異世界犯罪対策課

河野守

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第一章 女子高生行方不明事件

第四十六話

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「どゆこと? アルミトスに誘拐されたという事実をでっちあげるために、てきとうに選んだあの子を君らの世界に連れていくつもりじゃなかったの?」
 明善の疑問に、刺青は首を横に振って否定。
「偶然彼女を選んだわけじゃない。この世界では、元々単にリベレーションを蔓延させるだけの計画だった。だが、こちらの世界に来る前に、予言者があの子の存在を予言したんだ」
「予言者? もう少し詳しく説明して」
「ホルスには予言者と呼ばれる存在がいて、未来を見通すことができるんだ。見通すことができると言っても、万能じゃない。ある時、突然未来の一部分を夢に見るらしい。その一人が予言したんだ。そう遠くない未来、アルミトスの大軍勢が攻め込んでくると。だが、この世界から来た女の子が、巨大な力でアルミトスの軍勢を殲滅したと」
「その女の子が、我妻さんか」
「そう。アルミトスの軍勢を迎え撃つために、急遽あの子の連れ去りも計画に加えることになった」
「それが理由か。ちなみになんだけど、連れて行く口実として想起の花だっけ、それがあるって言ってたけど、本当?」
「ああ、想起の花自体は存在する。異世界に興味を持ってもらうために色々話したのだが、一番食いついた。それを餌に彼女を連れ出そうとした」
  我妻を連れて行こうとした理由はこれで判明。今までの話とは特に矛盾はしていないし、刺青の言葉はおそらく真実だろう。
「君らは我妻さんに最初メールで接触したでしょ? メールの誤送信を装って。どうやって、彼女のメールアドレスを知ったの?」
「めーる? ああ、この世界の住人が持っている、あの箱でできるやつだろ」
 明善は刺青の反応に訝しむ。
 メールやスマートフォン、パソコン等のことをよくわかっていない? どういうこと?
「君達は我妻さんにメールで想起の花を教えたり、色々プレゼントしたでしょ。香水とか。君達がやりとりをしたんじゃないの?」
「……あー、あれか。あれは協力者にやってもらったんだ」
「協力者?」
 明善は思わず身を乗り出した。すぐさまその人物の身柄を確保し、取り調べを行わなければいけない。
「その協力者ってのは、誰だ? 沖田さんのような、リベレーションの客か?」
「いや。それに協力者って言うのも、正確には違う。無理やり協力させた、だな」
「どういうことだ?」
「洗脳したんだよ」
「洗脳?」
「ああ、怖い顔しないでくれ、兄弟。きちんと話すから。予言者の見た夢から、あの女の子、アガツマちゃんがどこに住んでいるのかはおおまかにわかった。だが、無理やり連れて行くなどの強引な手段を取ると、俺達に協力してくれないかもしれない。まずは穏便に接点を持つ必要があった。そこで彼女の近くの人間を洗脳したんだ。まあ、洗脳というよりは暗示に近い。あの暗示魔法は、その人物の心の闇を増幅、利用する魔法だから」
 いや、近しい人間に暗示をかける時点で駄目だろ。
 そう明善は思ったが、そこら辺は後からバレない自信があったのだろう。
 とにかくだ。暗示にかかったままにしてはおけない。その人物を一刻も早く保護しなくては。
「その協力者の名前と、暗示魔法の解き方を教えてくれ」
「解き方は、少なくとも俺にはわからない。あの魔法は、魔法を閉じ込める魔道具を利用してかけた。俺の仲間なら知っているかも」
 解き方がわからない、か。まあ、他の異世界人や午後から来るルルに聞くか。
「それで名前なんだが、……なんて言ったかな?」
「思い出せないの?」
「ニホンだっけ、この国の人間の名前は覚えづらいんだよ。思い出すから待ってくれ。……ああ、そうだ。確か……」
 刺青の口から出たその名前は、明善が知っていた名前だった。

 その日の午後。
 明善は午前と同じく取り調べ室にいた。だが、目の前にいる相手は刺青や他の異世界人ではない。
「いやー、ごめんね。急に呼び出して」
「いえいえ。今日は予定がなかったので大丈夫でしたよ」
 沢宮由紀は笑顔で両手を振る。今日の彼女の服装は先日の相談で着ていた高校の制服ではなく、年相応の可愛らしいワンピースである。
「異世界人が捕まったって、ニュースでやってました。和奏ちゃん、無事なんですか?」
 今回の件はすでにニュースで報道されている。悪魔の如き薬物であるリベレーションを売り捌き、女子高生を連れ去ろうとしたのだ。世間を大いに騒がせるには十分。マスコミが警察にしつこく取材を申し込んでおり、まだ話せないことがあると大柳署長が対応に苦労している。
「それで、和奏ちゃん、無事なんですよね?」
「… …うん、無事だよ」
「よかったー」
 沢宮はほっとを胸を撫で下ろす。そんな彼女に対し、明善はとある質問。
「なんで、わかったの?」
「え?」
「なんで、我妻さんの件だって、わかったの? 彼女の名前、報道されていないよね?」
 我妻には異世界不法渡航未遂という罪が適応されるかもしれない。だが、未成年であることを考慮して、マスコミにはまだ名前を伏せている。沢宮が彼女の件だと、わからないはずなのだ。
 沢宮には明らかな動揺の色が浮かぶ。彼女は胸の前で指を忙しなく動かしながら、「あ、えーと……その……」となんとか言葉を紡ごうとする。
「テレビで女子高生って言ってたので、和奏ちゃんと思ったんですけど……違ってました?」
「いや、合ってるよ。今のはね、ちょっとした確認」
「確認? それってどういう……」
 沢宮の言葉を遮るように、取り調べ室の部屋が開き、ルルが入ってきた。
「お、いいところに」
「この子かい?」
「そう」
「どれどれ」
 ルルは沢宮の顔をまじまじと覗き込む。急に美形のルルに接近されたからか、沢宮は顔を思わず赤くした。実に思春期の女の子らしい反応である。
「いやー、なかなか綺麗な瞳だね。大きく垂れ目がちな……」
「こんな時にも口説くのやめてくれる? それでどう?」
「確かに魔法にかかっているね。そこまで複雑そうな魔法じゃない。電話で聞いたけど、確かに暗示をかける程度の魔法だ」
「解除できそう?」
「すぐできるよ。今解くから」
「ちょっと待って。魔法解除の瞬間を動画に撮る必要があるから。きちんと証拠を残さないと」
 明善はスマートフォンを取り出し、動画の撮影を始める。魔法などの異能は、こちらの世界では馴染みがない。単に魔法がかけられていましたと言葉だけは証拠にならず、実際に映像などで記録する必要がある。
「いいよ。解いて」
「わかった」
 ルルは「え? え?」と戸惑う沢宮の頭に手を乗せる。呪文を唱えると、顔や体に青白い紋章が浮かび、そして光と共に霧散した。
「これで解けたよ」
「ありがとう」
「僕はどうする? 君達の部屋で待とうか?」
「いや、念の為居てくれる? 魔法の知識などが必要かもしれないし」
「この部屋好きじゃないんだけど。仕方ないか」
 ルルは不満顔。やはり取り調べ室は苦手なようだ。
 明善が沢宮の方に視線を向けると、彼女はどこか、憑き物が落ちたような顔をしていた。
「刑事さん、今のは?」
「君ね、異世界人に魔法をかけられていたんだよ。今、この人に解いてもらった」
 刺青の口から沢宮の名前が出た後、明善は沢宮に事情が聞きたいと警察署に呼び出した。新幹線で向かっている途中のルルに事情を話し、彼女を見てもらい、可能ならば解いてもらうことにしたのだ。
