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第三章
真珠の涙が紡ぐ未来。(完)
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唐突だった。
横でもぞもぞと体を動かしていたカイルがどこからか小さな包みを差し出してきた。砂色の布に丁寧に包まれた片手サイズの大きさの何かである。
「渡したいもの?」
頷くカイルに訝しみながら両手で受け取り、そっと包みを開く。
パッと目に入ったのは金の光。
光を受けて細やかに煌めく、真白の真珠の粒が散りばめられた金色の装飾品。
——母の形見の髪飾りだった。
「……どうしてこれを?」
壊れていたはずなのに。
思わず息を呑む。砕かれたはずのそれが、まるで何事もなかったかのように、美しい姿を取り戻していた。
カイルは少し視線を逸らし、気まずそうに頬を掻く。
「イェニーに頼んで、修理に出させてもらった」
黙って持ち出し、すまなかった、とカイルは詫びた。
コーデリアは震える指先で、その滑らかな金の枠にそっと触れた。ひと粒ひと粒の真珠が、まるで想いの欠片のように丁寧に縁取られたその意匠。大枠には、少し目立つ傷も見受けられるが、それさえもまるで歴史の一部のように美しくい。
忙しい日々の中で、すっかり忘れていた。諦めたわけではない。けれど、手放してしまった気持ちを、彼は何も言わず拾い上げてくれていたのだ。
言葉が出てこない。
驚きと感謝が入り混じり、喉の奥が熱くなる。
カラカラとひりついて、息ができない。
——気づけば、涙が零れていた。
「泣かせるつもりでは……」
ルゼンティアでの生活は、ただの絶望だった。
父に見放され、継母と義妹の悪意に耐える日々。
屋敷を追われる時には、唯一残った母の形見すら壊された。
すべてを失ったはずだった。
——けれど、違った。
ライグリッサに来てから、失ったと思っていたものが、新しい形で戻ってきた。
目に見えるものが奪われても、目に見えないものは、決して失われることはなかったのだ。
「っ」
「コーデリア」
言葉もなくしゃくりあげるコーデリアの様子に、カイルはどうしていいかわからずに狼狽えた。けれど、結局抱き寄せて、小さな子供にしてやるようにその背中をゆっくり撫でてやることしかできない。
次第に噛み締めるような泣き声が落ち着いて来たところで、少しだけ体を放し、コーデリアの手のひらからそっと髪飾りを摘まみ上げ、袖で雫を拭き取った。
そのまま、ゆっくりと光が跳ねるように踊る黒髪を見下ろして、尋ねた。
「コーデリア」
落ちてきた声にコーデリアは顔を上げ、みっともなく泣き腫らしたその顔でカイルを見た。きっと無様な顔をしているのだとはわかりきっていたけれど、それでもいいと思った。
「止めてもいいか」
髪飾りのことだとは言うまでもないことだった。
コーデリアは涙をこぼしながら、くしゃくしゃの顔で笑った。
*****
清涼とした風が吹き抜け、明るい日差しが領地を包む。
遠くの平原では、紫の靄を切り裂くように閃光が走った。
地鳴りのような音と共に、黒い影が蠢く。
次の瞬間、靄が晴れ、静寂が戻った。
小高い丘の上。かつて領主の古びた屋敷があった場所から彼らを遠巻きに見ていたフェンネルは、呆れたように笑う。
「まったく。お似合いの夫婦だよな、あの二人」
規格外でも、変人でももう、何でも来いだ。
ライグリッサに常人なんているわけがない、と自嘲する。
「魔獣が2人。……いや、魔王夫妻とでもいうべきか。ともあれ、ライグリッサはしばらく安泰そうだ」
彼は苦笑しながら、それでも心からの笑みを浮かべた。
領主夫妻は魔石を片手に軌跡を描き、遠くから手を振っていた。
FIN.
横でもぞもぞと体を動かしていたカイルがどこからか小さな包みを差し出してきた。砂色の布に丁寧に包まれた片手サイズの大きさの何かである。
「渡したいもの?」
頷くカイルに訝しみながら両手で受け取り、そっと包みを開く。
パッと目に入ったのは金の光。
光を受けて細やかに煌めく、真白の真珠の粒が散りばめられた金色の装飾品。
——母の形見の髪飾りだった。
「……どうしてこれを?」
壊れていたはずなのに。
思わず息を呑む。砕かれたはずのそれが、まるで何事もなかったかのように、美しい姿を取り戻していた。
カイルは少し視線を逸らし、気まずそうに頬を掻く。
「イェニーに頼んで、修理に出させてもらった」
黙って持ち出し、すまなかった、とカイルは詫びた。
コーデリアは震える指先で、その滑らかな金の枠にそっと触れた。ひと粒ひと粒の真珠が、まるで想いの欠片のように丁寧に縁取られたその意匠。大枠には、少し目立つ傷も見受けられるが、それさえもまるで歴史の一部のように美しくい。
忙しい日々の中で、すっかり忘れていた。諦めたわけではない。けれど、手放してしまった気持ちを、彼は何も言わず拾い上げてくれていたのだ。
言葉が出てこない。
驚きと感謝が入り混じり、喉の奥が熱くなる。
カラカラとひりついて、息ができない。
——気づけば、涙が零れていた。
「泣かせるつもりでは……」
ルゼンティアでの生活は、ただの絶望だった。
父に見放され、継母と義妹の悪意に耐える日々。
屋敷を追われる時には、唯一残った母の形見すら壊された。
すべてを失ったはずだった。
——けれど、違った。
ライグリッサに来てから、失ったと思っていたものが、新しい形で戻ってきた。
目に見えるものが奪われても、目に見えないものは、決して失われることはなかったのだ。
「っ」
「コーデリア」
言葉もなくしゃくりあげるコーデリアの様子に、カイルはどうしていいかわからずに狼狽えた。けれど、結局抱き寄せて、小さな子供にしてやるようにその背中をゆっくり撫でてやることしかできない。
次第に噛み締めるような泣き声が落ち着いて来たところで、少しだけ体を放し、コーデリアの手のひらからそっと髪飾りを摘まみ上げ、袖で雫を拭き取った。
そのまま、ゆっくりと光が跳ねるように踊る黒髪を見下ろして、尋ねた。
「コーデリア」
落ちてきた声にコーデリアは顔を上げ、みっともなく泣き腫らしたその顔でカイルを見た。きっと無様な顔をしているのだとはわかりきっていたけれど、それでもいいと思った。
「止めてもいいか」
髪飾りのことだとは言うまでもないことだった。
コーデリアは涙をこぼしながら、くしゃくしゃの顔で笑った。
*****
清涼とした風が吹き抜け、明るい日差しが領地を包む。
遠くの平原では、紫の靄を切り裂くように閃光が走った。
地鳴りのような音と共に、黒い影が蠢く。
次の瞬間、靄が晴れ、静寂が戻った。
小高い丘の上。かつて領主の古びた屋敷があった場所から彼らを遠巻きに見ていたフェンネルは、呆れたように笑う。
「まったく。お似合いの夫婦だよな、あの二人」
規格外でも、変人でももう、何でも来いだ。
ライグリッサに常人なんているわけがない、と自嘲する。
「魔獣が2人。……いや、魔王夫妻とでもいうべきか。ともあれ、ライグリッサはしばらく安泰そうだ」
彼は苦笑しながら、それでも心からの笑みを浮かべた。
領主夫妻は魔石を片手に軌跡を描き、遠くから手を振っていた。
FIN.
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