追放聖女のもふもふスローライフ

臥龍岡四月朔日

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追放聖女のもふもふスローライフ

第38話 追放聖女ともふもふスローライフ

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 ――また、夢だ。

 それは私がまだ大聖堂にいた頃の夢。

 その日、私は聖堂裏の大きな庭の片隅で、ひとりしょぼくれていた。
 原因は、いつまでたっても成長しない“聖女の力”。
 周りの子たちが次々と成長し、上級修行へ進む中、私だけがいつまでも「見習い」のままだった。

 私は、いつになったら本物の聖女になれるんだろう――。

 そんなことを考えていたときだった。

「どうしたね? 小さな聖女様」

 顔を上げると、柔らかい笑みを浮かべた男の人が立っていた。
 年の頃は六十代くらいだろうか。
 粗末な麻の服に革の手袋。庭師さんらしい格好だった。

「お菓子、食べるかい?」

 そう言って彼はポケットから小さな包みを取り出した。
 皺だらけの指で差し出された包みからは、甘い香りがふわりと漂う。

「貰いもんだが、私は甘いものが苦手でね」

 そう言って、恥ずかしそうに笑った。

「ありがとうございます」

 包みを開けると、中にはきれいな形のクッキーが数枚入っていた。
 口に含むと、さくりと軽い音がして、やさしい甘さが広がった。
 ほんのりとバターの香り。……すごく美味しい。

 ――庭師のおじさんにこんなクッキーをあげられるなんて、大聖堂って相当儲かってるんだな。
 そんな、ちょっと子どもらしくない感想を抱いたのを覚えている。

* * *

 ――チュンチュン。

 小鳥のさえずりと朝の光で目を覚ます。
 天井の木目がぼんやりと目に映った。

「……懐かしい夢を見たなぁ」

 あのおじさん、優しかったな。
 あれから毎日のように庭で会って、お喋りするようになって、仲良くなったんだよね。
 修行や雑用ばかりの毎日で、劣等感と焦りと、周囲の蔑みや陰口に耐えていた頃――あのおじさんと過ごす時間はすごく楽しかった。

 ……大聖堂を追放された時、残念だったのは、もうあのおじさんに会えないことだった。……毎回くれたお菓子、すごく美味しかったし。……って中身大人としてどうなんだ、それ? でも美味しいお菓子は大人になってからも好きだよね。ウンウン。

「……おじさん、元気にしてるかな」

 私は小さくつぶやく。

「キュゥ?」

 もふぞーが、小首をかしげ私に擦り寄ってくる。

「もふぞー、あんま動かないで……むにゃむにゃ」

 背中で寝てるティンカが寝ぼけながら文句をいう。
 うん、今日もいつもの朝だ。

 私はベッドから降りると、見習い聖女のローブを身にまとい台所へと向かった。

「リリアナ、おはよう」
「おはようございます!」
「二人ともおはよう」

 ロゼとミミィも起きてきて、いつもの朝の挨拶を交わす。
 
 ふと、考える。
 今度、クッキー作ってみようかな。うまくできるか分からないけど、みんなに食べさせてあげたい。

 私を笑顔にしたあの温もりを。


 朝食を終え、私はいつものように雑貨屋へと向かっていた。
 村の空気はまだ少しひんやりとしていて、パンを焼いた香ばしい匂いと、干し草の甘い香りが混じっている。

「そう言えば、今、宿屋に旅人が来てるんだよ」
 
 帳簿を閉じながら、ケイトさんが何気なく言った。

「旅人……珍しいですね」

「お爺さんと甥っ子の二人連れでね。何でも王都から来たって話だよ」

 王都――。
 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がひやりとした。
 この辺境の村に、わざわざ王都の人が?
 ……さすがに、見習い聖女のローブ姿を見られるのはまずいかも。できるだけ出会わないようにしよう。
 もし王都に戻って、私のことを話されたら……面倒なことになる。