「それでね、改めて今回の件について話を聞きたい。まず一つ、君が以前警察署に来た時、我妻さんの件で相談に来た時、こういったよね? 我妻さんのスマートフォンにアルミトスという文面が見えたと」
「……はい」
「あれ、嘘だよね?」
「はい」
「俺もちょっと反省している。当時君が嘘をついていると思わなかったから。もっと我妻さんのメールのやり取りを確認するべきだった。時系列順に話をまとめよう。まず、君は異世界人と接触した。そうだね?」
「はい。ある日、異世界から来たという人に声をかけられました」
 沢宮は記憶を辿りながら、ゆっくりと話し始める。
 事の発端は約二ヶ月ほど前。部活で帰りが遅くなり、急いで家に帰る途中だった。人気のない場所で、後ろから声をかけられた。
「君、ちょっといいかい?」
 知らない男からの声かけは、いつもなら無視する。だが、今回の相手は精悍な顔立ちをした西洋風の男性。服装は微妙にダサかったが、ちょっとならいいかなと話を聞いてみることに。
「我妻和奏さんの友達、だよね?」
 我妻の名前が出たことにむっと苛立ちを顔に出す。その理由は、今日の部活での出来事。沢宮は我妻とは同じラクロス部であり、今日も一緒に打ち込んでいた。部活が終わり着替えている時。同級生が我妻のシューズが真新しいことに気がついた。
「あれ、我妻さん、それ新しいシューズ?」
「そう。穴が空いたから新しく買ったの」
 横で聞いていた沢宮はその会話を聞き、思わず嫉妬した。沢宮の家は中流より少し上。学費を払うのには問題ないが、部活にかかるお金はアルバイトで稼げと言われている。シューズを一足買うのにも、一苦労だ。だが、資産家の娘である我妻はアルバイト経験が全くない。わざわざアルバイトしなくても、新品の有名ブランドのシューズを買える。その経済的格差が引っかかることがこれまでも多々あり、今の沢宮は機嫌が悪かった。
 なんでこのイケメンが、和奏ちゃんのことを聞いてきたんだろ?
 その不満が表に出てしまったのだ。
 男はそれを見逃さない。
「もしかして、我妻和奏さんに何か思うところがあるのかな?」
「いや、別に」
「ふーん、じゃあ、これを見てくれないか」
 男はそう言い、ポケットから何かを取り出す。
 それは青暗い光を放つ水晶。沢宮が顔を近づけた瞬間、光が大きくなり沢宮を包み込む。光を浴びた彼女は、胸の奥で我妻への嫉妬が際限なく大きく膨れ上がったことを感じた。
 気づいたら我妻への不満、嫉妬を喋っていた。洪水のように止まらない不満を、男はうんうんと肯定しながら聞いている。
 沢宮が一息つき口を閉じると、男はこう囁いてきた。
「我妻さんにいなくなってほしくないかい? この世界から」
 どういう意味だと戸惑う沢宮に対し、男は自身が異世界人だと明かす。
「実はね、彼女は僕達の世界に必要な人なんだ。この世界から連れ出さなくてはいけない。そして、君は彼女に消えてほしい」
「いや、別に消えてほしいだなんて」
「でも、彼女に対して不満があるんでしょ?」
「それは……まあ」
「別にね、彼女を傷つけたり殺そうということじゃない。ただ、僕達の世界に来てほしいんだ。僕達は助かる。君は不満の原因が無くなる。それでいいじゃないか?」
 少しの間沢宮は考え、男の話に乗ることにした。男達からスマートフォンを受け取り、誤送信を装ってメールを送った。
「和奏ちゃんの興味がある物、香水などを送って気を引くようにしました。和奏ちゃんが何かが好きなのか、私よく知ってましたので。お金は異世界人の方が出してくれました」
 我妻からの返信を男達に伝え、我妻にメールを送る。その繰り返し。長いやりとりを経て、ようやく我妻を異世界に行くように仕向けた。
