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第二十八話 辺境伯ロレンツォ
しおりを挟む「久々の王城はどうだったんだい?」
転移陣の部屋に迎えに来たローリーに案内されたのはいつもの応接室だ。私は、無遠慮に座り込む。
「ローリー…聞かなくても分かっているでしょう」
「ププ!?そんなに嫌そうに顔を歪める場所へ、君自ら行くんだから、その幼子を随分可愛がってるんだねぇ」
なにが可笑しいのか、目に浮かぶ涙を拭き取る様を見せる。相変わらず、笑い上戸だ。パーティーでは、笑わないために無表情を貫くのだから、事情を知らない者からは怖がられている。
「何を言っているんだか……私は、貴方所属のローハンから依頼されたから熟しているに過ぎません」
「はははっ!そんなに邪険にしないでくれよ。ローハンからも報告が来ているよ。なんでも、『魔従族』の末裔を名乗る幼女だとか…」
「えぇ、間違いなく幼女です。王は『魔従族』と聞いただけで囲い込もうとしていましたが、やり方があれではね。突っぱねてきましたよ」
国王の喜色満面の笑みを思い出し、肩を竦めた。どんな人物かも聞かず、まるでアクセサリー扱いで気に食わなかった。
「突っぱねたって…陛下は一体なにを言ったのさ?」
「女性だと分かった途端、あろうことか、第三王子の嫁にすると仰っていましたね」
「…ブッ!?三十の男に四歳女児は、さすがに犯罪だろ?」
自身で淹れた茶を噴き出し、ソーサーに手早くカップを置くと口を拭うローリー。あまりの所業に、口調が乱れている。まぁ、コチラが素だが。
「えぇ。ですから、四歳児の幼女だとはっきり告げてきました」
「…っ、残念顔の陛下がっ!プッ…思い浮かぶよ。売れ残りっの残念っ王子もっ、なにか特っ技があれっば、良かったんだけどねぇ」
笑うか喋るか、どちらかにしてくれませんかね?
しかも、ツボに入ってしまったローリーの絶え絶えに吐く内容が穏やかではない。
「不敬ですよ、ローリー」
「どうせっ…君が防御結界を張ってるじゃないかっ…ププッ」
エイルの魔力操作は緻密で繊細であり、目や耳の侵入を許さない。
「はぁ。長い付き合いというのも、行動が理解されていて注意しづらいですね」
溜息を吐く私に、ローリーは更に笑みを深めた。なにが嬉しいのか。そんな時、扉をノックする音が響いた。それを聞いたろーりーは息を吐いて、調子を整える。
「入れ」
ローリーが誰かも問わず入室許可を出す辺り、おそらく爺やだろう。
「失礼致します」
案の定、爺やの声がして扉が開く。杖を使って入ってきたのは、アターキル辺境伯家の使用人の指揮を取る家令だ。ロレンツォが小さな頃から屋敷に仕える彼は、名をスチュワートと言う。
茶髪に白髪が混じった好々爺だか、どこまでも深緑の瞳には、こちらを見透かしているような居心地の悪さがある。背はピンと伸びており、杖はいるのか?と疑いたくなる。
「賢者エイル様、お久しぶりでございます」
「久しぶりですね、スチュー。お身体に変わりありませんか?」
「お陰様で、この通り病気知らずで来ております」
歴戦を潜り抜けた猛者であるスチューだが、人族である彼も、寄る年波は無視できない。身体のあちこちに不調が出るお年頃である。
「それよりスチューも座ってくれ。スチューを呼んだのは、お前の意見も聞きたいからなんだ」
「はて…意見ですかの?」
とんと覚えがないような表情をしているが、この腹黒狸を素で信用してはならない。
私がミオの保証人になっている情報を仕入れているに違いないから。下手をすれば領主のローリーより、領地を把握しているかもしれない。恐ろしいアターキルの生き字引なのだ。
「エイル。登城の目的を詳しく聞かなかったが、褒章メダルの確認で良かったか?」
「えぇ。無事に確認も取れましたし、認定証の発行も出来ました。後はサインだけです」
腰のポーチから取り出した認定証には、既に私のサインはいれてある。後は、領主のローリーである彼のサインだけではあるが、「はい、そうですか」と素直に印すとも思えない。
「どれどれ…おぉ、メダルが嵌め込まれた身分証明書は初めて見るが、豪華だな」
「左様ですな。長生きはするものです」
「国王によれば、かなり昔に使われたのみらしいですね。私は何度か見たことはありますが、最近はとんと見ませんからねぇ」
身分証明書のデザインや文章も一新せず、そのままだったのだろう。どこか古めかしさを感じる様式だった。
「さて…私がサインする条件は唯一つ。彼女との面接だね。これはローハンから報告が上がった時点で考えていたことでもあるんだよ…いや!?冷静に考えてくれよ?やっていることは、門番と変わらないからね?」
