。少し薄めのそのお茶が、食道を通って胃に落ちていくのがわかる。
 それにしても、ここはどこなのだろう。この風情ある和室は旅館の一室のようにも思えるけれど、もしそうであればとても困る。宿泊代なんて払えないからだ。
 昨日はどうしたのかと、美空は必死に記憶を手繰たぐり寄せた。
 六畳の部屋の片隅に置いてある姿見に映ったのは、就活用の白いシャツに紺のタイトスカート姿の自分。胸のあたりまであるストレートの髪をひとつに束ねてあったはずだけれど、解かれていた。
 ひどく疲れた顔を見て、次第に記憶がよみがえってくる。

「外れたんだ」

 最後の望みのくじも外れて、お祈りメールまで届いて……。
 絶望的な自分の状況に頭が痛くなってくる。

「公園で……」

 空を見上げた瞬間、目の前が真っ暗になって倒れたような。そのとき、なにか声を聞いた気もするけれどよく思い出せない。
 窓から外をのぞくと、ここは二階らしい。階下で物音がしたので障子を開けると、ドタバタと走り回るような足音が聞こえてくる。

「あのー」

 誰かが倒れていた自分を助けてくれたのかもしれないと思った美空は、思いきって声をかけた。しかし、返事は聞こえてこない。
 髪を大雑把おおざっぱにひとつにまとめ、部屋の片隅にかけてあったジャケットを羽織り、バッグを手に障子を開ける。そして年季の入った黒茶色の廊下を、階段に向かって歩いていった。
 部屋の造りからして旅館ではないようだが、随分広い。

「すみません」

 階段を下りる前にもう一度声をかける。すると「あっち行ってろ」という男性の声がしてビクッと震えた。でも、自分に言われているわけではなさそうだ。
 おそるおそる足を踏み出すと、年の頃、二十代後半くらいだろうか。着物姿の背の高い青年が階下に姿を現した。
 男は、長めの前髪から覗く切れ長の目で美空を見つめて、口を開く。

「起きたのか?」
「は、はい。助けてくださったんですね。ありがとうございました」

 美空はその場で深々と頭を下げたものの、階段の上からでは失礼だと思い直して足を踏み出した。

「あっ……!」

 それなのに、どうやら本調子ではないらしい。脚の力がガクッと抜けてしまい、転がり落ちそうになる。
 目をギュッとつぶって体が打ちつけられるのを覚悟したのに、まったく痛くない。

「危ないな。気をつけろ」

 叱り声が耳に届いてまぶたを開くと、さっきまで階下にいたはずの男が体を受け止めてくれていた。よろけもせず美空を抱える男の怪力に驚き、瞬きを繰り返す。

「す、すみません」
「とにかく下りるぞ」
「えっ、ちょっ……」

 肩でも貸してくれるのかと思いきや、美空をたわらのように軽々とかついだその男は、軽快に階段を下りていく。そして、近くの和室に入った。

「嘘だろ……」

 なにが嘘なのだろう。
 男が漏らしたひと言に首をかしげる美空だったが、ようやく下ろしてもらえてホッとした。
 八畳のその部屋の窓際には、かわいらしい四体の人形が並んでいる。
 右から男、女、男、男。少し丈の足りない着物をまとったその四体は、人間でいえば二、三歳くらいの大きさで、人形にしては大きめだ。どの人形も頬がみずみずしく、寄っていって触りたいくらいだった。
 右端の男の子はサラサラの長めの髪が印象的。濃紺の地に白の井桁いげた模様が入った着物を纏っている。
 その隣のぱっつん前髪で肩下十センチほどのつやのある黒髪を持つ女の子は、まつげが長くてうらやましいくらいだ。どことなく右隣の男の子と顔立ちが似ていて、纏う着物は薄紅梅色に同じく白の井桁模様が入ったもの。きっと双子の人形なのだろう。
 そのまた隣は、目がくりくりでくせ毛の男の子。花浅葱はなあさぎ色の矢絣やがすりの着物が似合っている。
 そして最後のひとりは、髪は短めで一番大人びた顔立ちをしている。瑠璃るり紺色の無地の着物を纏い、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
 なぜかため息をつく男に促された美空は四体の人形を背にして座布団に正座し、ピンと背筋を伸ばした。
 彼は座卓を挟んで向かいに座る。背は高いものの細身で、とても美空を軽々抱えられる力があるようには見えないけれど、鍛えているのかもしれない。
 値踏みするように美空をじっと見つめる男は、凛々りりしい眉に黒目がちな目、そして高い鼻を持っている。あまりに整っていて隙がない。さらには、今時珍しい鉄紺色の着物姿。しかも前下がり気味に締めた帯や、襟元が少し乱れているのに着崩れているわけでもないその姿から、着物を着慣れているように感じた。
 芸術家かなにかだろうか。
 沈黙が苦しくて口を開こうとしたそのとき、黒猫が障子を頭でこじ開けて入ってきた。毛並みがよく上品さを漂わせるその猫は、男の横にチョコンと座って美空をじっと観察しているようだ。

