異世界でも保育士やってます~転生先に希望条件が反映されてないんですが!?~

こじまき

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74 時は戻せない

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「まあ、これを私どもに…?」
「素敵ですわ!」

ママ友さんたちが声をあげてくれる。ついに八枚すべてが完成した「生誕祭の名シーンを描いた絵」を配布したのだ。

「あの場面が蘇りますわね」
「王太子殿下は本当にご立派でしたわ。もちろんうちのアドリアンも」
「ルカスも活躍いたしました」
「そうですわよね」

「わ、僕だ!」「私もおりますわ」と笑顔の夫人と子どもたちを見ながら、ふっと疑問が頭をもたげる。

「この世界には、悪役令嬢っていないのかな」

ママ友さんたちには最初こそちょっとばかし敵視されたけど、今じゃこの和やかさ。なんだか平和すぎるんだもん。異世界の王城のイメージと違いすぎる。

「悪役令嬢とは何でしょうか、サティ様」とシルヴァーナ公爵夫人が応えてくれた。

「あ、声に出てました?」
「出ておられましたわ」

そんなメタな話をしていいのだろうか。いや「平民が抱きがちな貴族社会のイメージ」に変換すればいけるか。

「えと…ここに来る前に言われたんです。平民なのに殿下の養育係なんかになったら、貴族の皆さんに…とくに女性によく思われなくて、虐められるんじゃないかって。生誕祭でも”あーら手が滑って”とか言ってワインをかけられたり、足を引っかけられて転んだりするんじゃないかと警戒していたんですけど、遠巻きに睨まれるだけで実害はなくて…」

夫人たちが顔を見合わせ、「ご説明お願いします」とみんなから無言のパスを受けたベルント伯爵夫人が、「あなたをよく思わない貴族女性がいるのは確かね」と扇子を広げた。

やっぱそうだよね。実際に睨まれてはいたし。

「ただ堂々と”血まみれの国王”の恋人に手を出すほどの馬鹿はいないわ」
「あ、それなら良かった。じゃなくて、こ、恋人!?ち…違います!」

夫人たちは「またまた」といった感じで、くすりと笑う。

「私どもにまで隠さなくても。陛下の態度を拝見していますと、火を見るより明らかですわ」
「ええ。ゴーレムが暴れたときなど、あの冷徹な陛下が取り乱されて。サティ様は本当に愛されておいでです」

「クリスタも知ってるよ!」と可愛い魔女が乱入してくる。

「陛下はサティのことが好きだよ?だってクリスタに”サティが喜ぶ誕生日プレゼントは何かな”って聞いてきたもん。相手が喜ぶプレゼントを考えるのは、相手のことが好きだからだよね?だから”サティは分厚いハムが好きだよ”って教えてあげたの!小屋にいたときは節約のためにあんまり食べられなかったから、あげたら喜ぶよって」

クリスタちゃん、最後の節約うんぬんは余計。いや全部余計。

夫人たちが「そうよねぇ」とにんまり笑う。

「でも叔父上言ってたよ。サティにプロポーズを断られたって」

あああああああ!レオくーーーーーん!!いきなり完全無欠の王太子から無邪気な七歳に戻るのやめて!完全にクリスタちゃんに影響されとる。

「断られた…?」と夫人たちが顔を見合わせた。

終わった。頼む、創造神さん。どうか時を戻してくれ。三分でいいから。

「時を戻そう時を戻そう時を戻そう…」

だけどどれだけ唱えても、時が戻る気配はない。クリスタちゃんの言葉もレオくんの言葉も、優雅なティーセットが置かれたテーブルの上に広がって、もう元には戻らない。まじで終わった。

「どうか聞かなかったことに…!この通りです…!!」

テーブルに手と額を叩きつけてお願いする私をマグダレーナ先生が「おやめください」と抱え起こす。ベルント伯爵夫人が「なかったことにしてあげるから、どうして断ったのか言いなさい」と、ようやく前を向いた私の顔を扇子で指す。

「陛下のプロポーズを断るだなんて、ベルント伯爵家にとっては大きな損失よ。説明してもらわなくちゃ」
「い、今ここで?」
「もちろんよ。話してくれたら、プロポーズがあったこと自体、内緒にしてあげるわ」

ベルント伯爵夫人をはじめとする貴婦人たちは、期待に満ちた目で私を見つめる。完全に「友達の恋バナをねだるときの顔」なのよ。ねえ、伯爵家の損失どうこうじゃなくて、ただ聞きたいだけでしょ。

しかし圧がすごい。これは話さないと終わらないやつ。

「…忘れられない人がいるんです」
「誰なの、その相手は?」
「マリウスさんと言いまして…」

貴婦人たちが揃ってずいっと身を乗り出した。ベルント伯爵夫人がまたみんなを代表して聞く。

「マリウス?もしかしてアイゼンハルト伯爵なの、サティ?」
「まさか!アイゼンハルト伯爵とはお会いしたこともありません。マリウスさんはカウベルフェルトで果物屋さんをしている方です」
「どういう男?その男の何が、陛下より優れているの?」
「優れてるっていうか…優しくて、困ってるときに助けてくれて、心に残る言葉をくれる人なんです。一緒にいるとほっとして、背中を支えてもらうと安心できて…」

口に出したら、心の奥底に押し込んでた感情が、鮮やかな色と温度を纏う。

「いつかその人のところに戻るつもりで、陛下の申し出を断ったの?」

私は首を振る。

《貴重な人生を、私なんかのために無駄にしないでください》

私はそう言って、彼の気持ちを断ったんだもん。

「いつか私があそこに戻ることがあっても、そのころには彼は別の誰かと人生を歩んでいるでしょう。私はただ、陛下と自分に嘘をつきたくなくて…」

自分の声が意外なくらい震えてる。「いまだにこんなに好きなんだ」って気づいても、どうにもならない。ただ彼のことを思い出したら、どうしようもなく逢いたくて悲しいだけ。「終わってるはずなのに、こんなのおかしいですよね」って笑顔をつくろうとするのに、なんでか涙が頬を伝っていく。

夫人たちが、私の手に柔らかい手を重ねてくれる。

「王太子殿下のために、諦めたのですね」
「後悔はしてません。でも…」
「ええ、わかりますわ。多かれ少なかれ、私どもも家のために同じような経験をしておりますもの」
「ここには私どもしかおりません。どうか気兼ねなく」

気づいたら、私は声をあげて泣いていた。
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