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第二十九話 エイルとジョウの逢瀬
しおりを挟む「誰からの魔鳥だろう?」
サミュエルが手紙を開封していた頃、エイルは静まり返った屋敷の屋根へ転移していた。
何故そんな場所に?それは、ジョウ様に会うために決まっている。この世界は、満月の夜に聖獣様に会えると会話をして頂けると言われている。
エイルは既に何度かジョウの声を聞いているが、いずれも、ジョウの意思で話しかけたのは、発破を掛けられた一度のみである。
満月が不思議な力を持っており、それが作用しているという仮説が強いが、真相は闇の中だ。
「こんばんは、ジョウ様」
「……ガゥ」
申し訳程度に返された挨拶に、エイルは苦笑が漏れた。一人の時間を邪魔されたとでも思っていそうだ。ジョウとしては、今更【様】で呼ばれた事を不思議がっていただけであるが。
◇ ジョウ side
「今夜の満月は、一段と綺麗ですねぇ」
「がぅ?」
なにをしに来たんだ、コイツは。吾輩を【様】付きで呼ぶなど今更だろう。日本なら、『貴方は綺麗だ』と口説くセリフだが、生憎と、吾輩はノーマルだ。
怪訝な表情を隠しもしない吾輩だが、エイル以外はおらぬからセーフだ。
「ジョウ様は聖獣様なのでしょう?人化も容易いでしょう?獣の身でありながら、瞳は金一色という唯一無二の配色。神に関わる聖獣や霊獣にも見られる色彩です」
賢者であるエイルならば、自ずと答えを導き出すだろうとミオと話していたが、聖獣ときたか。確かに異界の神見習いがいるなど思わんか。
今夜のエイルは、なにやら思い詰めた表情をしているな。
「ジョウ様なら、自分が体験したことのない病気の症例を目の当たりにした時、どうしますか?」
エイルは屋根に腰を下ろし、吾輩にそんな事を聞いてきた。
「がぅ……」
唐突にそんなことを聞かれても返答に困るだけ。吾輩は、獣神見習いで準神族だ。吾輩が生きてきた刻は、長命のエルフ族とは段違いなのだ。
「この世界の口承には、満月の夜に聖獣様や神獣様に会えると、会話をしていただけると言われているんですよ」
吾輩が答えに窮していると、なにやら夢物語を語り出したエイル。会話をして頂けるもなにも、吾輩はお前さんと話したことがあるだろうが。
だが、随分と人間に都合がよい言い伝えだな。エイルの方便も頭を一瞬過ったが、アヤツの思い詰めた様子も気になる。
「……」
一夜限りの会話もまた一興か。
吾輩は一瞬思巡らすが、正体を明かすことにした。不可抗力とはいえ、ララの件で人化をしてしまったのだ。ララの記憶がどうなっているか分からないが、もしも覚えているならば、主であるエイルも把握しておいた方がいいだろう。
伏せていた身体の前脚に力を入れ、のそりと起き上がる。
『それはまた、宵越しの会話には都合が良い』
宵越しの金は持たぬとは、よく言ったものだ。ここで繰り広げられる会話も、この場のみで後腐れは望まない。
「喋っていただけるのですね!?」
『喋べるもなにも、何度か会話をしているではないか。今日はなにがあった?やけに沈んでいるが、先ほどの質問と関係があるのか?』
「そうです!でも、お願いをした甲斐がありました!」
先ほどの月光に照らされた陰影は鳴りを潜め、喜色満面の笑顔を浮かべるエイル。
『静かにせんか。ミオたちが起きるであろう』
「あっ、すみません。ですがやはり、ジョウ様は聖じ『そこは断じて訂正させてもらう』…え?」
『吾輩は、異界の獣神見習いだ。事情があり、現在はミオの護衛役を務めている。ミオが転生者なのは把握しているだろう?吾輩は、ミオの前世の界の準神族だ』
「その事情は『話せん。だが、ウルシア様が関わっているとだけ告げておこう』……それだけでも十分です」
♢
ウルシア様が関わったミオの生に、私は関与など出来るはずもなく。だけど少しだけ、不思議な少女の謎に迫れた嬉しさはあった。
『それで?なにやら思い詰めた表情をしていたが、なにがあった?賢者であるお主が悩むほどだ。なにか大事があったのだろう?』
「世間では賢者などと囃し立てられていますが、実際には無力なものです」
自嘲気味に話し始めたエイルの横顔は、寂しさが垣間見えた。
――五年前
「エイル様!娘の……ミディアンナの病の原因が分からないとは、どういうことですか!?」
焦燥に駆られるサミュエルの顔が、つい昨日の出来事のように思い出される。私の肩を強く掴む彼に、私は謝罪の言葉を吐くしか術がなかった。
「すみません、サミュエル。ミディの魔核に問題があるのは分かるのですが、それ以上は未知の領域です」
私が診てきた病の中でも、類を見ない症状。
彼が私へミディの診察を頼んで来たのは、既に神官達から匙を投げられ続けた後だった。
