56 / 59
第三章
真珠の涙が紡ぐ未来。(完)
しおりを挟む
唐突だった。
横でもぞもぞと体を動かしていたカイルがどこからか小さな包みを差し出してきた。砂色の布に丁寧に包まれた片手サイズの大きさの何かである。
「渡したいもの?」
頷くカイルに訝しみながら両手で受け取り、そっと包みを開く。
パッと目に入ったのは金の光。
光を受けて細やかに煌めく、真白の真珠の粒が散りばめられた金色の装飾品。
——母の形見の髪飾りだった。
「……どうしてこれを?」
壊れていたはずなのに。
思わず息を呑む。砕かれたはずのそれが、まるで何事もなかったかのように、美しい姿を取り戻していた。
カイルは少し視線を逸らし、気まずそうに頬を掻く。
「イェニーに頼んで、修理に出させてもらった」
黙って持ち出し、すまなかった、とカイルは詫びた。
コーデリアは震える指先で、その滑らかな金の枠にそっと触れた。ひと粒ひと粒の真珠が、まるで想いの欠片のように丁寧に縁取られたその意匠。大枠には、少し目立つ傷も見受けられるが、それさえもまるで歴史の一部のように美しくい。
忙しい日々の中で、すっかり忘れていた。諦めたわけではない。けれど、手放してしまった気持ちを、彼は何も言わず拾い上げてくれていたのだ。
言葉が出てこない。
驚きと感謝が入り混じり、喉の奥が熱くなる。
カラカラとひりついて、息ができない。
——気づけば、涙が零れていた。
「泣かせるつもりでは……」
ルゼンティアでの生活は、ただの絶望だった。
父に見放され、継母と義妹の悪意に耐える日々。
屋敷を追われる時には、唯一残った母の形見すら壊された。
すべてを失ったはずだった。
——けれど、違った。
ライグリッサに来てから、失ったと思っていたものが、新しい形で戻ってきた。
目に見えるものが奪われても、目に見えないものは、決して失われることはなかったのだ。
「っ」
「コーデリア」
言葉もなくしゃくりあげるコーデリアの様子に、カイルはどうしていいかわからずに狼狽えた。けれど、結局抱き寄せて、小さな子供にしてやるようにその背中をゆっくり撫でてやることしかできない。
次第に噛み締めるような泣き声が落ち着いて来たところで、少しだけ体を放し、コーデリアの手のひらからそっと髪飾りを摘まみ上げ、袖で雫を拭き取った。
そのまま、ゆっくりと光が跳ねるように踊る黒髪を見下ろして、尋ねた。
「コーデリア」
落ちてきた声にコーデリアは顔を上げ、みっともなく泣き腫らしたその顔でカイルを見た。きっと無様な顔をしているのだとはわかりきっていたけれど、それでもいいと思った。
「止めてもいいか」
髪飾りのことだとは言うまでもないことだった。
コーデリアは涙をこぼしながら、くしゃくしゃの顔で笑った。
*****
清涼とした風が吹き抜け、明るい日差しが領地を包む。
遠くの平原では、紫の靄を切り裂くように閃光が走った。
地鳴りのような音と共に、黒い影が蠢く。
次の瞬間、靄が晴れ、静寂が戻った。
小高い丘の上。かつて領主の古びた屋敷があった場所から彼らを遠巻きに見ていたフェンネルは、呆れたように笑う。
「まったく。お似合いの夫婦だよな、あの二人」
規格外でも、変人でももう、何でも来いだ。
ライグリッサに常人なんているわけがない、と自嘲する。
「魔獣が2人。……いや、魔王夫妻とでもいうべきか。ともあれ、ライグリッサはしばらく安泰そうだ」
彼は苦笑しながら、それでも心からの笑みを浮かべた。
領主夫妻は魔石を片手に軌跡を描き、遠くから手を振っていた。
FIN.
横でもぞもぞと体を動かしていたカイルがどこからか小さな包みを差し出してきた。砂色の布に丁寧に包まれた片手サイズの大きさの何かである。
「渡したいもの?」
頷くカイルに訝しみながら両手で受け取り、そっと包みを開く。
パッと目に入ったのは金の光。
光を受けて細やかに煌めく、真白の真珠の粒が散りばめられた金色の装飾品。
——母の形見の髪飾りだった。
「……どうしてこれを?」
壊れていたはずなのに。
思わず息を呑む。砕かれたはずのそれが、まるで何事もなかったかのように、美しい姿を取り戻していた。
カイルは少し視線を逸らし、気まずそうに頬を掻く。
「イェニーに頼んで、修理に出させてもらった」
黙って持ち出し、すまなかった、とカイルは詫びた。
コーデリアは震える指先で、その滑らかな金の枠にそっと触れた。ひと粒ひと粒の真珠が、まるで想いの欠片のように丁寧に縁取られたその意匠。大枠には、少し目立つ傷も見受けられるが、それさえもまるで歴史の一部のように美しくい。
忙しい日々の中で、すっかり忘れていた。諦めたわけではない。けれど、手放してしまった気持ちを、彼は何も言わず拾い上げてくれていたのだ。
言葉が出てこない。
驚きと感謝が入り混じり、喉の奥が熱くなる。
カラカラとひりついて、息ができない。
——気づけば、涙が零れていた。
「泣かせるつもりでは……」
ルゼンティアでの生活は、ただの絶望だった。
父に見放され、継母と義妹の悪意に耐える日々。
屋敷を追われる時には、唯一残った母の形見すら壊された。
すべてを失ったはずだった。
——けれど、違った。
ライグリッサに来てから、失ったと思っていたものが、新しい形で戻ってきた。
目に見えるものが奪われても、目に見えないものは、決して失われることはなかったのだ。
「っ」
「コーデリア」
言葉もなくしゃくりあげるコーデリアの様子に、カイルはどうしていいかわからずに狼狽えた。けれど、結局抱き寄せて、小さな子供にしてやるようにその背中をゆっくり撫でてやることしかできない。
次第に噛み締めるような泣き声が落ち着いて来たところで、少しだけ体を放し、コーデリアの手のひらからそっと髪飾りを摘まみ上げ、袖で雫を拭き取った。
そのまま、ゆっくりと光が跳ねるように踊る黒髪を見下ろして、尋ねた。
「コーデリア」
落ちてきた声にコーデリアは顔を上げ、みっともなく泣き腫らしたその顔でカイルを見た。きっと無様な顔をしているのだとはわかりきっていたけれど、それでもいいと思った。
「止めてもいいか」
髪飾りのことだとは言うまでもないことだった。
コーデリアは涙をこぼしながら、くしゃくしゃの顔で笑った。
*****
清涼とした風が吹き抜け、明るい日差しが領地を包む。
遠くの平原では、紫の靄を切り裂くように閃光が走った。
地鳴りのような音と共に、黒い影が蠢く。
次の瞬間、靄が晴れ、静寂が戻った。
小高い丘の上。かつて領主の古びた屋敷があった場所から彼らを遠巻きに見ていたフェンネルは、呆れたように笑う。
「まったく。お似合いの夫婦だよな、あの二人」
規格外でも、変人でももう、何でも来いだ。
ライグリッサに常人なんているわけがない、と自嘲する。
「魔獣が2人。……いや、魔王夫妻とでもいうべきか。ともあれ、ライグリッサはしばらく安泰そうだ」
彼は苦笑しながら、それでも心からの笑みを浮かべた。
領主夫妻は魔石を片手に軌跡を描き、遠くから手を振っていた。
FIN.
194
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる