魔女のまにまに

ゆきち

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 久しぶりの遠出。
 箒にまたがり空を飛ぶ。
 見渡せば、空はいよいよ高くなり、木の葉が思い思いの色に染まっている。すっかり涼しくなった風が気持ちいい。

 ラウラは魔法学院を中退後に薬師の免許を取り、傷の治療薬をはじめとした様々な薬を作り、街などで売ることで生計を立てている。
 今回は薬の材料になる少し珍しい薬草を採集するために、初めての地方にやってきていた。
 いつも通りであれば庭に生えている薬草で事足りるのだが、もう少し薬効を上げられないかアンドレアに相談されたのだ。友人の希望にはできるだけ応えたい。

 箒は木々の上を滑るように飛んでいく。
 徐々に植生が変わってきた辺りで少し開けた場所に降りた。
 図鑑の情報を思い出しながら、それらしい場所を当たっていく。が、そう簡単には見つかるとは思っていない。あまり一箇所に固執することなく森の中を転々とする。

 さらさらと流れる水の音がラウラの耳に届いたのは、薬草を探し始めて一時間ほど経った頃だった。
 屈んで酷使した腰をグッと伸ばし、休憩のため川に向かう。
 透き通った綺麗な水が、穏やかに流れている。そこまで大きな川ではないが、少しばかり深さがあるため、渡るには箒で飛ぶ必要があるだろう。土で汚れた手を洗ったあと、倒木に腰掛けて少し早い昼食を取る。

 人の気配を感じたのは、ラウラが昼食を半ばまで食べ進めた頃だった。
 少し離れた上流で水を汲み上げる音がする。
 もしかしたら探している薬草を知っているかもしれない。そう思ったラウラは昼食を片付けて、音のした方に向かうのだった。


「こんにちは」
「っ!?」

 向かった先にいた人物に声をかける。全く気が付いていなかったようで、文字通り飛び上がるほど驚かれてしまった。
 バッとラウラを見たその人物は、逃げるためか片足を引いた姿勢で、しかし次の足が出ることはなく、唖然とした表情でラウラを凝視し動かなくなった。

 が交差し合う。
 ラウラは街に出る時や初対面の人物と会う時は、無用な騒ぎを避けるために、瞳の色を濃いオレンジ色に変化させている。

 しかし、今はエリュの瞳然とした燃えるような赤色だ。
 なぜなら、だったからである。
 この瞳を持つ人間が突然知らない人間に話しかけられた時に取る行動など、同じ瞳を持つラウラが一番よく知っていた。

 相手の女性は突然のことで混乱しているようだ。怖がらせないように魔帽を取って勤めて優しく微笑む。

「初めまして。私はラウラといいます。この森には薬草採取が目的で訪れました。そのことで、聞きたいことがあって……これ以上近付かないので、わかる範囲で教えてもらえませんか?」
「………………」

 混乱しながらもゆっくり頷いてくれる。頭の動きに合わせて、雪のような真白な長い髪がさらりと動く。
 薬草の特徴を伝えると、少し考えたあと、恐る恐るといった様子で川向こうを指差し、少し先で見たことがあると教えてくれた。
 お礼を言い、箒にまたがり川を越え、教えてもらった場所に向かった。



 無事に採集を終え、昼食の残りを取ろうとまた川に戻ってくると、先ほどの女性が先ほどと同じ場所に座っていた。
 ラウラに気付くと慌てて立ち上がり、ぺこりとお辞儀をしてくる。

「あの……えっと…………合ってましたか?」
「ええ、ちゃんと目的のものが見つかりました。ありがとうございました」
「よかったぁ……」

 川を渡り近くに降り立つと、心配そうに尋ねてくる。ラウラが安心させるように微笑むと、ホッとしたように女性も微笑んだ。

「ええと、ご迷惑だったら断って頂いて構わないので……少し、聞きたいことがあるのですが、良いでしょうか……?」
「内容にもよりますが、良いですよ。薬草の場所を教えていただきましたし」
「ありがとうございます!」

 ラウラに聞きたいことがあって待っていたらしい女性は、了承をもらい、まず自己紹介を始めた。

 名前はリクニス。数えで今年16歳になる。元々近くの村の生まれだが、瞳の色が原因で村から出て、この森の中で一人で暮らしているという。
 同じ色の瞳を持つ人に初めて会ったとのことで、「エリュの瞳」と呼ぶことすら知らなかったらしい。教えられて素直な反応を返すリクニスに、ラウラは微笑ましい心地がした。
 今までも自分以外のエリュの瞳に会ったことがあったが、リクニスほど素直な性格は初めてだった。大体は差別や迫害で、歪んで捻じ曲がってしまうのだ。ラウラの自己評価の低さや自信の無さもそのあたりから来ている。

 リクニスは、森の外の世界のことを聞きたいようだった。具体的にいえば、エリュの瞳がどういう扱いを受けているのか、である。
 今の生活でも暮らしていけないことはないのだが、諸事情あり出来るだけ村から離れたいのだという。
 しかし、村人たちのリクニス——というよりエリュの瞳——への関わりを経験しているせいで、村でこれなのだから外はどれほどなのかと、怖くて森から出る決心がつかないのだそうだ。
 都市部になる程あからさまに態度に出す人間は少ないが、帝都レベルの大都市、更には魔法に関することを専門に扱う魔法学院でさえ、差別はゼロではない。ラウラは身をもって知っていた。

 ラウラは自分が知っていることを伝える。
 リクニスは話を聞いて、辛い扱いがゼロではないことに少し俯くものの、今の村よりはだいぶマシな印象を受けたようで、森から出る決心がついた様子だった。

 お礼を言い去っていくリクニスの後ろ姿をしばらく見ていたラウラだったが、なんとなく嫌な予感がして慌てて後を追いかけた。




 ラウラの悪い予感はよく当たってしまうのだ。

 へたり込んで震えている蒼白のリクニスにマントをかけて包んだ後、足元に倒れている数人の男たちに深い眠りの魔法をかけていく。これで半日程度は起きないだろう。

 リクニスの言っていた諸事情とはこれのことだったらしい。
 年頃になったリクニスは、女の目から見ても目を引く体つきをしていた。村の男衆からしつこく言い寄られており、最近は身の危険を感じることが増えてきていた。
 そして今日、とうとう帰宅したところを家の中で待ち伏せされ組み伏せられてしまったのだ。
 ギリギリ間に合ったラウラが男衆を吹き飛ばさなければ、リクニスの魔力暴走によって小屋の周囲一帯は跡形もなくなっていただろう。

 ラウラがマントごとそっと抱きしめると、リクニスはラウラにしがみついてボロボロと大粒の涙をこぼした。



 リクニスが落ち着くとすぐに、二人で荷物をまとめる。
 家やほとんどの家具には愛着がないどころか、早く離れたかったそうで、まとまった荷物はごくわずかだった。

 リクニスを心配したラウラが同行を申し出て、二人で連れ立って帝都を目指すことにした。

 …………のであったが、リクニスの暴行未遂のトラウマは相当で、街道ですれ違う人間(とくに男性)にひどく怯えるようになってしまっていた。
 そのため、帝都はとても耐えられないだろうと判断したラウラが提案し、二つ返事で了承が返ってきたため、しばらくはラウラの家で療養することとなった。
 人目を避けるように移動を続け、アルバートに不在を告げてから約半月ほど経った頃に、ようやく霧の森のラウラの家に到着したのだった。



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