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最終話 世界の全てを敵に回してでも 中下
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無言だった。
魔王は突然、こちらから視線を外し、桜の大樹の方に向けて歩き出す。
あまりに堂々とした歩き姿は、どうもその背中を狙うのを躊躇してしまう。
今、斬りかかったら、火に油を注ぎそうで怖いというのもあるけど。
魔王が桜の大樹に触れる。
「剣道三倍段って言葉あんだろ」
剣道三倍段。
剣道は剣を持つ事により、リーチや殺傷力の点で空手など他の武術に勝り、剣道の初段は他の武術の三段に等しいという考え方だ。
「なら、もっと長物使えば、六倍くらいにはなんのかね?」
「え、ええと、どうだろう?」
「わかんねえよな。 だったらよ」
俺様達で試してみようぜ、と魔王は言った。
「喰らえ」
桜の木に手を当てると、その手の平に黒い光を生み出す。
大人が数人集まって輪になっても手が回りそうにもない太い幹が、大きな大きなサメにかじりつかれたかのように抉り取られる。
幹を抉られた桜の木はみしみしと音を立てながら、自らの身を抉った原因を押し潰そうと魔王の方に倒れて行く。
「まぁなんだ、呪われた遺物とかそういうのじゃなくて悪いんだけどさ」
しかし、腕を頭の上で一振り。
それだけで桜の木は、まるで鉛筆の線を消しゴムで消したかのように消え失せた。
落ちた大量の桜の花びらだけが残り、辺り一面を深い桃色の霧が覆い隠す。
「不味っ……」
魔王が視界から消えた。
魔術で相手の位置を特定するような、そんな器用な事は僕には出来ないけど、魔王がそれを使えないと安心するわけにはいかない。
とにかくこの場を離れようとした瞬間だった。
「とにかく超圧縮しただけの代物だ」
正面、桜の花びらが割れる。
魔王のトップスピードに乗った踏み込みは、風を巻き起こし、僕に回避する事を許してくれそうにない。
「っ、来い!」
ぱっと見た限り、魔王は無手。
右手を引き、真っ直ぐに拳を振り抜く構えにしか見えない。
だけど、刀で受けたら間違いなく折れる。
困った時の聖剣頼り、とばかりに迎え撃つために振りかぶる。
距離はまだ拳の間合いではなく、迎撃は間に合う。
「だけど、重さだけはちょっとしたもんだ」
「な」
にがあったのか。
地面に転がされていたのは、僕の方だった。
振りかぶった聖剣に、トラックが正面衝突でもしたんじゃないかと思えるくらいの衝撃に堪えきれず、僕は地面を三回ほどバウンド。
転がされ慣れているお陰か、それでも反射的に立ち上がる。
刀の間合いは潰され、目の前には魔王の背中があった。
身体を回し、遠心力を籠めた裏拳を、
「がっ!?」
「ちっ、ミスった」
間違いなく、裏拳のタイミングじゃなかった。
それより遥かに速い何かが、僕の左足を打つ。
ミスはミスなのだろう。
かすっただけで脛につけていた脚甲を弾き飛ばし、腓骨が折れたのがわかった。
何があった、と頭を抱えて悩めば死ぬ。
痛みに涙を流していれば、死ぬ。
バランスを崩して、倒れても死ぬ。
何とかして、何もかもが崩れ落ちそうな身体を支える。
「次はきっちり当てるぜ」
横回転していた身体を、足を地面につきたてるようにして魔王は止める。
腰を落とし、左肩を前に出すようにした構えは、今にも突き出さんとする槍の構えか。
だけど、やっぱり手には何も持っているようには見えず、透明な武器か?という考えが浮かぶ。
武器が見えなくとも狙いはシンプルに、僕の心臓だ。
「一手、返すぞ!」
きらりと光る何かは、もはや視認出来るようなものではない。
どう受ける、なんて領域じゃなくて、身体の前に聖剣を滑り込ませるだけで精一杯だった。
生き延びた、という意味では幸運だ。
逆に不幸なのは、生き延びてしまったという事か。
何がどうなったかすらわからず、気付けば倒れ、空を見上げていた。
「起きなきゃ」
上半身を起こし、そう言葉にしたはずが音にならず。
口から出てきたのは、びっくりするくらいに赤い血だった。
どんぶりに並々と注ぎ、ひっくり返してしまったかのよう有り様に胸から腹まで真っ赤に染まってしまう。
意識が半分くらい流れていってしまったのか、まず考えた事は「ルーに見せたら、心配かけるな」なんてのんきな事だった。
ぶおん、と風切る音がして、そよ風が僕の頬をくすぐる。
そちらに目を向ければ、小さく縮んだ魔王がいた。
いや、違うか。
何百メートル離れているのか、遠くにいるせいで小さく見えるんだ。
黒い棒をぶおんぶおんと振り回し、ぴたりと止まって見栄を切った魔王は、まるで西遊記の孫悟空のように絵になっていた。
「どうよ、勇者?」
魔王は勝ち誇るようににたりと笑い、
「凄いや」
と、僕は素直な気持ちを言葉にした。
手元で棒を隠して、こちらに気付かせず、突いて払う。
言葉にすれば単純で、それだけに難しい。
その難しい事を、いとも容易くやって見せた魔王の勝ち誇りに、僕は憤るよりも尊敬を抱いてしまった。
力任せじゃ絶対に出来ない事だ。
あれは習練を積んだ技だ。