「何でも仕事を引退したから、今はあちこち旅をしてるらしい」

「……護衛とかつけなくて大丈夫なんですかね?」

「甥っ子のほうが相当腕が立つらしいよ。それに、この間大きな野盗団が壊滅したばかりだからね」

 ケイトさんは笑いながら言う。

 ……ああ、この間の野盗たちのことか。

「おねーちゃん、そろそろ行こ」

 アリサちゃんが袖を引っぱりながら言う。

「それじゃあケイトさん、また夕方に」

「はいよ」

 店を出て、石畳の通りを歩く。
 朝日を受けて露が光る。いつも通りの静かな道。
 ……のはずだった。

「おや、これは久しぶりだね。――小さな聖女様」

 その声を聞いた瞬間、私は立ち止まった。
 どこか懐かしい、あの柔らかな響き。
 胸の奥で、バターの香りがふっと蘇る。

「……庭師のおじさん!」

 振り返ると、そこに立っていたのは大聖堂で仲良くなった、あの庭師のおじさんだった。
 旅人らしく外套を羽織ってはいたが、皺の刻まれた笑顔は昔と同じだ。

 まさか、旅人が――おじさんだったなんて。

 おじさんの斜め後ろには、背の高い男性が立っている。
 彼の視線は鋭く、腰には剣。
 おそらく、この人がおじさんの甥っ子だろう。
 ……でも、なんだかカタギの人には見えないなぁ。

 けれど、そんなことよりも。
 あの日の甘くてやさしい記憶が、心の底から湧き上がって止まらなかった。

「奇遇だね。……でも、何故この村に?」

「いやぁ、その、大聖堂は追放されちゃいまして……」

「なんと、それは大変だったね」

「ええ、まぁ……それで、ミトさんはなぜこの村に?」

 そうだ、ミトさんだ。名前、思い出せてよかった。
 この国らしくない響きだったから、なんとか覚えてた。

「庭師を引退してね。この国を見て回ろうと思ったんだよ。
 ちょうどこの辺りの野盗団も壊滅したと聞いたし、安心して旅ができると思ってね」

「そうなんですか」

 ミトさんは少し笑って、懐から包みを取り出した。

「……そうだ、これあげるよ。みんなでお食べ」

 手渡された包みから、ふわりと甘い香りが広がった。
 それは、忘れようにも忘れられない――バターの香り。

「わぁ……ありがとうございます!」

 思わず声が弾んだ。
 ミトさんは目を細め、昔と同じやさしい笑顔を見せた。

「……おじさん、そろそろ」

 甥っ子さんが控えめに声をかける。

「それじゃあ、私たちは行くよ」

「……そうですか。それではまた」

 別れ際、ミトさんは少しだけ真面目な声で言った。

「……この村に来て、幸せかい?」

「はい!」

 胸を張って答える。
 はじめはどうなるかと思ったけれど、今はみんなに出会えて、本当に幸せだと思えるから。

「……そうか。それはよかったね。
 私はね、あの窮屈な大聖堂よりも、この村の空気のほうが君に似合っていると思うよ」

「ありがとうございます」

「ではまた。――縁があれば」

 ミトさんは外套の裾をひるがえし、村の入り口のほうへと歩いていった。
 バターの香りが、風に乗って遠ざかっていく。


 * * *

 屋敷に戻り、アリサちゃんの授業をして、今は水浴びに来ていた。

 今日は思いがけず懐かしい人に会えた。
 クッキーも美味しかったし、みんなも嬉しそうだった。

 ロゼたちは相変わらず、水遊びに夢中だ。

 ――『この村に来て、幸せかい?』

 ふと、ミトさんの言葉を思い出す。
 結果的に、あの追放は私にとって救いだった。
 本当に、心からそう思う。
 おかしな話だけど、追放してくれた人に感謝したいくらいだ。

 ……そういえば、父様はこうなることを見越していたのだろうか。
 屋敷に戻ったら、久しぶりに手紙でも書こうかな。

「わぷっ!」

 いきなり水が飛んできた。

「リリアナ、油断大敵、だよ!」

「……いい度胸だね。――えい!」

 こちらも水をかけ返す。

「キュキュゥ!」

 もふぞーが跳ね、周りに水しぶきを撒き散らす。
 ミミィもアリサちゃんも、みんな笑いながら水を掛け合った。

 ああ、こんな日々がいつまでも続くといいな。
 穏やかで、のんびりとして、でも確かに幸せな――スローライフが。

 ――第一部・完。
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