ヒロインなんかほっといて、主人公は異世界で静かに幼馴染とパンを焼いていたい

yonechanish

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第70話 罠

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 やっぱり良い考えが浮かばない。
 ロドス大陸への船が来ない以上、ここから一歩も進めないのだった。

 いわゆる、詰んだ、ってやつだな。

 クルスはそう思う。

 だから、クルスの思考が停止した。

 思考が停止したと同時に、周りが気になり始めた。

(そう言えばこの店……僕ら以外に客が全然いない。場所も海沿いで良い場所だし、料理だって美味しい。……何故だ)

 ま、いいか。

 空いてる方が思う存分食事も出来る。
 
 クルスはそう思った。

(あれ?)

 エスティアがいない。

 さっきまでそこに座っていた。
 食い散らかした後だけがある。

「トイレにでも行ったのかな?」

 クルスは待つことにした。
 食後の珈琲を口に運ぶ。
 ふう、と息をつくと、

ガッシャーン!

 食器が割れる音と共に、ドタバタと地面を踏みつける音がする。

「な、なんだっ!?」

 クルスは辺りを見渡した。
 目に映るのは、食卓と食卓の間を、マッハの如く動く黒い影。

「にゃあああああっ!」

 その影の正体は、エスティアだった。
 前足と後ろ足で地面を蹴って、飛ぶ様に走っている。
 エスティアは糸目を光らせ、牙をむき出しにしている。
 すっかり野生の世界に行ってしまった様な覚醒っぷり。
 野生化したエスティアが追うは、灰色の鼠。

「なんだい! 薬が効かなかったのかい!?」

 その様子に、女店主がヒステリックな声を上げている。

(薬? 何のことだ?)

「さ……殺鼠剤のことだよ」
「ああ……」

 クルスの不思議そうな顔を見て、女店主は歯切れ悪く答えた。

「まったく、何やってんだ!」

 クルスは鼠を口にくわえたままのエスティアに雷を落とした。

「ちゃんとお仕事したにゃ。何でおこられるにゃ?」

 エスティアは鼠を放り出し、頬を膨らませ不貞腐れた。

(まったく。こいつはこれから人間とも付き合ってかなきゃならない。色々やっていいこと悪いことを教えていかなきゃな……)

 クルスはメチャクチャに荒らされた店内を見て、腕を組みため息をついた。

「おばさん、すいませんでした……。弁償させてくだだだ、あ、あ、あれ?」

 ろれつが回らなくなる。
 足元がふらつく。
 視界が反転する。
 思うように体が動かない。

 食卓の足が視界に入ってくる。

 床に叩きつけられたが、痛みを感じない。

「エスティア……」

 前方にエスティアの小さなお尻が見えた。
 彼女もクルスと同じく、床に横臥する形で倒れていた。

~~~

 クルスは目を覚ました。
 見慣れない天井が視界に迫って来る。
 辺りを見渡そうとするが、首が上手く動かない。
 正確に言うと、首から下が言うことをきかない。

(何だこれ……)

 とりあえす、目だけを動かし、見える範囲で辺りを確認する。
 そこは無味乾燥な石造りの狭い部屋だった。
 壁には所々に、手錠の付いた鎖や、切れ味の良さそうなサーベルなど様々な武器がぶら下がっている。

(何だ……ここは……)

「大人しくしとけ、黙ってれば楽に死なせてやる」

 しゃがれた声が耳朶を打つ。
 声の方に視線を這わせた。
 目を凝らすと、黒い布を顔に巻いた男がそこにいた。
 布の真ん中に切れ込みがあり、そこから怪しく目が光っている。

「なっ……なな……」

 クルスは状況が飲み込めず、恐怖で叫びたかったが声もまともに出せない。

(そうか……身体が痺れているんだっ……)

 『痺れ薬』だ。
 ゲームでは、モンスターに使うと一定時間その動きを止めることが出来る。
 レア度の高いアイテムで、手に入れるには運良くモンスターがドロップするか、錬金するしかない。

「あんた、さっさとやっちまおうよ」

 別の方角から聞き覚えのある声がする。

 あの女店主の声だ。

「ま、慌てるな。お前の盛った痺れ薬で、こいつらは動けねえ。丁寧にやらねえと傷がついちまう。なんせ死んだ獣人の目や爪は高く売れるからな」

(くっ……罠か……)

 始めからエスティアを狙っていたんだ。

 通りで店に客がいない訳だ。

(エスティア!)

 何とか少しだけ動くクビを横に向けると、意識を失っているであろうエスティアが横たわっていた。

つづく
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