だからこそ、意識が吹っ飛んだ僕の頭は一つの答えを出す。
「負けられない、よねえ」
魔王は突然、こちらから視線を外し、桜の大樹の方に向けて歩き出す。
あまりに堂々とした歩き姿は、どうもその背中を狙うのを躊躇してしまう。
今、斬りかかったら、火に油を注ぎそうで怖いというのもあるけど。
魔王が桜の大樹に触れる。
「剣道三倍段って言葉あんだろ」
剣道三倍段。
剣道は剣を持つ事により、リーチや殺傷力の点で空手など他の武術に勝り、剣道の初段は他の武術の三段に等しいという考え方だ。
「なら、もっと長物使えば、六倍くらいにはなんのかね?」
「え、ええと、どうだろう?」
「わかんねえよな。 だったらよ」
俺様達で試してみようぜ、と魔王は言った。
「喰らえ」
桜の木に手を当てると、その手の平に黒い光を生み出す。
大人が数人集まって輪になっても手が回りそうにもない太い幹が、大きな大きなサメにかじりつかれたかのように抉り取られる。
幹を抉られた桜の木はみしみしと音を立てながら、自らの身を抉った原因を押し潰そうと魔王の方に倒れて行く。
「まぁなんだ、呪われた遺物とかそういうのじゃなくて悪いんだけどさ」
しかし、腕を頭の上で一振り。
それだけで桜の木は、まるで鉛筆の線を消しゴムで消したかのように消え失せた。
落ちた大量の桜の花びらだけが残り、辺り一面を深い桃色の霧が覆い隠す。
「不味っ……」
魔王が視界から消えた。
魔術で相手の位置を特定するような、そんな器用な事は僕には出来ないけど、魔王がそれを使えないと安心するわけにはいかない。
とにかくこの場を離れようとした瞬間だった。
「とにかく超圧縮しただけの代物だ」
正面、桜の花びらが割れる。
魔王のトップスピードに乗った踏み込みは、風を巻き起こし、僕に回避する事を許してくれそうにない。
「っ、来い!」
ぱっと見た限り、魔王は無手。
右手を引き、真っ直ぐに拳を振り抜く構えにしか見えない。
だけど、刀で受けたら間違いなく折れる。
困った時の聖剣頼り、とばかりに迎え撃つために振りかぶる。
距離はまだ拳の間合いではなく、迎撃は間に合う。
「だけど、重さだけはちょっとしたもんだ」
「な」
にがあったのか。
地面に転がされていたのは、僕の方だった。
振りかぶった聖剣に、トラックが正面衝突でもしたんじゃないかと思えるくらいの衝撃に堪えきれず、僕は地面を三回ほどバウンド。
転がされ慣れているお陰か、それでも反射的に立ち上がる。
刀の間合いは潰され、目の前には魔王の背中があった。
身体を回し、遠心力を籠めた裏拳を、
「がっ!?」
「ちっ、ミスった」
間違いなく、裏拳のタイミングじゃなかった。
それより遥かに速い何かが、僕の左足を打つ。
ミスはミスなのだろう。
かすっただけで脛につけていた脚甲を弾き飛ばし、腓骨が折れたのがわかった。
何があった、と頭を抱えて悩めば死ぬ。
痛みに涙を流していれば、死ぬ。
バランスを崩して、倒れても死ぬ。
何とかして、何もかもが崩れ落ちそうな身体を支える。
「次はきっちり当てるぜ」
横回転していた身体を、足を地面につきたてるようにして魔王は止める。
腰を落とし、左肩を前に出すようにした構えは、今にも突き出さんとする槍の構えか。
だけど、やっぱり手には何も持っているようには見えず、透明な武器か?という考えが浮かぶ。
武器が見えなくとも狙いはシンプルに、僕の心臓だ。
「一手、返すぞ!」
きらりと光る何かは、もはや視認出来るようなものではない。
どう受ける、なんて領域じゃなくて、身体の前に聖剣を滑り込ませるだけで精一杯だった。
生き延びた、という意味では幸運だ。
逆に不幸なのは、生き延びてしまったという事か。
何がどうなったかすらわからず、気付けば倒れ、空を見上げていた。
「起きなきゃ」
上半身を起こし、そう言葉にしたはずが音にならず。
口から出てきたのは、びっくりするくらいに赤い血だった。
どんぶりに並々と注ぎ、ひっくり返してしまったかのよう有り様に胸から腹まで真っ赤に染まってしまう。
意識が半分くらい流れていってしまったのか、まず考えた事は「ルーに見せたら、心配かけるな」なんてのんきな事だった。
ぶおん、と風切る音がして、そよ風が僕の頬をくすぐる。
そちらに目を向ければ、小さく縮んだ魔王がいた。
いや、違うか。
何百メートル離れているのか、遠くにいるせいで小さく見えるんだ。
黒い棒をぶおんぶおんと振り回し、ぴたりと止まって見栄を切った魔王は、まるで西遊記の孫悟空のように絵になっていた。
「どうよ、勇者?」
魔王は勝ち誇るようににたりと笑い、
「凄いや」
と、僕は素直な気持ちを言葉にした。
手元で棒を隠して、こちらに気付かせず、突いて払う。
言葉にすれば単純で、それだけに難しい。
その難しい事を、いとも容易くやって見せた魔王の勝ち誇りに、僕は憤るよりも尊敬を抱いてしまった。
力任せじゃ絶対に出来ない事だ。
あれは習練を積んだ技だ。
だからこそ、意識が吹っ飛んだ僕の頭は一つの答えを出す。
「負けられない、よねえ」
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