「昨日は助けていただいたんでしょうか? ありがとうございました」
「気にしなくていい。随分顔色が悪いけど、食べてないのか?」

 たしかに、〝げっそり〟という言葉が浮かぶくらい血色がない顔が、先ほど鏡に映っていた。

「事情がありまして、三日ほど前から……」

 正直に答えると、黒猫がタタッと部屋を出ていった。そしてすぐに戻ってきたと思ったら、なんと食パンが一枚だけ入っている袋をくわえて引きずっている。

「えっ?」

 まるで人間の会話を理解しているかのような猫の行動に目を丸くした。

「今、これくらいしかなくて。よかったら。あぁ、カップ麺ならある――」
「十分です。ありがとうございます」

 ありがたい配慮に喜んだ美空だったが、客に食パンをいきなり出すのもなかなか珍しい。特に高級食パンというわけでもなく、スーパーでよく特売になっている普通のパンなのだ。とはいえ、空腹を通り越してお腹が痛いくらいの美空にはありがたく、袋を開けてパンを口に入れた。

「おいしい」

 食パンがこんなにおいしいものだったとは。バターはおろか焼いてもいない食パンを食べて涙が出そうになるなんて、美空は自分に驚いていた。

「なんでそんなに腹を空かしてるんだ?」
「実は……」

 パンを半分くらい胃に送ったところで、会社が倒産して住居を失い、一文無しになりそうなことを男に打ち明けた。ただ、くじに外れたことだけは黙っておく。

「なるほど」

 話をひと通り聞いて腕を組む男の目がなぜか突然輝いたように見えるのは、気のせいだろうか。

「住むところもなくて、仕事も決まらないと」
「はい」

 美空は自分のピンチを改めて認識してうつむいた。

「住み込みの家政婦はどうだ?」
「そんな仕事があるんですか!?」

 どん底まで落ち込んだ気持ちが一転、急速に持ち上がっていく。
 住み込みなら家賃もいらないからだ。

「あぁ、ここの」
「ここ?」
「料理や掃除、あとは洗濯をしてくれる人を探している。できる?」

 紹介してくれるのかと思いきや、この屋敷の仕事らしい。

「はい。実は幼い頃に母を亡くして、家事は私が担当していましたので得意です」

 得意だと言いきってもいいのか迷ったものの、ここは採用してもらうために自分を大きく見せなければと笑顔で話す。

「亡くなったのか?」

 家事について聞かれるかと思いきや、母の話題に触れられて少し意外だ。

「はい。小学校四年生のときに病気で。そのあとは父とふたりで暮らしていたのですが、その父も二年前にこれまた病気で」

 母が亡くなったときはまだ幼かったため、しばらく泣き続けて学校にも行けなかった。しかし、家事など一切したことがなかった父が、おろおろしながら食事を作ったり洗濯物を干したりしているのを見て、泣いてばかりいないで手伝わなければと奮起して、なんとか立ち直れたのだ。
 もちろん、母がいない生活に慣れなくて何度も涙はこぼれたけれど、生きていくのに必死だった。
 苦楽をともにした父が亡くなったときは悲しいのに涙が流れず、少しおかしくなってしまった。ひたすら仕事に没頭して息をするのも忘れるように働き、倒れるように眠る毎日。あれはきっと現実逃避の一環だった。
 あのとき仕事がなければ正気を保てなかったと思っている美空は、少々給料が安くても、支払いが遅れても会社を辞めずにいたのに、信じていた社長にあっさり逃げられたという最悪の経験をしたばかりだ。