きっと、最後の砦だったに違いない。私の力ない返答は、サミュエルの希望を砕いた。彼は文字通り、膝から崩れ落ちたのだ。
『魔核に問題だと?』
私の説明に、ジョウ様の眉がピクリと動く。
「はい。詳しく言えば、魔核すら見えず、その場所が靄がかったように診えるのです。あらゆる病の症状と照らし合わせ、弾き……『終には、照らし合わせる病さえ無くなった……か?』…はい、仰る通りです」
力及ばずと言った風に、立たせた膝の間に顔を埋めたエイル。賢者と言えども、たかが二、三千年の刻を刻むことしか出来ない種族。世界の繰り返される史に比べれば、圧倒的無力な存在。そうしょげることもあるまいに。
準神族のジョウは、寿命が万を軽々と超えている。そこから見れば、エルフなど子同然だ。ミオなど……推して知るべし。
『ならば、仕方ないのではないか?』
「……え?」
そう吐き捨てたジョウに、エイルは驚きの表情を持って顔を上げた。ただの価値観の違いだが、彼からすれば、突き放されたように聞こえたのだろう。驚きから失望といった表情になった。
『エイルのことだ。過去の症例など、あらゆる書物を漁ったのではないか?』
「えぇ、漁りまくりましたよ!ですが、魔核に靄を抱える症状と合致する病気は、見つかりませんでした」
先程の「照らし合わせる病が無くなった」は、研究者からすればお手上げ状態の意味となる。症例があれば、解決の糸口が見つかるかもしれないという突破口の希望があるが・・・見つからなければ絶望的だ。
だからエイルが、エルフよりも永く生きらえる聖獣たちへ望みを賭けるのも無理からぬことだった。
『病ではなく、なにかを切っ掛けに起こる器官の不備だとしたら?』
「え?」
思いがけないジョウの言葉に、エイルの瞳は少しだけ輝く。
「たまにあるのだ。合併症という複合的病の産物がな。切っ掛けは軽症でも、合併症は生命にかかわる場合もある。現れた身体の不具合や症状の時系列等から割り出すことも可能な診察・治療方法だ」
「サミュエルの娘が倒れる前、周囲で変わったことはなかったか?」
「変わったこと……残念ながら、そこまでは聞いていません。スチューが魔鳥を飛ばすと言って言ましたから、早ければ明日の夕方で帰郷出来ますが、商業ギルドの仕事も兼ねて出張扱いですので、輸送便のクリーク連合経由便を使用すると思います。そうなれば魔導船の到着は、明後日の昼予定です」
『スチュー?誰だ?…とにかく娘の大事ならば、私費で足が出ようとも、高速便に乗り換えるやもしれぬぞ?』
どうなるかは分からない…と首を傾げるジョウ。
「スチューは愛称で、正しくはスチュワート。ロレンツォ辺境伯の右腕の家令です」
『そうか』
「しかし、ジョウ様の意見も一理ありますね。輸送便の魔導船は、明後日の昼到着予定です。辺境伯との面会の日ギリギリのリスクよりも、そちらを狙いそうです」
そう言いながら、顎に手を当て納得顔で頷くエイル。
そもそも乗員募集が少数の輸送便だ。予約一杯で乗船出来ない事態などの笑えない想定も出来る。
魔導船には、高額な高速便と低額な輸送便の二種類がある。経費削減を狙う商業ギルドは、低額な輸送便の乗船経費しか出さない。だが多少懐が痛んでも、サミュエルはきっと、乗船確実な高速便で帰郷するだろう。
『辺境伯と面会だと?』
「はい。やはり【魔従族】という特殊な立場の者の身分証明へのサインは、本人との面会を済ませないと看過出来ないと言われました」
『なにかあれば、責は自らに及ぶのだから、面会を望むのは妥当か。だがそれが明後日か。ミオが明日真実を知れば、奇声を上げそうだな』
「そうでしょうか?ミオは、場を弁えた賢い子です。多少驚くと思いますが、そこまでではないのでは?」
『お前は、ミオの脳内を知らんからそう言える。アレは姦しい。ミオは、まだ猫を被っているからな。猫が引越しをせぬ限り、アレの見た目は大人しい』
「彼が五年前の事を覚えているか。取り乱さないか。少々不安になりますね」
『娘の再起を賭けた診療だ。心を強く持ってもらわねばな』
「その診療の件で、ジョウ様にお願いがあるのです」
改まって畏まったエイルに、吾輩も身を正す。
『なんだ?』
「サミュエルの娘、ミディアンナを診て頂きたいのです。そして、彼女の部屋へ入室をする際は、人化で行っていただきたいのです」
『何故?』
「失礼を承知で申し上げます。病状芳しくないミディアンナの部屋に、獣の姿で入室することに不安を抱き者が少なからずおりまして…」
『なるほど。あい、分かった』
吾輩はそう答えると、エイルの前で人化を行った。昼間のララの件もある。丁度いいから、話しておこう。
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