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42 無防備な彼
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「コーヒーはサティ殿と飲むのがいいんだ」
「…そうですか」
保護者さんに心を許してもらえるのはありがたい。
気分が良くなった私は、すっとアロイスさんのほうにお皿を押した。
「良かったらこちらもどうぞ」
「これは?」
「ドーナツです。マグダレーナ先生の手前、私はフォークとナイフで食べてますが、正式な食べ方は手づかみです」
「そうか。ならば手でいただこう」
アロイスさんは「美味い。コーヒーと合うな」と言いながら、ぱくぱくっとドーナツを平らげる。「手を拭くものをもらってきますね」と席を立って戻ってきたら、アロイスさんは座ったまま寝息を立てていた。
「ええ!?今の今まで喋ってたのに?」
給食後の三歳児さんでも、もう少し粘るのに。
「それにしてもビジュがいいな。寝顔にも隙がない」
だけど濃い金色がさらりとかかる目の下には、クマがこんにちは。国王になったんだもん。寝る暇すらないくらいのかもしれないし、プレッシャーでうまく眠れてないのかもしれない。
「こんなに疲れてる人に…レオくんのこと、厳しく言い過ぎたかな」
「陛下が眠ってしまわれたので、ブランケットをお願いできますか」と頼むと、マグダレーナ先生は目を丸くした。
「陛下が寝たですって!?」
そんなに驚くこと?人間だもん、そりゃ寝ますよ。
「サティ様、まさか薬でも盛ったのですか?」
「なっ…!?そんなことするわけないじゃないですか!」
マグダレーナ先生は「そうよね、陛下なら飲み物に混ぜられた毒に気付かないはずもないし…」とぶつぶつ言っている。
「けれどやはり、国王陛下が人前で寝るなどありえません。陛下は第三王子時代に戦場の最前線にいることが多かったので警戒心が野生動物並みで、人前で無防備な姿をさらされることなどないのです」
「じゃあ”あれ”は狸寝入りなんですかね?」
マグダレーナ先生は「あれ」こと「座ったまま寝ているアロイスさん」を見、彼の顔の前で手をひらひらと振り、ますます目を丸くした。
「明日は雪が降るかもしれない。上着と毛布を出しておかないと凍死…!!」
「うん…とりあえずブランケットお願いできます?」
「…かしこまりました」
私がブランケットを受け取ってそっとアロイスさんにかけると、マグダレーナ先生はまた小さく声をあげた。
「寝ているときに触れられても起きないなんて」
「ぐっすり寝てたら、ブランケットをかけられるくらいで起きることはないと思いますけど」
「普通の人間でしたらそうでしょうけれど、陛下は普通ではないので。サティ様には相当気を許しているということですわ」
「そうなんですかね…?」
とりあえず、ぐっすり眠れるのがアロイスさんにとって珍しいことなら、すぐ起こすのはもったいない。しばらくここで寝てもらうことにする。
アロイスさんが寝ている横で、私はブルーノ先生が貸してくれた歴史の本を読む。異世界の歴史書は、ファンタジー小説を読んでいるみたい。つまりはこれは勉強ではなく娯楽。
ページが擦れる音と、「創造神さんには妹がいたんだ」とかいう私の呟きと、アロイスさんの穏やかな寝息だけが優しく流れていく。
どれくらい時間が経っただろう。忍者のようにするすると現れたマグダレーナ先生が「陛下は次の予定があるそうです。侍従が迎えに来ました」と私に耳打ちした。
気持ちよさそうに寝ているところ申し訳ないけど、私はアロイスさんに小声で呼びかける。
「アロ…陛下、起きてください」
「…」
「陛下、次の予定があるそうですよ」
「…」
起きない。
彼の肩を揺すろうとしたら、マグダレーナ先生が「危ない」と私を制した。先生が「陛下」とアロイスさんの肩にちょっと触れたら、次の瞬間にはアロイスさんはマグダレーナ先生を床に押し倒していた。
動体視力が追いつかない。
アロイスさんは荒い息を吐きながら、床にうつぶせになったマグダレーナ先生の背中を膝で押さえつけ、彼女の腕をねじり上げている。つまり「目にも止まらぬ早さで、先生の手を掴んで、彼女をうつぶせにして床に押し倒した」ということになる。
「マグダレーナ、何してる?」
「陛下に押さえつけられております。どうかお手をお放しください。手首が折れます」
「私に触れるからだ」
アロイスさんは服と息を整えながら、「私は寝ていたのか?珍しいな」と、すっと立ち上がった。
マグダレーナ先生も「珍しいどころか、人前でお眠りになるなど、私が知る限りでは初めてです」と、手首をさすりながら起き上がる。
「妙にすっきりする」というアロイスさんに、私は戸惑いながら「コーヒーを飲んでから短時間昼寝すると、頭がすっきりするので。パワーナップっていうライフハックのひとつで…」と説明した。海外ドラマの潜入工作員みたいな戦闘能力を見せつけられた直後に、そんなのんきな説明してるのも、意味わかんないけど。
「そうか。やはりコーヒーは最高の飲み物だな」
「はあ、そうですね…」なんて間抜けな返事をする私に、「また飲みに来る」と言い残して、アロイスさんは足取り軽く去って行った。
「先生、手首は大丈夫ですか?かなりひねられていたように見えましたけど…」
