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第5話 胸の中で
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絶え間なく降り続ける雨が頬を濡らす。
死にきれなかった絶望に、言葉では言い表せない虚脱感が襲う。
楽になりたかった。だから、身を投げた。
だというのに、どうやら俺は死ぬことすらも許されないらしい。
もう何も考えたくない。
ただ、濡れて冷えきった身体を、美純の体温が温める感覚だけが伝わってくるのが分かる。
「離してくれ」
「いや、絶対に離さない!! だって、そうじゃないとまた遠くに行こうとするでしょ!」
一層、俺を背後から抱き締める力が強まった。
「何で助けた」
俺の率直な問いに、美純は黙って返事をしない。
「──駄目なんだ、このままじゃ。俺がいると皆を不幸にする。だから、俺さえ……俺さえ消えればそれで丸く収まるんだ! 美純だって俺がいない方がいいだろう?」
息苦しい憂鬱さに俺は顔を伏せた。
「は?」
美純の声は怒りで震えているようだった。
俺を正面に向かわせると、両肩を掴んで顔を寄せた。
「黙って聞いてれば、私、そんなこと一言も言ってないよね。かずやに何かそう思わせるような事した?」
目をキッとさせ、美純は眉をひそめて問い詰めた。
言い返せなかった。
美純の言うことはもっともで、俺はバツが悪そうに顔を反らし、押し黙るしかなかった。
「勝手に分かった気になって満足しないでよ。どうして頼ってくれなかったの? 幼馴染みでしょ? 頼ってよ、私のことっ……!」
そう声を荒げる美純は、苦しそうに顔を歪めていた。
「ああ、頼りたかったさ。頼りたかったよ! でも……それ以上にお前のことを巻き込みたくなかったんだ!」
「なにそれ、私が信じられないの? それとも頼りにならない?!」
「違うそうじゃない! ──だから…………美純が大切だからだ!」
俺の切実な言葉に、美純は目を大きくして口を半開きにする。
しばらくして美純は顔を下にして俯き、呟いた。
「かずやがいないと寂しいよ。“死にたい”だの“消えたい”だの、残される私の気持ちはどうなの? 嫌だよそんなの、かずやがいない世界なんていやだ!」
涙で瞳を潤わせ、美純は唇を固く結ぶ。
悲痛な叫びに俺は戸惑う。
「どうしてそこまで俺を思ってくれるんだ?」
「かずやが……かずやが好きだから!」
突然の告白に瞬きすら忘れ、茫然とする。
「どんなに辛くて大変でも。周りの皆が敵になっても私、信じてるから! だから、私と一緒に生きて!!」
その瞬間、今まで俺を苦しめていた重圧の鎖が打ち砕かれた気がした。
気張っていた感情が緩んでいくにつれ、胸の中に押さえ込んでいたものが突き上げてくる。
「誰も信じてくれなかった」
「私が信じてる」
「もう居場所なんてない」
「私が居場所になる」
優しく返される度に、涙がぐっと込み上げて声を詰まらせた。
「邪魔だって言われても、絶対に傍にいるから。だから、辛いのも苦しいのも私に分けて」
目頭に熱い涙が湧いてくる。
俺はそれを隠すように手で覆い、肩を震わせた。
「泣いてもいいんだよ」
しかし、そんな事など美純にはお見通しだった。
美純は俺の顔を胸へ引き寄せ、それからそっと包み込むように抱擁した。
それは昔、母さんにしてもらったみたいに懐かしく、心地のよいものだった。
ずっと求めていたものが、確かにここにはあった。
「苦しんでいたのを知っていたのに、傍にいてあげられなくてごめんね。助けてあげられなくてごめんね。一人にしてごめんね」
ゆっくりと、あやすように何度も頭を撫でられる。
──気付けば、俺の目からは大粒の涙が流れ落ちていた。
我慢していただけ、涙が溢れて止まらなかった。
「悔しかった。苦しかった。悲しかった。寂しかった。ほんとは俺が悪いんじゃないかって思うと、怖くて堪らなかった」
心の奥底にしまい込んでいた思いをさらけ出した。
「もう大丈夫。私がいるから」
そんな俺に美純は額と額をくっつけて囁いた。
