幼馴染みを優先する婚約者にはうんざりだ

クレハ

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二章

父親は論外

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「ユウナ~!」


 教会に着き、控室に案内されるやいなや泣きながら駆け寄ってくるのは、兄のノアである。
 兄妹の誰よりも母親に似た美貌を持つノアは、主役のユウナ以上に光り輝いていた。
 ノアが女性だったなら、母親と同じく王族からすら求婚されていたのではないだろうか。

 いや、決して気は抜けない。
 パーティーにはお年頃のご令嬢なども出席するのだから。
 涙をボロボロ流しながらやって来るユウナは感動よりもドレスの心配をしたものの、重いドレスでは俊敏に動けない。

「兄様待った!」

「ユウナ~」

 制止の声もまったく聞いていないノアに、ユウナは慌てる。
 すると、後少しで抱きつかれるというところで、母がノアの襟首をつかんだ。
 そのせいで喉が締まったノアは、蛙が潰れたような声を出す。

「ぐえっ」

 感動からではない涙がはらりと流れたが、ユウナはノアの心配よりもドレスが無事に守られたことにほっとした。

「母様、グッジョブ」

 そう思ったのはユウナだけではなく、他の親族からも自然と拍手が起きた。

「せっかくの商品を汚されたらかないませんからね」

 にっこりと微笑むその容姿は、子供を三人産んでもなお損なわれてはいない。
 むしろ母親という立場により、年々美しさが増しているように思うのは気のせいだろうか。
 何度考えてもクズに定評がある父親にはもったいない。
 だがしかし、その考え方は間違いなく商人のそれである。

「母様、言い方! そこは娘の大事なドレスのためって言ってほしいんですけど」

「あら、そうね。ついついこの後の受注を考えちゃっていたわ」


 うふふと笑う母はまったく悪びれる様子はない。
 ユウナも自分が広告塔になることに否やはないので母親の発言に怒りはないが、商品という言葉は少々情緒にかけている。
 これから感動する時間が控えているのに一気に気持ちが冷める。

「商品の前に、一生に一度の大事なドレスなんですから」

「一度とは限らないけどね……」

 ボソッと呟いたノアの足を、母親が笑みを浮かべながらヒールで踏みつける。

「いっ! 痛いです、母様!」

「痛くしているんだから当然でしょう。リオ君とは友達なのにどうして祝ってあげないのよ」

「リオだから余計なんですぅぅ」

 リオは両手で顔を覆ってシクシク泣きだした。
 呆れ果てる母親はなんとも言えない顔をする。

「じゃあ、他の人なら心から祝うのね?」

「もっと嫌です」

 これにはユウナも祖父母もお手上げだ。
 誰が相手だろうと、ユウナが結婚するのが嫌だというただの我儘である。
 母親は深いため息を吐いた。

「そんなに泣くならユウナとバージンロードを歩くのはなしね。お父様にしてもらいましょう」

「えっ!」

「えっ!」

 母親の言葉に対し、驚きの声は何故か二つ。
 一つは当然ノアで、もう一つはクズ親父こと、ユウナの父親である。

「父様がどうして驚くのよ」

 そもそも父親と歩く気はさらさらないユウナが問う。

「え、だって、娘とバージンロードを歩くのは父親の役目だろう? そのためにいっぱい練習したんだよ」

「不必要な練習をなんでしてるの?」

「なに言ってやがる、このクソが!」

 父親に対し、じとりとした眼差しを向けるユウナの表情からは、『お前は最初から選択肢に入っていない』という意思が筒抜けだった。
 そしてノアも毛虫でも見るように蔑んだ眼差しを父親に向けている。

 普段は顧客からも物腰が柔らかな紳士で通っているノアの言葉使いがかなり悪くなっているが、そこは父親相手にだけ発動されるものなので、誰も気にしていない。
 むしろ、もっと言ってやれという気持ちを誰もが抱いただろう。

 ユウナの目も据わる。

「父様とバージンロードを歩くのだけは絶対嫌!」

「どうして!?」

 この期に及んで理解できていない父親にユウナは怒りが湧く。

「土地欲しさに娘を売っておいて、なに言ってるのよ!」

 ベールをしているので周囲にユウナの表情は見えていないが、ベールの中では鬼のような形相をしている。
 その一方で、ベールなどしていないノアの怒った顔は周囲にも見えている。

「ユウナの言う通りだ。出席を許されただでありがたく思え! クズがっ」

「ひ、ひどい……」

「どっちがよ」

 まるで自分が被害者かのようにショックを受ける父親に、ノアほどではないがユウナも声を荒らげる。
 父親が新しい事業のために目をつけた土地が欲しいために、勝手にユウナの婚約を決めてきたことを、家族の誰も忘れてはいない。
 相手がまともなら誰もここまで父親に怒りをぶつけたりはしなかったが、ユウナに断りなく勝手に決めたその相手は、難ありで有名な相手だったのだ。

 案の定、いろいろ面倒に巻き込まれ、婚約を解消するにもひと悶着あったのは忘れたい過去である。
 しかし、あれほど衝撃的な婚約を忘れるなど不可能に等しい。
 つまり、「一生許さん!」の一言に尽きる。

「まあ、そこのクズは置いておいて、やはりユウナと一緒に歩くのは私がするつもりだ」

「どうしてですか、おじい様!?」

 まるで雷に打たれたように衝撃を受けるノアに、祖父は淡々と告げる。

「普通にただのユウナの結婚なら問題はなかったが、これは貴族同士の結婚だ。リオ君が伯爵家に婿入りする以上は、伯爵である私がユウナと歩かねば、他に招待している客にも示しがつかん。それに公爵家に対しても侮っていると取られては厄介だ」

「ぐぅ」

 祖父の理由がきちんと理解できただけに、ノアは悔しそうである。
 庶子とは言え、リオは今やれっきとした公爵家の次男と認められている。
 その公爵家の次男を伯爵家の婿として迎え入れるのだ。

 ここで兄だからと平民が出張って来たら、リオをないがしろにしていると招待している貴族達に印象づける可能性もある。

 実際は平民とは言えシャロン商会は、そこいらの貴族より金も権力も持っているが、爵位に重きを置く貴族は多く、伯爵である祖父に介添えしてもらうのが一番綺麗に落ち着くのだ。
 それに、ノアは実質的にはシャロン商会を牛耳っているが、一応まだ商会長は父親なので、なんの立場もない平民と見られてしまう。

「諦めなさい、ノア。あなたではまだ早いわ」

「……はい」

 母親のとどめの言葉で、ノアはがっくりと肩を落とした。


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