6 / 11
6話 菖の料理研究
しおりを挟む
水曜日は週の半ばだからか、なかなか店は混み合わない。宗一郎は暇になったのを見ると、菖にたまごサンドの具材の仕込みを頼んでいた。
菖は古ぼけたレシピを見ながら、丁寧にゆで卵を潰していく。まろやかな君の香りが、狭いキッチンに広がっていた。
マヨネーズと塩胡椒、ほんの少しハーブソルト。あとは隠し味のピクルスは、細かく微塵切りにして混ぜ込む。ノクターンのフードメニューは以前働いていた本格フレンチとは違う、手際良く原価も抑えつつ、こだわりの詰まったレシピだった。
これ、玉ねぎをパプリカに変えたら、どうだろう。
菖はつい、手を動かしながら頭の中で構想する。
パプリカは少し癖がありすぎて、好みが分かれるかもしれない。きゅうりのピクルスの方が、ポテサラっぽくなる分相性はいいのかも。酢漬けの野菜が合うのなら、思い切って漬物を入れて辛子マヨで敢えて、和風に寄せたら面白いかもしれない?
菖はキッチンでの仕事が増えるたびに、そんなふうにいくつもレシピを構想していた。試せる環境が目の前にあるのにそれが許されないのがいつも歯痒い。菖は休憩中に思いついたレシピをノートに書き留めては、夜な夜な自宅で試していた。
「熱心だね。調理の仕事も楽しんでいるようで何よりだよ」
案を書き留めているちょうどその時、宗一郎が背後から菖に声をかけた。
「うぎゃっ!?あ、す、すいません」
悲鳴をあげた菖に、宗一郎は思わずと言ったように笑う。
「どうして謝るんだ。……悪いね、君の頭の上の帳簿を取りに来ただけだ」
宗一郎はそう言って、ウォールラックに積まれたファイルを手に取った。
彼の左手が菖のすぐそばで体重を支えるように置かれる。先ほどの大学生のせいで、菖はつい薬指を見てしまった。骨ばった長い指先に、指輪の痕は見つからない。
宗一郎は菖の視線に気が付かずに用を済ませると、去り際に一度菖のノートに目を落とす。持ち歩いている分、端がボロボロにいたんだ大学ノートには、走り書きのメモが大量に残されていた。
「そういえばこの前、ケチャップライスも君は褒めてくれていたね」
「え?……あ、ああ。はい。美味かったです、炊き込みで作るのに、ちゃんと香ばしくて」
菖は咄嗟の質問に驚いたが、すぐに素直にそう答える。
まかないでオムライスを食べた時に、菖はライスの味を分析しようとした。ローリエの葉ごと炊き込んでいる事は菖も見抜いたが、他の隠し味はわからないままだったのだ。
「あれは、粉末の豚骨スープの素を入れてるんだ」
「…………え」
「がっかりしたかな。インスタントラーメンについてくるような小袋のあれだよ。君が答えにたどり着けなくて当然なんだ」
宗一郎はそう照れたように笑うが、菖は笑えなかった。
彼はセンスが良い。菖はそう確信してしまう。料理をする上で、理屈と感覚、どちらも使って最短経路で答えを出していると思った。
宗一郎の料理は、一から出汁を取って一流を追求する学校やレストランではなかなか学べない、コスト重視の中でも味を追求する、リアルな現場の知恵が詰まっていた。
「すごいです。そんなの、中々思いつかない。……ほんと、すごい。がっかりなんかしませんよ」
「買い被りすぎだ。…一人暮らしの男がする料理なんて雑なものだからね。レシピの殆どは僕が自分用の調理で色々と残り物を組み合わせている中で、たまたま見つけたものばかりなんだよ。君の学んできたような、理論や歴史に基づくようなものじゃない」
宗一郎はそう謙遜すると、一度くるりと手元でペンを回して、カウンターに戻ってしまう。
キッチンにはまた静寂が訪れた。菖はしばらく宗一郎を目で追うと、ノートの隅にケチャップライスのメモを取る。
ふとその時、宗一郎が一人暮らしをしているとさらりとこぼしたことに気がついた。とりあえず、今現在配偶者はいないのかもしれない、と菖は考えてから、詮索するような真似をする自分に嫌気がさした。
菖は古ぼけたレシピを見ながら、丁寧にゆで卵を潰していく。まろやかな君の香りが、狭いキッチンに広がっていた。
マヨネーズと塩胡椒、ほんの少しハーブソルト。あとは隠し味のピクルスは、細かく微塵切りにして混ぜ込む。ノクターンのフードメニューは以前働いていた本格フレンチとは違う、手際良く原価も抑えつつ、こだわりの詰まったレシピだった。
これ、玉ねぎをパプリカに変えたら、どうだろう。
菖はつい、手を動かしながら頭の中で構想する。
パプリカは少し癖がありすぎて、好みが分かれるかもしれない。きゅうりのピクルスの方が、ポテサラっぽくなる分相性はいいのかも。酢漬けの野菜が合うのなら、思い切って漬物を入れて辛子マヨで敢えて、和風に寄せたら面白いかもしれない?
