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第三章

小神殿での会合(2)

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 いつの間に戻って来たのか、静寂を破るように、イェニーが一歩前へ出、恭しく小さな箱をカイルへと差し出した。手のひらより少し大きめのサイズの箱で、分厚い辞典くらいの厚みがあった。

(何が入っているのかしら?)

 カイルが留め具を外して蓋を開け、つられて覗き込めば、そこには大小さまざまな魔石が収められていた。どうやら原石のままの形状で、ごつごつとした研磨されていない状態が垣間見れる。

 透明度が高く美しい結晶ばかりで、もしかして再結晶化した魔石だろうか、とコーデリアは小首を傾げた。

「コーデリア。先日やったように、少しでいい。魔力を流してみてくれ」

 先日、というとどのことだろうと一瞬考え、部屋で魔石を使って遊んでいた時のことを思い出す。

(確かに魔力を通しやすい魔石だし、そのことをアピールする気なのかしら?)

 魔力を持っているものならだれでもできる遊びだとラドフェレーグが言っていたことをなんとなく思い出しながら、コーデリアは箱の中の魔石へと手を伸ばした。
 
 そっと魔力を流し込むと、ほどなくして魔石の奥深くから淡い光が生まれた。

 それはまるで液体が零れ落ちるかのように滑らかに地面へと広がり、小神殿の中の真白の床や壁石、天井に次々と波紋を描く。大小さまざまな魔石がそれぞれ異なる色で輝き、空気に揺らめく光が乱反射する。

 まるで、虹が零れ落ちたかのような、そんな幻想的な光景だった。

「これは……」

 思わず息を呑んだのは、コーデリアではなく、その場にいた全員だった。

 フェンネルも、イェニーも、まるで初めてこの光を目にするかのように瞳を見開く。

 ツォンフェンやアゼラですら言葉を失い、ただ静かにその輝きを見つめていた。

(みんな、どうしてそんなに驚いてるのかしら?)

 コーデリアだけが、彼らの反応の異常さに首を傾げる。ただ魔石にほんのわずかな魔力を流しただけのことだったのに。

 そんな中、カイルは静かに息を吐き、やり過ぎだという表情を隠すようにアゼラを見た。

「……説明を頼む」

 アゼラは頷き、一歩前へ出ると、軽く咳ばらいをして落ち着いた声で口を開いた。

「先ほどコーデリア様が魔力を通された魔石は、このライグリッサで採取されたものです」
「嘘だよね? ライグリッサには魔石が採れる鉱山なんてないって聞いてるけど」

 ツォンフェンが顎に手を当てながら、怪訝そうに問いかける。
 
「おっしゃる通り、ライグリッサには魔石が産出できる鉱山はありません。ですから、採掘ではなく採取、と申し上げました」
「どういうことだい?」

 言葉じりを追いかけるような言葉に、微かにいらだ地を滲ませながらツォンフェンが僅かに眉間の皺を濃くする。それを見やりながら、アゼラは神妙な顔で答えた。
 
 一拍置いて、口を開く。

「この魔石は、魔獣から採取した魔石を魔素だまりに入れて再結晶化したものです」
「魔素だまり……?」

 ヒューが眉をひそめる。聞きなれない言葉だったのだろう。けれどそのすぐ横のツォンフェンが目を見開き、口の中でその言葉を反芻しているところを見れば、彼は「聞き覚えのある」言葉なのだろうとコーデリアはあたりをつける。

「ライグリッサ領内に突如発生した、特殊な魔力の集積地のことです。そこで魔獣の魔石を一定期間寝かせることで、魔石は再結晶化され、純度の高い結晶へと変化することが確認されました」
「再結晶……そんな話、聞いたこともない」

 ツォンフェンが驚きを隠せずに眉を寄せる。

「当然です。一般的に、魔石は濃い魔素の中に入れただけでは再結晶化しません。魔力濃度の高い環境で成長した魔石はありますが、それらですら結晶構造が変化することはほとんどない。――つまり、今回の事例は極めて稀な現象です。……私の知る限り、史上初の事例と言っても過言ではありません」