「何歳?」
「二十五です」
「へぇ、その歳にして見事に不幸を背負い込んでるな」
「不幸なんかじゃ……」

『ない』と断言したかったのに口から出てこなかった。
 両親が亡くなり、必死に働いていた会社は倒産し、貯金はもう底をつきそうだ。今の自分が幸福だとは言い難い。
 不幸というレッテルを貼られるのが嫌で、不幸ではないと証明してみせようと思案したけれど、なにひとつ言葉が浮かばない。絵に描いたように不幸一直線だ。

「まあ、その話はいい。家事が得意なのは助かる」

 どんどん話が進んでいくのが少し不安だった。悪いこと続きだったからか、こんな簡単に仕事が転がり込んでくるなんて、なにか裏があるのではと警戒してしまうのだ。

「ほかにご家族はいらっしゃらないのですか?」
「うーん、まあ……。それで名前は?」

 男はなぜか家族について濁す。

「山科美空です」
「山科美空ね。俺は羅刹らせつ

 羅刹とはまた変わった名前だ。芸術家の雅号がごうだろうか。
 そんなことを考えていると、ずっと部屋の片隅で丸くなっていた黒猫が突然むくっと起き上がった。それと同時に、美空に視線を送る羅刹の顔が険しくなる。
 なにか気に障るような発言をしたのかと、背筋にツーッと冷たいものが走った。

「チッ」

 舌打ちまでする羅刹は、鼻息を荒くする。どうやら本格的に怒っているらしい。
 でも、なぜ怒っているのかまったく心当たりがなく、おろおろするばかりだ。
 そのとき、背後でゴトッと大きな音がして、羅刹が思いきり大きなため息をつく。
 なにが起こったのか理解できない美空は、振り向きたいけれど振り向いてはいけないような妙な緊張感と闘っていた。

「いーたーいー!」
「ちょっとぶつかっただけらもん!」

 一体何事だろう。自分たち以外は誰もいないはずの部屋に舌足らずな声が飛び交い始め、さすがに振り向かざるを得ない。

「え!?」

 美空が大声をあげたのは、人形だと思っていたあの四体、いや四人が動いているからだ。
 双子だろうふたりが押し合いをし、その隣の男の子にぶつかると、男の子が押し返している。一番大人びた雰囲気の左端の男の子は、その場に座り込んで三人の様子を観察していた。

「あぁっ、もう! だから奥の部屋に行ってろと言っただろ。いつも三分もじっとしてられないくせして」

 柔らかそうな髪に手を入れてグシャッとかきむしりながらあきれ声で言う羅刹は、立ち上がった。

「お返し!」
「やぁだーぁ」

 女の子が右端の男の子に体当たりすると、男の子は半べそをかいている。そこにくせ毛の男の子まで参戦して、もみ合いになってしまった。
 ただ、先ほどから座って三人の様子を観察している男の子は、なにが楽しいのかキャッキャッと声を弾ませてパチパチと手まで叩きだす。

「うるさいな。いい加減にしろ!」

 小競こぜり合いを続ける三人のところに歩み寄った羅刹は、双子の男の子を片手で軽々と抱き上げて女の子から引き離した。

「この、じゃじゃ馬!」

 そのあと、くせ毛の男の子に体当たりしようとする女の子に冷たい声を浴びせて、着物を引っ張って止めた。

「お前も座れ!」

 楽しそうだから参加してみたという雰囲気のくせ毛の男の子もビシッと叱られ、意気消沈。短髪の男の子だけは平和ににこにこ笑っている。
 ようやく小競り合いが収まってホッとした美空は、人形だと思っていた彼らが動いたことに、今さらながらに腰を抜かしそうになった。

「人形じゃないの?」
「随分反応が遅いな」

 羅刹に鼻で笑われたが、言い返す言葉もない。突然始まったケンカに呆気あっけに取られていて、驚くのを忘れていたからだ。

「バレたなら仕方ない。こいつらの面倒も見てほしい。むしろそっちがメイン」

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