好きになった歳上オーナーはどうやら訳アリっぽい

りちょ

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6話 菖の料理研究

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 水曜日は週の半ばだからか、なかなか店は混み合わない。宗一郎は暇になったのを見ると、菖にたまごサンドの具材の仕込みを頼んでいた。
 菖は古ぼけたレシピを見ながら、丁寧にゆで卵を潰していく。まろやかな君の香りが、狭いキッチンに広がっていた。
 マヨネーズと塩胡椒、ほんの少しハーブソルト。あとは隠し味のピクルスは、細かく微塵切りにして混ぜ込む。ノクターンのフードメニューは以前働いていた本格フレンチとは違う、手際良く原価も抑えつつ、こだわりの詰まったレシピだった。

 これ、玉ねぎをパプリカに変えたら、どうだろう。
 菖はつい、手を動かしながら頭の中で構想する。
 パプリカは少し癖がありすぎて、好みが分かれるかもしれない。きゅうりのピクルスの方が、ポテサラっぽくなる分相性はいいのかも。酢漬けの野菜が合うのなら、思い切って漬物を入れて辛子マヨで敢えて、和風に寄せたら面白いかもしれない?

 菖はキッチンでの仕事が増えるたびに、そんなふうにいくつもレシピを構想していた。試せる環境が目の前にあるのにそれが許されないのがいつも歯痒い。菖は休憩中に思いついたレシピをノートに書き留めては、夜な夜な自宅で試していた。

「熱心だね。調理の仕事も楽しんでいるようで何よりだよ」

 案を書き留めているちょうどその時、宗一郎が背後から菖に声をかけた。

「うぎゃっ!?あ、す、すいません」

 悲鳴をあげた菖に、宗一郎は思わずと言ったように笑う。

「どうして謝るんだ。……悪いね、君の頭の上の帳簿を取りに来ただけだ」

 宗一郎はそう言って、ウォールラックに積まれたファイルを手に取った。
 彼の左手が菖のすぐそばで体重を支えるように置かれる。先ほどの大学生のせいで、菖はつい薬指を見てしまった。骨ばった長い指先に、指輪の痕は見つからない。

 宗一郎は菖の視線に気が付かずに用を済ませると、去り際に一度菖のノートに目を落とす。持ち歩いている分、端がボロボロにいたんだ大学ノートには、走り書きのメモが大量に残されていた。

「そういえばこの前、ケチャップライスも君は褒めてくれていたね」

「え?……あ、ああ。はい。美味かったです、炊き込みで作るのに、ちゃんと香ばしくて」

 菖は咄嗟の質問に驚いたが、すぐに素直にそう答える。
 まかないでオムライスを食べた時に、菖はライスの味を分析しようとした。ローリエの葉ごと炊き込んでいる事は菖も見抜いたが、他の隠し味はわからないままだったのだ。

「あれは、粉末の豚骨スープの素を入れてるんだ」

「…………え」

「がっかりしたかな。インスタントラーメンについてくるような小袋のあれだよ。君が答えにたどり着けなくて当然なんだ」

 宗一郎はそう照れたように笑うが、菖は笑えなかった。

 彼はセンスが良い。菖はそう確信してしまう。料理をする上で、理屈と感覚、どちらも使って最短経路で答えを出していると思った。
 宗一郎の料理は、一から出汁を取って一流を追求する学校やレストランではなかなか学べない、コスト重視の中でも味を追求する、リアルな現場の知恵が詰まっていた。

「すごいです。そんなの、中々思いつかない。……ほんと、すごい。がっかりなんかしませんよ」

「買い被りすぎだ。…一人暮らしの男がする料理なんて雑なものだからね。レシピの殆どは僕が自分用の調理で色々と残り物を組み合わせている中で、たまたま見つけたものばかりなんだよ。君の学んできたような、理論や歴史に基づくようなものじゃない」

 宗一郎はそう謙遜すると、一度くるりと手元でペンを回して、カウンターに戻ってしまう。
 キッチンにはまた静寂が訪れた。菖はしばらく宗一郎を目で追うと、ノートの隅にケチャップライスのメモを取る。

 ふとその時、宗一郎が一人暮らしをしているとさらりとこぼしたことに気がついた。とりあえず、今現在配偶者はいないのかもしれない、と菖は考えてから、詮索するような真似をする自分に嫌気がさした。
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