 アゼラは言葉を切り、フィリルへと視線を向ける。

 促されるように、フィリルは机の傍によると、箱の中の魔石にそっと手を伸ばした。

 指先が触れた瞬間、光の反射を受けて魔石の奥で淡い光が揺らめく。丁寧に掬い上げると、透明感のある緑の結晶が、室内の光を受けて繊細な輝きを放った。

「こちらの再結晶化された魔石は純度が極めて高く、わずかな魔力でも活性化しやすい特性を持っています」

 フィリルは魔石をそっと撫でながら言葉を続ける。

「ただし、誰しもが魔石の性質を光として引き出せるわけではありません。コーデリア様の魔力は常識の範疇を超えています。箱の中に詰められた魔石を一斉に煌めかせるほどの魔力など、常人は普通持ち合わせておりません」
「……え?」

 コーデリアが驚きに目を瞬かせる。

(フィリル、今さらっと私が常人じゃないって言わなかった!?)

 そんな彼女の動揺をよそに、フィリルは真剣な表情で話を続けた。

「ですが、中程度以上の魔法を扱える者、あるいは十分な魔力量を持つ者であれば、一定の魔力を注ぐことで魔石の力を引き出すことができます」

 言いながら、彼は魔石を光にかざす。結晶が透過した光が淡く揺れ、指先を幻想的に染め上げた。

「さらに――」

 慎重な口調で、フィリルは語る。

「再結晶化しても、元の性質は失われません。元の魔石が持っていた性質はそのまま増幅されます。現在確認されている効果は、軽微な瘴気の浄化、魔法障壁の強化、脚力や腕力の向上、俊敏性の強化――どれも魔獣討伐や探索、騎士達の訓練においても極めて有用な能力です」

 静寂が満ちる。

 フィリルは手の中の魔石をそっと箱に戻し、全員によく見せるように机の中央へと押し出した。その慎重な動きをじっと観察していたツォンフェンが、静かに顔を上げる。

「再結晶で魔石そのものが持つ性質が増強されるのはわかったけど、結晶化の前と後で、魔石の性質が変化することはあるのかい? 例えば元々雷の性質を持っていた魔石が、再結晶化によって焔の性質に転じたり、そういった性質の変化についてはどうかを知っておきたい」

 魔石の一つを手にしながら、ツォンフェンがそれをヒューに手渡した。ヒューは頷いてから受け取ると、光に当てたり手の中に閉じ込めたり、指先で弾いたりしながら何かを確認している。ややあって、彼は首を傾げつつ、フィリルに視線を向けた。

「私も、それは知っておきたいわね。それから、再結晶化のために一緒に魔石を投入した場合、他の魔石の影響を受けて複数の性質を持ったまま成長することがあるのかないのかも聞いておきたいわ」

(一つの魔石が、複数の特性を持つなんて可能なのかしら?)

 しかし、フィリルは静かに首を横に振る。

「いいえ。再結晶化によって魔石の品質は向上し、元の性質は飛躍的に強化されますが――異なる性質が混ざるというような例は、今のところ確認されていません。また、元々の性質から変化し、別の属性や特性を持った魔石として再成長するということも今のところは確認できていません。ですが――」

 フィリルは一呼吸置いた後、鋭い眼差しを向けて言い放つ。

「試してみる価値はあると思いませんか?」

 挑戦的でさえあるその言葉に、誰かが息を呑む。未知数の未来に賭けてみないかと誘ってさえいた。

「魔素だまりは、偶然生じた奇跡とも言えます。しかし、いつ枯渇するかは予測できません」

 フィリルの声は静かだが、確かな確信を帯びている。

「ですが、放置すれば魔獣を呼び寄せる危険もある。現在は外に魔素が漏れ出ないように遮蔽装置で結界を張っていますが、魔道具も魔素の影響を受けます。膨大な量の魔素だまりに長く耐え続けることは難しいでしょうし、強大すぎる魔素の濃さを受け、不具合が生じている個体もあるようです。……もし枯渇する運命にあるのなら、むしろ意図的に利用し尽くすべきでしょう」

 張り詰めた緊張が、室内を支配した。

 やがて、フィリルは静かに結論を述べる。

「このことを踏まえ、我々の意見としては――利用できるうちに、魔素だまりをできるだけ早期に、最大限に活用すべきという結論に至りました」

 彼の言葉を受け、カイルは静かに頷いた。
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