「少し休もう」
そう諭され、俺は気が済むまで美純の胸の中でたくさんたくさん泣き続けた。
死にきれなかった絶望に、言葉では言い表せない虚脱感が襲う。
楽になりたかった。だから、身を投げた。
だというのに、どうやら俺は死ぬことすらも許されないらしい。
もう何も考えたくない。
ただ、濡れて冷えきった身体を、美純の体温が温める感覚だけが伝わってくるのが分かる。
「離してくれ」
「いや、絶対に離さない!! だって、そうじゃないとまた遠くに行こうとするでしょ!」
一層、俺を背後から抱き締める力が強まった。
「何で助けた」
俺の率直な問いに、美純は黙って返事をしない。
「──駄目なんだ、このままじゃ。俺がいると皆を不幸にする。だから、俺さえ……俺さえ消えればそれで丸く収まるんだ! 美純だって俺がいない方がいいだろう?」
息苦しい憂鬱さに俺は顔を伏せた。
「は?」
美純の声は怒りで震えているようだった。
俺を正面に向かわせると、両肩を掴んで顔を寄せた。
「黙って聞いてれば、私、そんなこと一言も言ってないよね。かずやに何かそう思わせるような事した?」
目をキッとさせ、美純は眉をひそめて問い詰めた。
言い返せなかった。
美純の言うことはもっともで、俺はバツが悪そうに顔を反らし、押し黙るしかなかった。
「勝手に分かった気になって満足しないでよ。どうして頼ってくれなかったの? 幼馴染みでしょ? 頼ってよ、私のことっ……!」
そう声を荒げる美純は、苦しそうに顔を歪めていた。
「ああ、頼りたかったさ。頼りたかったよ! でも……それ以上にお前のことを巻き込みたくなかったんだ!」
「なにそれ、私が信じられないの? それとも頼りにならない?!」
「違うそうじゃない! ──だから…………美純が大切だからだ!」
俺の切実な言葉に、美純は目を大きくして口を半開きにする。
しばらくして美純は顔を下にして俯き、呟いた。
「かずやがいないと寂しいよ。“死にたい”だの“消えたい”だの、残される私の気持ちはどうなの? 嫌だよそんなの、かずやがいない世界なんていやだ!」
涙で瞳を潤わせ、美純は唇を固く結ぶ。
悲痛な叫びに俺は戸惑う。
「どうしてそこまで俺を思ってくれるんだ?」
「かずやが……かずやが好きだから!」
突然の告白に瞬きすら忘れ、茫然とする。
「どんなに辛くて大変でも。周りの皆が敵になっても私、信じてるから! だから、私と一緒に生きて!!」
その瞬間、今まで俺を苦しめていた重圧の鎖が打ち砕かれた気がした。
気張っていた感情が緩んでいくにつれ、胸の中に押さえ込んでいたものが突き上げてくる。
「誰も信じてくれなかった」
「私が信じてる」
「もう居場所なんてない」
「私が居場所になる」
優しく返される度に、涙がぐっと込み上げて声を詰まらせた。
「邪魔だって言われても、絶対に傍にいるから。だから、辛いのも苦しいのも私に分けて」
目頭に熱い涙が湧いてくる。
俺はそれを隠すように手で覆い、肩を震わせた。
「泣いてもいいんだよ」
しかし、そんな事など美純にはお見通しだった。
美純は俺の顔を胸へ引き寄せ、それからそっと包み込むように抱擁した。
それは昔、母さんにしてもらったみたいに懐かしく、心地のよいものだった。
ずっと求めていたものが、確かにここにはあった。
「苦しんでいたのを知っていたのに、傍にいてあげられなくてごめんね。助けてあげられなくてごめんね。一人にしてごめんね」
ゆっくりと、あやすように何度も頭を撫でられる。
──気付けば、俺の目からは大粒の涙が流れ落ちていた。
我慢していただけ、涙が溢れて止まらなかった。
「悔しかった。苦しかった。悲しかった。寂しかった。ほんとは俺が悪いんじゃないかって思うと、怖くて堪らなかった」
心の奥底にしまい込んでいた思いをさらけ出した。
「もう大丈夫。私がいるから」
そんな俺に美純は額と額をくっつけて囁いた。
「少し休もう」
そう諭され、俺は気が済むまで美純の胸の中でたくさんたくさん泣き続けた。
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