エイルの胡乱げな視線に、彼は必死に説明する。そう、自分の言い分はなにもおかしくはない。何故か、彼は自分をも納得させながら、彼女は【魔従族】を名乗った時点で、一般人ではないということを力説した。【魔従族】の語源力は、金のなる木と同義だ。
良からぬ者が彼女を囲おうと画策しても不思議じゃない。従魔がいるらしいが、たったの一頭。排除する手段は、山のようにある。
「彼女が普通の扱いを受けることはないって、魔従族を研究しているエイルが一番分かってるでしょ!?褒章メダルの制度は、問題なく使えるものだよ?でも二百年前と違い、国の事情も変わっているんだ。それに一番大事なのは、認定証に僕がサインをするということだ。それは、その人物を認めるという私の太鼓判が押されたもの。社会的責任が生じるんだ。それを鑑みれば、彼女に会う権利は十分あるはずだよ」
彼の言うことは最もだ。だが、彼ガミオに会いたい為に最もらしい言い訳を並べているだけではないかと疑ってしまう。
こういう場合、日々の行いは非常に大事である。
それともう一つ。彼女は、貴族と対面するような教育は受けているだろうか?平民で、丁寧語が使えるだけでも上等なのだ。
「それに君は既に、なにか益になることがあったんじゃないか?」
「……」
私の色彩について言っているなら、彼は間違っていない。ガイア様から加護を得た後に、ミオと同じ金の色彩が私にも混ざったのだから。
「そうですね。それは否めません。近々、ミディアンナの再診をサミュエルに頼みたいのですが、彼はまだ帰ってきていませんか?」
同じ魔導船で聖国に行ったが、帰りは別々だ。聖国の薬師ギルドはすでに機能しておらず、私は早々に見切りをつけて帰ってきていた。
サミュエルはローリーの弟だが、市井の方と結婚するために、既に貴族籍をている。彼の娘が難病を抱えている為、簡単に諦められないのだと思う。
私も診療に赴いたが、詳しい病魔の原因が分からなかったのだ。賢者など褒めそやされても、肝心な時に役に立てなければ、意味がない。
今は、ポーションで生命を長らえているだけの状態だ。ポーションが途切れれば、先はない。昨今のポーションの高騰に、憤りを抱えている一人でもある。
「サミーが帰ったという連絡はないね。それに留守中のミディアンナのことは一任されてるから、再診したいなら私が案内するよ?」
「私の他に同行者を二人お願いしたいのですが…」
「例の少女と従魔かい?」
「えぇ。彼らに、ミディアンナを診て欲しいのです」
どちらかといえば、ミオよりもジョウ様に期待している自分がいる。私が鑑定をしても跳ね返された強さは、恐らく聖獣か神獣だ。ミオは絶壁の隠蔽だと教えてくれた。
まだ秘密にしている禁忌に触れる良心の咎はあれど、ミディアンナの病気の原因が分かるかもしれない彼を、私が放っておくことは出来なかった。
「従魔ですか?…あまり体調が宜しくないミディアンナ様の部屋に獣を入れるのは…」
と躊躇したスチューに、私も彼の懸念は理解出来た。
だがジョウ様は恐らく、人化出来ると思う。豹の身体に羽根を生やし飛翔も出来る御仁だ。容易い作業だろう。
「その辺りの問題も解決致します」
私は力強く頷き、スチューを見る。最悪、ジョウ様を結界に包み入室すれば問題ない。
「エイル様が言うのなら、問題なさそうですね。サミュエル様には、こちらから魔鳥を飛ばします。間に合えば、明後日には帰途に着けるでしょう」
魔導船の着陸日は、隔日だ。今すぐに魔鳥を飛ばし、魔導船に空席があるというコンボを達成出来れば、帰郷が叶う。
「では、面接は明後日の午後でいかがでしょうか?」
面接と診察を、同日に行う方がいいだろう。領主であり、辺境伯でもあるローリーを煩わせるのも気が引ける。
「それでお願いします」
私が頷けば、スチューは胸元から取り出した手帳に、新たな予定を書き込んでいた。
♢
「只今、帰りました」
「おかえりなさいませ」
「ララは、大丈夫でしたか?」
エリカからの魔鳥の報せで、無事だが療養が必要だとあった。
「はい。丁度、エリカ様がご来訪頂いたタイミングでしたので、診療して頂きました。季節の移り変わりによる身体の疲労だそうです」
「…そうですか。念の為、明日はララを休ませてください」
「ララに申し付けましょう」
「……」
夜の静かな気配と、魔道具の仄かな明かりが屋敷内を照らしていた。それをぼぉ…と見ていると、「旦那様?」と様子がおかしい主人に、気遣わしげな表情を見せたゼフ。
「なんでもありません。今日は食事はいりませんので、ゼフも休んで下さい」
「…畏まりました。おやすみなさいませ」
「えぇ、おやすみなさい」
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