「なるほどね」
 話を聞き、明善はようやく合点がいった。異世界人がこっちの世界の、年頃の女の子が喜ぶ物を我妻に対して贈っていたが、そういうことか。
「質問いい?」
「なんでしょう?」
「君、警察に相談に来たでしょ。我妻さんが行方不明だと。なぜわざわざ相談に来たの? 正直黙っていればもう少し時間を稼げたし、我妻さんも向こうに行ってしまったかもしれない」
「それも異世界人の指示です。アルミトスでしたっけ、彼らの世界? 自分達の世界がやったと、それとなく警察に知らせてほしいと言われていたんです。あと、和奏ちゃんが異世界に行ってしばらくしてから、マスコミやネットにリークしろとも言われました。理由はわからないです」
 それらの指示は、アルミトスのせいだと思わせるホルスの偽装工作だ。沢宮にアルミトスのせいだと吹聴させ、世間の敵愾心てきがいしんを煽る。
 ホルス側の誤算は、警察の捜査が想像以上よりも早く、我妻を連れて行く前に警察が彼らのアジトに踏み込んできたということだ。
 沢宮は声を上げて泣きじゃくる。
「うぐ……私、私、なんてことをしたんだろ。和奏ちゃんに嫉妬しているとはいえ、こっちの世界からいなくなれって……」
 洗脳が解けたことで、今までの自分のがやってきたことを自覚したのだろう。
 わんわんと泣き叫ぶ彼女を、明善とルルはなんとか宥める。
「大丈夫だよ。沢宮さんのせいじゃないよ。洗脳されて行動を誘導されていたんだから」
「そうだよ。お嬢さんのせいじゃない。諸悪の根源は異世界人さ。だから、自分を責めないでくれ。君に泣き顔を似合わないさ」
 明善達が慰めの言葉をかけ、しばらくしてようやく沢宮は泣き止んだ。
「えぐ……。私、これからどうなるんでしょうか?」
 逮捕されるかもしれないと、不安なのだろう。
 明善は腕を組みながら、うーんと唸る
「そうだね。異世界不法渡航の幇助ほうじょで逮捕される、かも」
 その言葉を聞いた沢宮は絶望の表情を浮かべた。明善は「大丈夫!大丈夫!」と慌てて付け加える。
「君は洗脳、暗示をかけられていた。例え逮捕されても不起訴になる可能性が高い。そもそも逮捕もされないんじゃないかな」
「……ほんと、本当ですか?」
「あー、うん……多分。ただ、俺が色々な方面に相談してみるから」
「あ、ありがとうございましゅ……!」
 明善の言葉はその場凌ぎではない。彼女が操られていたのは事実だし、罪も軽い。異世界不法渡航及びその幇助は初犯なら厳重注意で済む。ノーブスの件も主犯の異世界人以外はお説教された後、全員釈放されている。
「あ、あの、和奏ちゃんにこの事は、言う、のです、か?」
 我妻から警察に直接聞かれない限りは教えない。だが、どこからか嗅ぎつけたマスコミが報道しないとも限らない。
「自分の口から正直に言った方が良いかな、と個人的には思う。後々のことを考えたら」
「そう、ですよね」
「俺達警察からも、それとなく事情を伝えておこうか? 君の名前は伏せて。その方が君と話をする時に彼女も理解しやすいでしょ」
「はい、それでお願いします」
 明善は愛美を呼び、事情を説明。沢宮を自宅に届けることと、我妻に対しメールのやりとりをしていた人物が近しい人間であること、その人物は異世界人に操られていたことを伝えるように頼む。
 沢宮と愛美を見送った後、明善はルルに振り向く。
「これからさ、異世界人にもう一度話を聞くつもり。沢宮さんのことについて確認が取れたから。ルルはどうする? 同席する?」
「もちろん。異締連として、この事件の真相を聞かなければいけないから」
「じゃあ、少し休憩してから始めよう」
「わかった」
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