自分の家も婚約した相手の家も崩壊の危機だと分かったため自分だけ逃げました

麻宮デコ@SS短編

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 トゥーラン伯爵はヴァンスの保養地でのんびりとバカンスを楽しんでいた。
 そこにボーイがトレイにのせた新聞を持ってくることで彼の様子が一変した。
 彼は新聞を読んでわなわな震えだす。
 そこにはティーレター侯爵家のスキャンダルが報じられていた。

「まさかミネルヴァが言っていたことが本当だとは!」

 保養している場合ではない。
 ティーレター侯爵家とミネルヴァの婚約を破棄させる算段をつけて、違う相手との婚約先を探さなければならない。
 ミネルヴァの結婚に関してはもう解決したものだと安心しきっていたため、他の令息の情報などをまるっきり集めていないから、これから忙しくなるだろう。
 急いで伯爵邸に戻ってみたところ、家の中はどことなく閑散としていて、ミネルヴァの私物はすっかりなくなっていた。
 嫌な予感が走り、伯爵はその足でミネルヴァを探しまわる。

「ミネルヴァはどこだ!」

「旦那様!」

 慌てた様子で、留守を任せていたこの家の執事がトゥーラン伯爵の元までやってくる。

「ミネルヴァは!?」

「それどころではありません! 旦那様が保養地に行かれた後で家宅捜索が行われ、我々雇用人にも事情聴取されました。嫌疑の内容は脱税と詐欺で……」

「なんだと!?」

「お嬢様はその日からいらっしゃいません。荷物などもなくなっていて……あと、お嬢様付きの侍女たちはその前から暇を出されていたようで、紹介状を持って他の家にお仕えしている者もいるようです」

 こんなことができるのはミネルヴァしかいない。
『はめられた!』とミネルヴァをののしりながら、伯爵は執務室に急ぐ。そして開け放たれた金庫を見てあらためて歯噛みして悔しがり「ミネルヴァを探せ!」と怒鳴った時に、返事があった。

「私ならこちらにいますけど?」

 ミネルヴァだ。
 まさか本当に戻ってきたとは、と驚きを隠さずにいたが、ミネルヴァの後ろに男がずらりと並んでいる。

「憲兵隊の皆さま、あそこにいるのが私の父、トゥーラン伯爵です」

 トゥーラン伯爵が帰宅したという話を聞いて、屋敷に戻ってきたのには訳がある。相手が本当にその人かどうか首実検する必要があったのだ。――逮捕の。
 ミネルヴァの指摘を受け、あっさりと捕縛劇は終わってしまう。
 しかし連行されようとするトゥーラン伯爵は往生際悪くミネルヴァを睨みつけた。

「私がしてきたことが罪だというのなら、この家で育ってきたお前も同じだ!」
「確かに親の言いなりに生きておりましたけれど、私なら最初からこんなことに加担しません。もちろん亡きお母さまもね? 『お父様の』罪を知ったので、通報しました」

 全て父親が単独でやってきたことだ、とアピールをするミネルヴァ。

「それに引き取って育てていただいた恩を、正しい形で返しただけですわ。お父様、どうか真人間になってくださいませ」

 そう、涙ながらに訴えるミネルヴァに対して、なんと立派なのだろう、と周囲は感じ入っている。
 元々のミネルヴァの評判がよかったので、みんな信じてくれているのだ。

 もっとも――。

 新聞社にティーレター家のことを売ったのもミネルヴァである。
 相手方の不祥事ということで相手有責での婚約破棄になり、ティーレター家からもらった宝飾品は名実ともにミネルヴァのものとなった。
 もらえるものはもらっておかなきゃね。と、優雅な笑顔の下ではしたたかな計算が働く。


 全てがミネルヴァの計算の元だったが、思わぬこともあった。
 ミネルヴァに養い家の爵位が転がり込んでいたのである。

「え? あんなことをしでかしたのに、この家門は残るのですか?」
「トゥーラン伯爵は貴族籍を返上しましたが、貴方はそうではないので、彼の爵位を引き継ぐことになります」
「わかりました」

 いわゆるお家乗っ取りをミネルヴァがしたようなものなのだろう。
 そのきっかけも、父の罪を問うて白日の下にさらすというまさしく貴族としてふさわしい行動をしたという風に周囲からは見えるのだ。実際は、巻き添えにされたくない思いで父を売っただけなのだが。

「こんなつもりはなかったのだけど……」

 ミネルヴァは生家との仲が悪いわけではない。
 元々、亡くなった養母のたっての願いでこの家に引き取られてきただけであるので、家門を自滅させた後は生家に身を寄せようとすら思っていたのだが。

「まあ、ゆっくりと身の振りを考えましょうか」

 元々ミネルヴァは社交界の華であった身。伯爵家の地位さえあればもっと上の世界も狙える。
 家やレックスのような足枷がようやく外せた今は、やりたいことがなんでもできるし、巻き上げた個人の資産だってある。
 
 しかし今はただ、ようやく得た解放感に浸っていたかった。
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