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(ああ、この人は娘の意見をきかないどころか、まともな感覚すら持っていないんだわ。自分が見栄っ張りで見せ金を使っているというのに、なぜ他の人も同じことをしていると思わないのかしら)
こうなったら自力でなんとかするしかない。
貴族の婚約を一方的に破棄するには結納金を返せばいい。まだ二人は結婚式の準備をしていないのだから、それ以上の金額の上乗せは必要ないはずだ。
ミネルヴァは自分が婚約した時に、家同士でとり決められているはずの条件を詳しく調べようと、父の書斎に忍び込んだ。
金庫の番号は過去に母に聞いて知っていたので、難なく開けることができる。
その中に帳簿らしきものを見つけたのでパラパラと目を通し、自分の婚約式の時の予算を確認しようとしたが、それは家政にまつわる帳簿ではなく、父の事業の帳簿であった。
間違えたか、と思って慌ててそれを置き直そうと思ったが、妙に内容が引っかかる。
今度は腰を入れて丁寧に目を通し始めた。
(なんかおかしいわ、この帳簿……)
そして気づいた。これは父の違法の証拠だということを。外部に公開されている収入とここに記載されているものの差が大きすぎるのだ。
脱税は立派な犯罪だ。
しかもこの金額だと発覚したら信用を失い、確実にこの家は傾くし、父の逮捕も免れないだろう。
父自身は「お金なんか、どうにかなるだろう」というような甘い気持ちでやっているのだろう。
しかしティーレター家を信じている父親の魂胆が透けて見えた。
要するに、こちらはあちらの見せかけの財力に目がくらみ、あちらの侯爵家もこちらの見栄に騙されて、内実は金のない家同士が、相手の懐にたかろうとして、結婚を承諾したというお粗末な成り行きなのだろう。
この家が金持ちなのは金銭感覚があった先代が、財産を築いてくれていたからだ。
そして嫁いできた養母がそれを上手く維持していたが、彼女亡き後、父はそれを使いつぶす一方で、この先は破綻しか待っていないと思うとぞっとした。
母は夫である父の経営センスのなさを見切っていて、その上でミネルヴァを養女に迎えていたのだろう。自分がミネルヴァを育て伯爵家を守ることを考えていたけれど、そうする前に彼女は死んでしまった。
この伯爵家は遠からず潰れる。
そうなる前に乗りかかった泥船から、自分だけでも逃げるしかない。
ティーレター家侯爵家と手を切り、伯爵家の事業の整理をして規模を縮小すればなんとかなったかもしれないのに、父のあの調子では無理だろう。
忠告したというのに、レックスの家と父が一緒に沈みたいというのなら勝手に溺れてもらおう。
それどころか自分の乗っている船に火を放つような人を親とあおぐのは嫌だ。
ミネルヴァは養い親の見切りをつける決心すると、まず自分がやるべきことは……と手紙を書く準備を始めた。
* * *
「お父様、ヴァンス地方の保養所から招待状が届きました」
「ん? なんの話だ?」
ミネルヴァはトゥーラン伯爵の元に足を運ぶと白い封筒を見せる。
「お母様がお亡くなりになる前に、用意されていたんですわ。海浜地域を観光事業が行えるように開発する投資をしてらしたようですの。開発に成功し保養地が完成したので、株主に優先的に招待状を送っているそうです。人気の場所で、社交界でも今、どれだけ早く行ったかがステイタスになっているようです。参りませんか?」
ミネルヴァはしれっともっともらしい嘘をつく。亡くなった養母が投資をしていたとしても、それを遺族が知らないなどあるはずもないのに。こういう知識もないから、安易に犯罪に手を染めるのだ。
それに見栄っ張りのこの男だから、今、話題のものだと聞けば黙ってはおけないだろう。彼の操縦方法は知っていた。
「そうか、では行こうかな。二週間くらいいられるようにするか」
案の定、食いついてきた。ミネルヴァはにっこり笑ってチケットを執事に渡した。
「私が約束していたお茶会がありますから、お父様だけ先にいってのんびりしていてくださいませね。終わり次第私もまいります」
親切ごかしにそう提案する。
自分も後から行くつもりだ、と言っておけば、これが罠だと気づかないだろうから。
「そうか。じゃあ、待っておこう」