菖はキッチンでの仕事が増えるたびに、そんなふうにいくつもレシピを構想していた。試せる環境が目の前にあるのにそれが許されないのがいつも歯痒い。菖は休憩中に思いついたレシピをノートに書き留めては、夜な夜な自宅で試していた。
「熱心だね。調理の仕事も楽しんでいるようで何よりだよ」
案を書き留めているちょうどその時、宗一郎が背後から菖に声をかけた。
「うぎゃっ!?あ、す、すいません」
悲鳴をあげた菖に、宗一郎は思わずと言ったように笑う。
「どうして謝るんだ。……悪いね、君の頭の上の帳簿を取りに来ただけだ」
宗一郎はそう言って、ウォールラックに積まれたファイルを手に取った。
彼の左手が菖のすぐそばで体重を支えるように置かれる。先ほどの大学生のせいで、菖はつい薬指を見てしまった。骨ばった長い指先に、指輪の痕は見つからない。
宗一郎は菖の視線に気が付かずに用を済ませると、去り際に一度菖のノートに目を落とす。持ち歩いている分、端がボロボロにいたんだ大学ノートには、走り書きのメモが大量に残されていた。
「そういえばこの前、ケチャップライスも君は褒めてくれていたね」
「え?……あ、ああ。はい。美味かったです、炊き込みで作るのに、ちゃんと香ばしくて」
菖は咄嗟の質問に驚いたが、すぐに素直にそう答える。
まかないでオムライスを食べた時に、菖はライスの味を分析しようとした。ローリエの葉ごと炊き込んでいる事は菖も見抜いたが、他の隠し味はわからないままだったのだ。
「あれは、粉末の豚骨スープの素を入れてるんだ」
「…………え」
「がっかりしたかな。インスタントラーメンについてくるような小袋のあれだよ。君が答えにたどり着けなくて当然なんだ」
宗一郎はそう照れたように笑うが、菖は笑えなかった。
彼はセンスが良い。菖はそう確信してしまう。料理をする上で、理屈と感覚、どちらも使って最短経路で答えを出していると思った。
宗一郎の料理は、一から出汁を取って一流を追求する学校やレストランではなかなか学べない、コスト重視の中でも味を追求する、リアルな現場の知恵が詰まっていた。
「すごいです。そんなの、中々思いつかない。……ほんと、すごい。がっかりなんかしませんよ」
「買い被りすぎだ。…一人暮らしの男がする料理なんて雑なものだからね。レシピの殆どは僕が自分用の調理で色々と残り物を組み合わせている中で、たまたま見つけたものばかりなんだよ。君の学んできたような、理論や歴史に基づくようなものじゃない」
宗一郎はそう謙遜すると、一度くるりと手元でペンを回して、カウンターに戻ってしまう。
キッチンにはまた静寂が訪れた。菖はしばらく宗一郎を目で追うと、ノートの隅にケチャップライスのメモを取る。
ふとその時、宗一郎が一人暮らしをしているとさらりとこぼしたことに気がついた。とりあえず、今現在配偶者はいないのかもしれない、と菖は考えてから、詮索するような真似をする自分に嫌気がさした。
0
あなたにおすすめの小説
両片思いの幼馴染
kouta
BL
密かに恋をしていた幼馴染から自分が嫌われていることを知って距離を取ろうとする受けと受けの突然の変化に気づいて苛々が止まらない攻めの両片思いから始まる物語。
くっついた後も色々とすれ違いながら最終的にはいつもイチャイチャしています。
めちゃくちゃハッピーエンドです。
S級エスパーは今日も不機嫌
ノルジャン
BL
低級ガイドの成瀬暖は、S級エスパーの篠原蓮司に嫌われている。少しでも篠原の役に立ちたいと、ガイディングしようとするが拒否される日々。ある日、所属しているギルドから解雇させられそうになり、焦った成瀬はなんとか自分の級を上げようとする。
たとえば、俺が幸せになってもいいのなら
夜月るな
BL
全てを1人で抱え込む高校生の少年が、誰かに頼り甘えることを覚えていくまでの物語―――
父を目の前で亡くし、母に突き放され、たった一人寄り添ってくれた兄もいなくなっていまった。
弟を守り、罪悪感も自責の念もたった1人で抱える新谷 律の心が、少しずつほぐれていく。
助けてほしいと言葉にする権利すらないと笑う少年が、救われるまでのお話。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
ポメった幼馴染をモフる話
鑽孔さんこう
BL
ポメガバースBLです! 大学生の幼馴染2人は恋人同士で同じ家に住んでいる。ある金曜日の夜、バイト帰りで疲れ切ったまま寒空の下家路につき、愛しの我が家へ着いた頃には体は冷え切っていた。家の中では恋人の居川仁が帰りを待ってくれているはずだが、家の外から人の気配は感じられない。聞きそびれていた用事でもあったか、と思考を巡らせながら家の扉を開けるとそこには…!※12時投稿。2025.3.11完結しました。追加で投稿中。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる