好きになった歳上オーナーはどうやら訳アリっぽい

りちょ

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7話 同級生と過去の傷

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 休憩が終わり、菖は一度宗一郎に声をかけるためにカウンターに行く。
 人気は少ないものの、何人か客が席で各々コーヒーを片手にゆったりと過ごしていた。

 あれ?と菖は窓際の席を眺めた。客の中の1人に、見知った面影の男を見つけたのだ。
 菖の視線に気がついたのか、男もカウンターの方を見る。そして菖と同じようにじっと見つめた後で、ぱっと顔が明るくなった。

「あれ、あやめ?あやめだよな、久しぶり!」

 明るい声が響く。菖を「あやめ」とあだ名で呼ぶのは、中学の友人だけだ。すぐに菖は顔と名前が一致する。

「ユウちゃん、久しぶり。……びっくりした、この辺に住んでたんだ」

 ニコニコと笑う祐太郎は、昔と殆ど変わっていない。宗一郎が行ってきていいと目配せをすると、菖はカウンターを出て彼のもと向かう。


 祐太郎はたまたま仕事で数ヶ月滞在していると話してくれた。高専を卒業してからは、インフラ系の硬い仕事についているらしい。外での仕事も多いらしく、引き締まった身体をしていた。

「あやめは?今何してんの」

「見ての通り働いてんだよ、キッチン中心でさ。」

「あれ?そうなんだ。レストラン勤務って誰か言ってた気がしたんだけど、噂だったんかな」

 菖は一度黙ってしまった。菖にとってレストラン勤務を辞めた理由は、人に話したくない弱みだった。あの時の胃の痛み方やものが喉を逆流する苦しさを、冗談っぽく話せるほどまだ癒えていないことも相まって、菖はそっと手を握りしめる。

「んー、いや、合わなくて辞めちゃった」

 どうにか笑顔を取り繕う。祐太郎はこの話題にはさほど興味が無いのか、それ以上深掘りされることはなかった。

「それよりさ、あやめ同窓会来るよな?お前友達多かったし」

「え?あー、同窓会あんの?」

 もっと嫌な話題がきたな、と内心菖は思う。側から見ればただフリーターを続けている現状もあり、菖は同窓会に参加しない気でいた。
 咄嗟にとぼけると、祐太郎は笑って話を続ける。

「あるよ!気になんないの?みんなが何してんのかとかさ。ほら、圭介とか最近家のケーキ屋継ぐのに修行してんだって。あやめも話合うんじゃない?」

 悪意のない祐太郎の話に、菖はほんの少し胃が痛む。
 留学志望なんて大それたことを言っていたって、自分はフリーターだ。菖はそう心のどこかで思っていた。折れずに仕事を続けている同級生と笑顔で話せる自信が、今の菖にはないのだ。
 怒鳴られ、比べられ、極限まで追い込まれて働いていたあの大きなキッチンを菖は思い出す。あの時、もっと強ければ。弱さを克服して折れずにあそこに立ち続けていれば、こんな思いをしないで済んだのだろうか。

 そっと息を吐いて瞬きをする。上手く切り替えて笑って返事をしようとした時、カウンターから宗一郎が菖を呼び出した。

「………葛西くん、ちょっといいかな」

 菖の意識は一気に仕事に向けられる。慌てて振り向き、祐太郎に小さく手を振ってカウンターに戻った。

「すいません話し込んで。なんでしょう」

「いや、悪いね。ストローのストックが切れていたんだよ。買い出しに行ってくれないか」

「……俺がですか?」

 宗一郎は黙って頷くと、メモを手渡す。

「すぐそばのスーパーで構わない。あと、念のため卵も買っておいて欲しい。今の時間なら店は僕1人で回せるから、頼まれてくれないかな」

「はい。…….構いませんけど」

 菖は驚いてしまう。いつも買い出しに行くのは宗一郎で、菖は店を任される側だった。何度か自分が行こうかと提案しても、一度に備品を買い込みたいからと断られていた。ストローだって、とても今日だけでは使い切れないほど在庫が残っている。

 もしかして、俺が気まずそうにしているのを、この人は分かっているのかも知れない。
 それで席を外す口実を与えてくれたんじゃないのか。
 菖はそう思うと、情けないのと恥ずかしいのとで、顔を赤くして俯いてしまう。
 気を遣われた。ここでバイトをしているのを負い目に感じたのが、よりによってオーナーに見透かされてしまった。
 メモを握る指先に力が入る。情けない。だけど祐太郎との会話から抜ける口実をもらえたことは、それ以上にありがたかった。

「すいません。……ありがとう、ございます」

 ぐしゃぐしゃの気持ちのまま、菖は俯いて小さくそう言う。

「雑用業務がそんなに嬉しいのかい。あんまり、道草を食わないで帰ってくるように」

 宗一郎は淡々とそう言ったが、いつもよりその表情は柔らかい気がした。あくまで雑用を振ったオーナーとしての言葉しか発さない。何かを諭すわけでも説教をする訳でもなく、淡々と。それが菖にとっては居心地良かった。

 菖はキッチンに戻ってエプロンを脱ぐ。アウターを羽織ると、菖は一度祐太郎に挨拶をしてから逃げるように店の外に出た。

---

その日の営業後、菖は閉め作業をしながら改めて宗一郎に向き合った。

「オーナー。昼間はその、ありがとうございました」

宗一郎は一度、何のことか分からないという顔をする。少し時間を置いてから思い出したのか、ああ、と小さく言った。

「ただ雑用を頼んだだけだよ」

宗一郎は、同じようにそう言うだけだった。
何も詮索しない彼に、菖はやっぱりほっとした気持ちになる。
適当に頭を下げてキッチンの掃除に戻ろうとすると、今度は宗一郎が菖に話しかけた。

「それより、あやめって呼ばれるのはあだ名かな。随分可愛らしい呼ばれ方だね」

「え、?」

驚いて振り返る。この人といるとなんだか驚かされてばっかだと菖は思う。あだ名の話なんだとしても、可愛らしいと、今自分は言われたのだろうか。

「君の友人は声が大きいから、色々と聞こえていたんだ。ああ、そうか、下の名前は"しょう"だったね。……それで」

「えっと、はい。……なんだっけ、理科か国語かであやめって読みで出てきて、それ以来。女の子みたいな呼び方で恥ずかしいんですけどね。大人になって久々に呼ばれて、びっくりしました」

そう、菖はありのままに答える。自分の名前の由来など忘れてしまったが、あの時は揶揄われて散々だったと菖は懐かしく思った。


雑談をしているうちに、菖はキッチンの掃除を終える。水気が残らないように慎重に磨き上げると、金銭の処理を終えた宗一郎が菖に話しかける。

「もうあらかた済んだのなら上がっていい。ここから駅まで遠いだろう」

「あー、ありがとうございます。あとこれだけ干したら上がりますね」

そう言って菖はキツく絞ったタオルをかけると、まくっていた袖を下ろす。シャツは脱がずに上からトレーナーを被って荷物を背負うと、同じように帰宅準備をしていた宗一郎が菖に笑いかける。

「明後日もよろしくね、あやめくん」

彼はどこか悪戯っぽくそう言った。この人、あだ名とか使うんだ。それも、人を揶揄うように使うなんて。
菖はまた宗一郎に驚かされて、咄嗟に返事もできずにいた。
宗一郎はそれも面白がるように静かに笑うと、菖に背を向けてコートを取りに行ってしまった。


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