ミネルヴァの思惑など知らない父は、家を出る最後に会った時まで嬉しそうだった。
こうなったら自力でなんとかするしかない。
貴族の婚約を一方的に破棄するには結納金を返せばいい。まだ二人は結婚式の準備をしていないのだから、それ以上の金額の上乗せは必要ないはずだ。
ミネルヴァは自分が婚約した時に、家同士でとり決められているはずの条件を詳しく調べようと、父の書斎に忍び込んだ。
金庫の番号は過去に母に聞いて知っていたので、難なく開けることができる。
その中に帳簿らしきものを見つけたのでパラパラと目を通し、自分の婚約式の時の予算を確認しようとしたが、それは家政にまつわる帳簿ではなく、父の事業の帳簿であった。
間違えたか、と思って慌ててそれを置き直そうと思ったが、妙に内容が引っかかる。
今度は腰を入れて丁寧に目を通し始めた。
(なんかおかしいわ、この帳簿……)
そして気づいた。これは父の違法の証拠だということを。外部に公開されている収入とここに記載されているものの差が大きすぎるのだ。
脱税は立派な犯罪だ。
しかもこの金額だと発覚したら信用を失い、確実にこの家は傾くし、父の逮捕も免れないだろう。
父自身は「お金なんか、どうにかなるだろう」というような甘い気持ちでやっているのだろう。
しかしティーレター家を信じている父親の魂胆が透けて見えた。
要するに、こちらはあちらの見せかけの財力に目がくらみ、あちらの侯爵家もこちらの見栄に騙されて、内実は金のない家同士が、相手の懐にたかろうとして、結婚を承諾したというお粗末な成り行きなのだろう。
この家が金持ちなのは金銭感覚があった先代が、財産を築いてくれていたからだ。
そして嫁いできた養母がそれを上手く維持していたが、彼女亡き後、父はそれを使いつぶす一方で、この先は破綻しか待っていないと思うとぞっとした。
母は夫である父の経営センスのなさを見切っていて、その上でミネルヴァを養女に迎えていたのだろう。自分がミネルヴァを育て伯爵家を守ることを考えていたけれど、そうする前に彼女は死んでしまった。
この伯爵家は遠からず潰れる。
そうなる前に乗りかかった泥船から、自分だけでも逃げるしかない。
ティーレター家侯爵家と手を切り、伯爵家の事業の整理をして規模を縮小すればなんとかなったかもしれないのに、父のあの調子では無理だろう。
忠告したというのに、レックスの家と父が一緒に沈みたいというのなら勝手に溺れてもらおう。
それどころか自分の乗っている船に火を放つような人を親とあおぐのは嫌だ。
ミネルヴァは養い親の見切りをつける決心すると、まず自分がやるべきことは……と手紙を書く準備を始めた。
* * *
「お父様、ヴァンス地方の保養所から招待状が届きました」
「ん? なんの話だ?」
ミネルヴァはトゥーラン伯爵の元に足を運ぶと白い封筒を見せる。
「お母様がお亡くなりになる前に、用意されていたんですわ。海浜地域を観光事業が行えるように開発する投資をしてらしたようですの。開発に成功し保養地が完成したので、株主に優先的に招待状を送っているそうです。人気の場所で、社交界でも今、どれだけ早く行ったかがステイタスになっているようです。参りませんか?」
ミネルヴァはしれっともっともらしい嘘をつく。亡くなった養母が投資をしていたとしても、それを遺族が知らないなどあるはずもないのに。こういう知識もないから、安易に犯罪に手を染めるのだ。
それに見栄っ張りのこの男だから、今、話題のものだと聞けば黙ってはおけないだろう。彼の操縦方法は知っていた。
「そうか、では行こうかな。二週間くらいいられるようにするか」
案の定、食いついてきた。ミネルヴァはにっこり笑ってチケットを執事に渡した。
「私が約束していたお茶会がありますから、お父様だけ先にいってのんびりしていてくださいませね。終わり次第私もまいります」
親切ごかしにそう提案する。
自分も後から行くつもりだ、と言っておけば、これが罠だと気づかないだろうから。
「そうか。じゃあ、待っておこう」
ミネルヴァの思惑など知らない父は、家を出る最後に会った時まで嬉しそうだった。
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