追放聖女のもふもふスローライフ

臥龍岡四月朔日

文字の大きさ
38 / 40
追放聖女のもふもふスローライフ

第37話 別れの夢と聖女の特訓

しおりを挟む
 ――夢を見ていた。

 街が燃えていた。
 瓦礫の山を踏み砕きながら、巨大な獣がゆっくりと迫ってくる。
 かつて虹色に輝いていた白い毛並みは、いまや煤で汚れ、見る影もない。額の角は二股に分かれ、さらに先の方で鹿の角のように何本にも分かれていた。

 私はそれを城壁の上から見ていた。
 立てた丸太に縛りつけられ、足元には乾いた薪が敷き詰められている。
 ――これから火あぶりにされるところだった。

 兵士の一人が、槍の穂先をこちらに突きつける。

 それは、これ以上近づけば私を殺すという脅しだ。どうせ近づかなくても私を殺すのに。

 その瞬間兵士は崩れ落ちた。
 生命が、巨大な獣に吸われていくのが見えた。

 彼は、冥府の神でもある。生と死を司る、獣の神。

 私のために彼がそんな事をするのが耐えられなかった。いつもの優しい彼に戻って欲しかった。

 もう止めて。

 その叫びに彼はとても悲しそうな顔で返した。


 そこで目を覚ます。
 目元が濡れていた。どうやら私は泣いていたらしい。

「キュゥ」

 もふぞーが、涙の跡をペロリと舐めた。

 ……あれが……前に夢で見たのが、獣神様だったんだね。
 獣神様は多分、巫女が人々を守ろうとしたと受け取ったのだろう。だから巫女を置いて去ったのだ。

 ……寂しかっただろうなぁ。

「キュゥ……」

 もふぞーが身体を擦り付けてくる。

「今日の君は、なんだかあまえんぼさんだね」

 私はもふぞーの身体を優しくなでる。
 ふわふわの毛を撫でると、手のひらに心地よい温もりが広がった。

 そういえば、夢の中の獣神は白い毛をしていた。
 けれど、大聖堂の聖女譚では“黒竜”として語られている。
 おそらく、清浄の白から不浄の黒へ――
 神の敵対者として都合よく書き換えられたのだろう。

 ……うん、大聖堂に腹が立ってきた。

 まあ、でも、だからといって何をするでもない。私はここで仲間たちとのんびり平和に暮らしたいのだ。

「キュゥ」

 もふぞーはさっきっからずっと私に寄り添っている。

「ごめんね。朝の支度しなきゃ」

 私はもふぞーから身を離し、ローブに着替え、台所へと向かう。

 朝食の支度をしていると皆が起きてくる。
 いつもの朝、いつもの団欒。
 笑い声と、ハーブの香り。

 雑貨屋へと向かう途中、ふと考える。

 ――そういえば、アリサちゃんはどうするのだろう。
 精霊王の加護を得たことで、彼女の中に“聖女の力”が芽生えた。
 こうなれば、もう、私はお役御免だ。

 寂しいけども仕方がない。

「こんにちはー」

「いらっしゃい」
「おねーちゃん、いらっしゃい!」

 いつものやり取りに、自然と笑みがこぼれる。

「それじゃあ、おねーちゃん、お屋敷行こ」

 アリサちゃんが笑顔で言った。

「もう、あまり教えることないけど……来る?」

「うん。聖女の力は使えるようになったけど、まだ上手くできないから。これからも、私にいろいろ教えてほしいな」

 その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。


 屋敷に戻ると、早速今日の授業を始めることにした。

「それじゃあ今日は――聖女の力を実際に使ってみようか」

「はいっ!」

 アリサちゃんは元気よく返事をしたものの、その表情にはわずかに戸惑いが混じっていた。
 やる気はあるけれど、何をどうすればいいのか分からない――そんな顔。

 私は微笑み、机の引き出しから一本の裁縫針を取り出す。
 そしてためらうことなく、自分の指先に突き立てた。

「っ……!」

 赤い点がぷっくりと浮かび上がり、やがてじんわりと血が滲む。
 アリサちゃんは目を丸くして息を呑んだ。

「そ、それ……!」

「大丈夫。さあ、回復魔法をかけてみようか」

 促すと、アリサちゃんは慌てて私の指に両手をかざした。
 真剣な表情で目を閉じ、ゆっくりと息を整える。
 その小さな掌から、淡い光が溢れ出した。

 ……アリサちゃんの集中力なら、きっと大丈夫。

 やわらかく温かい光が、私の指先を包み込む。
 まるで春の日差しのような心地よさに、ほんの少し笑みがこぼれる。
 血は消え、傷口は跡形もなくふさがっていた。

「……はい、よくできました」

「……おねーちゃん、痛くないの?」

「大丈夫。アリサちゃんが治してくれるって信じてたからね」

 そう言って微笑むと、アリサちゃんの表情がぱっと明るくなった。
 小さな胸を張り、誇らしげに「えへへ」と笑う。

 私は何度か同じ課題を繰り返させる。
 彼女の手から生まれる光は、最初よりもずっと安定していた。

「大分慣れてきたみたいだね」

「ほんとに? やったぁ!」

 ちょうどその時――。

「リリアナ、お客様」

 庭にいたロゼが私を呼びに来た。
 私は頷き、アリサちゃんに少し休憩するよう伝えると、玄関へと向かう。

 扉の外には、一人の男性が立っていた。
 深い藍色の外套をまとい、その胸には伯爵家の紋章が刺繍されている。

 なんだろう? マリーからのお使いかな?

「リリアナ様ですね。こちら、マリー様とアイディン様からのお手紙になります」

「ありがとう」

 差し出された封筒を受け取り、使いの者に礼を言う。
 彼は恭しく一礼し、馬車へと戻っていった。

 手紙の蝋封には伯爵家の印璽が捺されており、正規の使いであることがわかる。
 なんだろう? あのあとの顛末の報告かな?
 「移動中に決めてみせますわ」と言っていたマリーの姿を思い出す。

 私は静かに封を切り、まずマリーからの手紙を読む。

 ――どうやら、うまくいったようだ。
 文面には、二人がデビュタントを待って婚約を発表する予定であると書かれていた。

「……良かったね、二人とも」

 思わず小さく呟く。
正直、兄様は女っ気が無さすぎて、変な趣味でもあるのではと心配していた。
 まあ、マリーもまだデビュタント前なので年齢的には少し早いけれど、この世界では珍しいことでもない。

 ふと、一文が目に留まる。
 ――『これも、リリアナのおかげです』

 私は首をかしげた。
 正直、私が何かをした覚えはない。……うーん、出会いのきっかけへの感謝かな?

 続いて兄様からの手紙を開封する。

『親愛なる妹、リリアナへ』

 ……まったく、婚約したのだからそういう言葉はマリーにかけてあげなさいな。
 思わず苦笑する。

 内容は婚約の報告と、彼女についての短い感想だった。

『マリー嬢はなかなかしたたかで、食えない人だ』

 ……マリーは一体何をしたんだ……

 けれど、文面の端々から兄様の楽しげな様子が伝わってくる。
 その筆跡には、いつもの堅苦しさではなく、どこか柔らかな調子があった。

「うん。二人が幸せなら、それでいいか」

 私は封筒をそっと閉じ、机の上に置いた。


 * * *

 森の泉で水浴びをしながら考える。

 二人が結婚かぁ……そしたらマリーが義姉になるんだよね。

 ……それに、デビュタントかぁ。
 私も普通に貴族の令嬢として暮らしていたら、数年後にはデビュタントだったんだよね。

 まあ、ずっと聖女見習いとして大聖堂で過ごしていたせいで、令嬢としての振る舞いなんて全然やってこなかったわけで。
 あと数年でどうにかなると思わなかったから、父様も私をこの村へ送ったんだろうなぁ。
 聖女としても、令嬢としても中途半端だな、私。

 でも――それでよかったと思う。
 おかげで、こうしてのんびり過ごせている。
 それに、もふぞーをはじめ、みんなとも出会えた。

「キュゥ」

 隣でもふぞーが私に擦り寄りつつ一鳴きする。

 ――本当に、この村に来れて良かった。
 私は小さくつぶやき、もふぞーの背をそっと撫でた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」 公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。 死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった! 人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……? 「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」 こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。 一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。

【完結】聖女レイチェルは国外追放されて植物たちと仲良く辺境地でサバイバル生活します〜あれ、いつのまにかみんな集まってきた。あの国は大丈夫かな

よどら文鳥
恋愛
「元聖女レイチェルは国外追放と処す」  国王陛下は私のことを天気を操る聖女だと誤解していた。  私レイチェルは植物と対話したり、植物を元気にさせたりする力を持っている。  誤解を解こうとしたが、陛下は話すら聞こうとしてくれない。  聖女としての報酬も微々たる額だし、王都にいてもつまらない。  この際、国外追放されたほうが楽しそうだ。  私はなにもない辺境地に来て、のんびりと暮らしはじめた。  生きていくのに精一杯かと思っていたが、どういうわけか王都で仲良しだった植物たちが来てくれて、徐々に辺境地が賑やかになって豊かになっていく。  楽しい毎日を送れていて、私は幸せになっていく。  ところで、王都から植物たちがみんなこっちに来ちゃったけど、あの国は大丈夫かな……。 【注意】 ※この世界では植物が動きまわります ※植物のキャラが多すぎるので、会話の前『』に名前が書かれる場合があります ※文章がご都合主義の作品です ※今回は1話ごと、普段投稿しているよりも短めにしてあります。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

転生幼子は生きのびたい

えぞぎんぎつね
ファンタジー
 大貴族の次男として生まれたノエルは、生後八か月で誘拐されて、凶悪な魔物が跋扈する死の山に捨てられてしまった。  だが、ノエルには前世の記憶がある。それに優れた魔法の才能も。  神獣の猫シルヴァに拾われたノエルは、親を亡くした赤ちゃんの聖獣犬と一緒に、神獣のお乳を飲んで大きくなる。  たくましく育ったノエルはでかい赤ちゃん犬と一緒に、元気に楽しく暮らしていくのだった。  一方、ノエルの生存を信じている両親はノエルを救出するために様々な手段を講じていくのだった。 ※ネオページ、カクヨムにも掲載しています

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

私ですか?

庭にハニワ
ファンタジー
うわ。 本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。 長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。 良く知らんけど。 この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。 それによって迷惑被るのは私なんだが。 あ、申し遅れました。 私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。

処理中です...