魔女のまにまに

ゆきち

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3 (アルバート視点)

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「明日から遠出をするので、しばらく不在にします」

 そう告げられたのは、師匠の家に通い始めてから二月ほど経った頃だった。
 一目惚れをして勢いのまま家に押しかけ、弟子にしてくれと土下座したのが遠い昔のような気がする。よく二月も追い出されず済んだなと、自分でもいまだに信じられない。

 初めは本当に塩対応だった。いきなり押しかけたこちらがどう考えても悪いのだが、明らかに警戒されていた。当たり前である。警戒されない方が逆に心配になる。
 それでも師匠は根が優しいのだろう、追い出したりはしないし、植物の見分けがつかず困っていた時には手助けしてくれたし、なにより私が来るとわかっている日は在宅してくれるのだ!
 予定があって不在にする場合にも今回のように教えてくれる。優しい。
 嬉しい気持ちを込めてキラキラと見つめると、若干引いたような顔をされた。何故!


 ということで、師匠がしばらく不在ならば、私も真面目に仕事をすることにする。
 ほぼ毎日通っている、と言っても朝から晩までというわけではなく、長くても夕方から暗くなる前の1時間程度。決して仕事をサボっているわけではなく、ちゃんと許可は得て早上がりしてるのだ。

 私の職場は帝国の騎士団だ。その中でも魔法学院をトップクラスの成績で卒業したエリートだけが所属できる魔法騎士団である。
 基本的に身分問わずだが、貴族であると合格しやすい風潮はあるようだ。
 私は確かに学院を主席で卒業しているが、平民でも私より実力のある者はたくさんいたため、どちらかというと貴族の縁故が強く影響していたと思われる。

 しかし貴族籍から抜けたあとも何故か魔法騎士団は退団出来なかったので、今でも在籍している。もっと規律のゆるいところだったら、師匠のところに通う余裕があったのに。
 昇進の打診もあったがとんでもない。余計に時間の融通が効かなくなる階級になんかなりたくない、と丁重にお断りした。そもそも貴族じゃなくなった事実上平民が貴族の上に立ったら、顰蹙を買うじゃないか。絶対に何か面倒事が起きるに決まってる。煩わしいことは避けるに限る。

 魔法騎士団の仕事は多岐に渡るが、私が所属しているのは主に動植物の魔種、一般的に「魔物」と呼ばれる生き物による被害調査と駆除を担当する部署だ。
 被害報告が入ると調査部隊が動き、目的の魔物が確認できたら実働部隊が討伐に動く、という流れになっている。私は攻撃力が高い方ではないため調査部隊所属だ。

 本日の任務は、帝都から少し離れた郊外の森の調査である。ここ最近、森全体の活気がなく、枯れ木が増えたのだそうだ。おそらく植物系の魔物の仕業だろう。
 発生源を確認して実働部隊に情報を引き継げば、それで終了である。言うは易しで中々骨が折れる作業ではある。

 数人で班を作り問題の森を探索する。
 こうやって森の中を歩いていると、初めて師匠に会った時を思い出す。

 その時も調査のためにとある森を探索していたのだったが、運が良いのか悪いのか、私の班が直接魔物に鉢合わせてしまったのだ。
 そもそも調査部隊のメンバーは攻撃よりも防御に秀でていることが多い。その時は私が一番攻撃力が高かったが、その植物系の魔物とはたまたま相性が悪く、退避も討伐も上手く行かず場が膠着していた。
 他の班が合流するまでのタイムラグで何人か重症者が出るだろうと覚悟したところで、俄かに魔物が激しい炎に包まれた。

 燃え盛る魔物を背景に、静かに地に降り立った魔女。
 炎が呼んだ熱風になびく髪は妖しく煌めき、目深に被った魔帽から一瞬だけ覗いた瞳は、今まで見たエリュの瞳は偽物かと思う程、強く深く、美しい真紅を閉じ込めていた。
 そのあまりにも現実味のない美しさに、ただ見惚れて呆然とするしかなかった。

 炎が魔物を燃やし尽くし、絶命したのを確認した師匠は、炎を消して何も言わずに飛び去ったのだった。
 烈火の如き勢いであったにも関わらず、周囲の草一本にも延焼せず的確に魔物のみを焼き尽くしたそのコントロールと威力は、報告書を上げても中々信じて貰えなかった。それだけ卓越した技術なのだ。

 師匠にその時の素晴らしさを語ってもあまり自覚がないようで流されてしまう。
 何故そこまで自己評価が低いのか、その一端は学院を中退した例の事件にもあるのだろう。先輩——師匠の同窓生であり友人でもあるアンドレア・ドランスカー——からの掻い摘んだ話でしか知らないが、師匠本人に直接聞くわけにもいかない。そもそもそのあたりは詳しく知りたいとは思っていない。

 私が望んでいるのは、師匠の素晴らしさを私が知っていて、それを本人に分かっていて欲しい。ただそれだけだ。

 ついでに私の熱い想いが伝わって男として見てくれたら嬉しい。一つ屋根の下で暮らせたらなお嬉しい。下心ありありである。


 師匠はいつ頃帰ってくるだろうか。
 今度伺う時には、あのティーパックの紅茶に合う茶菓子を持っていこう。

 今日も雑念たっぷりに真面目に仕事に励むのであった。




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