「このくらいなら慣れているので何ともありません。ご心配に感謝いたします、サティ様」
「…そうですか」
保護者さんに心を許してもらえるのはありがたい。
気分が良くなった私は、すっとアロイスさんのほうにお皿を押した。
「良かったらこちらもどうぞ」
「これは?」
「ドーナツです。マグダレーナ先生の手前、私はフォークとナイフで食べてますが、正式な食べ方は手づかみです」
「そうか。ならば手でいただこう」
アロイスさんは「美味い。コーヒーと合うな」と言いながら、ぱくぱくっとドーナツを平らげる。「手を拭くものをもらってきますね」と席を立って戻ってきたら、アロイスさんは座ったまま寝息を立てていた。
「ええ!?今の今まで喋ってたのに?」
給食後の三歳児さんでも、もう少し粘るのに。
「それにしてもビジュがいいな。寝顔にも隙がない」
だけど濃い金色がさらりとかかる目の下には、クマがこんにちは。国王になったんだもん。寝る暇すらないくらいのかもしれないし、プレッシャーでうまく眠れてないのかもしれない。
「こんなに疲れてる人に…レオくんのこと、厳しく言い過ぎたかな」
「陛下が眠ってしまわれたので、ブランケットをお願いできますか」と頼むと、マグダレーナ先生は目を丸くした。
「陛下が寝たですって!?」
そんなに驚くこと?人間だもん、そりゃ寝ますよ。
「サティ様、まさか薬でも盛ったのですか?」
「なっ…!?そんなことするわけないじゃないですか!」
マグダレーナ先生は「そうよね、陛下なら飲み物に混ぜられた毒に気付かないはずもないし…」とぶつぶつ言っている。
「けれどやはり、国王陛下が人前で寝るなどありえません。陛下は第三王子時代に戦場の最前線にいることが多かったので警戒心が野生動物並みで、人前で無防備な姿をさらされることなどないのです」
「じゃあ”あれ”は狸寝入りなんですかね?」
マグダレーナ先生は「あれ」こと「座ったまま寝ているアロイスさん」を見、彼の顔の前で手をひらひらと振り、ますます目を丸くした。
「明日は雪が降るかもしれない。上着と毛布を出しておかないと凍死…!!」
「うん…とりあえずブランケットお願いできます?」
「…かしこまりました」
私がブランケットを受け取ってそっとアロイスさんにかけると、マグダレーナ先生はまた小さく声をあげた。
「寝ているときに触れられても起きないなんて」
「ぐっすり寝てたら、ブランケットをかけられるくらいで起きることはないと思いますけど」
「普通の人間でしたらそうでしょうけれど、陛下は普通ではないので。サティ様には相当気を許しているということですわ」
「そうなんですかね…?」
とりあえず、ぐっすり眠れるのがアロイスさんにとって珍しいことなら、すぐ起こすのはもったいない。しばらくここで寝てもらうことにする。
アロイスさんが寝ている横で、私はブルーノ先生が貸してくれた歴史の本を読む。異世界の歴史書は、ファンタジー小説を読んでいるみたい。つまりはこれは勉強ではなく娯楽。
ページが擦れる音と、「創造神さんには妹がいたんだ」とかいう私の呟きと、アロイスさんの穏やかな寝息だけが優しく流れていく。
どれくらい時間が経っただろう。忍者のようにするすると現れたマグダレーナ先生が「陛下は次の予定があるそうです。侍従が迎えに来ました」と私に耳打ちした。
気持ちよさそうに寝ているところ申し訳ないけど、私はアロイスさんに小声で呼びかける。
「アロ…陛下、起きてください」
「…」
「陛下、次の予定があるそうですよ」
「…」
起きない。
彼の肩を揺すろうとしたら、マグダレーナ先生が「危ない」と私を制した。先生が「陛下」とアロイスさんの肩にちょっと触れたら、次の瞬間にはアロイスさんはマグダレーナ先生を床に押し倒していた。
動体視力が追いつかない。
アロイスさんは荒い息を吐きながら、床にうつぶせになったマグダレーナ先生の背中を膝で押さえつけ、彼女の腕をねじり上げている。つまり「目にも止まらぬ早さで、先生の手を掴んで、彼女をうつぶせにして床に押し倒した」ということになる。
「マグダレーナ、何してる?」
「陛下に押さえつけられております。どうかお手をお放しください。手首が折れます」
「私に触れるからだ」
アロイスさんは服と息を整えながら、「私は寝ていたのか?珍しいな」と、すっと立ち上がった。
マグダレーナ先生も「珍しいどころか、人前でお眠りになるなど、私が知る限りでは初めてです」と、手首をさすりながら起き上がる。
「妙にすっきりする」というアロイスさんに、私は戸惑いながら「コーヒーを飲んでから短時間昼寝すると、頭がすっきりするので。パワーナップっていうライフハックのひとつで…」と説明した。海外ドラマの潜入工作員みたいな戦闘能力を見せつけられた直後に、そんなのんきな説明してるのも、意味わかんないけど。
「そうか。やはりコーヒーは最高の飲み物だな」
「はあ、そうですね…」なんて間抜けな返事をする私に、「また飲みに来る」と言い残して、アロイスさんは足取り軽く去って行った。
「先生、手首は大丈夫ですか?かなりひねられていたように見えましたけど…」
「このくらいなら慣れているので何ともありません。ご心配に感謝いたします、サティ様」
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