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第二章 お師匠様がやってきた
万物に存在する環《リンク》(ライムバー回)
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環自体は、万物に存在する。
だからこそ、環が発現した者は、世界や、世界の理とも接続するという話だった。
そしてこの環、実は概念にも存在することが秘密のひとつだという。
旧世代の魔力使いたちの中でも、特に実力のある一部の者たちは知っていた。
知っていて、長年ずっと秘匿し続けてきた秘密だったとルシウスは言う。
環創成の魔術師フリーダヤは、この最高の秘密を明らかにしてしまったことで、旧世代の一部の魔力使いたちから、相当に恨まれているとのこと。
「例えば、このような菓子ひとつとっても、環が存在している」
ルシウスが、厨房の冷蔵保存庫から、今日作ったばかりの小さなタイル状のライムバーを持ってきた。
本来ならレモンで作るものだが、ここカーナ王国ではライムのほうが安いので、時間のあるときにルシウスが作ってホウロウの保存容器に入れてあったものだ。
ショートブレッド系の薄い土台の上に、ライム風味の甘いクリームをのせて四角いタイル状にカットしたもので、今ではレモンなど柑橘類の大好きなアイシャの大好物である。
とりあえずひとつ、と言われてアイシャとトオンは一切れずつ食べる。
指先でつまめるぐらいのサイズだから一口だ。
口に含むと、すぐにライムの爽やかな香りが鼻腔に抜けていき、そしてふんだんにライム果汁を使ったクリームの甘酸っぱさ、コンデンスミルクのミルキーなコクが広がる。少し遅れて、そこにショートブレッド生地のちょっとしっとりした感触とバターの風味が重なってくる。
「その味をよく覚えておくように」
ルシウスも一切れ食しながら、人数分の紅茶を入れていた。
そして三人で紅茶を飲みながら一息つく。
彼が故郷から5台分の馬車に積んで持ち込んだ紅茶は、とても飲みやすくておいしい。
ここカーナ王国の王都でも高級食料品店に行けば手に入るのだろうが、今のアイシャやトオンには贅沢品だ。ルシウスがここに滞在している間だけの贅沢になりそうだった。
「で、残りのライムバーをだな……」
ルシウスはふたりに、ライムバーの入ったホウロウの容器の中を見るよう示した。
「ここ、この端の三つに私の魔力を流してみよう。環を通して……」
食卓の椅子に座っているからアイシャやトオンの位置からは見えないが、テーブルの下付近からネオンブルーの光が見えているので、ルシウスの腰回りに彼の環が出ているだろうことがわかる。
ルシウスの指先からネオンブルーの魔力がライムバーに流れていく。
「「あ」」
タイル状のライムバーの周りに紐のように細い光の円環が浮かぶのが見えた。
「私たちに出る環とは、ちょっと形が違うわね」
「でもリング状なのは同じだ」
頷いて、ルシウスがトングで小皿にひとつずつライムバーをのせ、ふたりに渡した。
「ライムバーの環に触れながら、『美味しくなあれ』と意図してごらん」
もちろん他の言葉で語りかけてもいい、と言ってルシウスが見本を見せてくれた。
自分の分のライムバーの細い環に指先で優しく触れながら、
「ライムバーよ。私は己の持てる限りの力を使って、最高に美味しくなるよう作ったつもりだ。だが! お前の本気はこんなものではないはずだ。さあ! 全力で! お前のベストパフォーマンスを見せてみるがいい……!!!」
全力でライムバーを叱咤激励した。
直後、何とルシウスの魔力を浴びたライムバーが、環どころか全体を眩く輝かせるではないか。
「よし」
満足げに頷いて、ルシウスは輝くライムバーを食した。そして大きくまた頷いている。
それを、アイシャとトオンは自分たちの分のライムバーを前に、呆気に取られて見つめていた。
「『美味しくなあれ』じゃなかったの!?」
「すげぇ……これがルシウスさんの本気……!」
だが、ふたりはルシウスほど全力で入魂はできず。
ライムバーの表面をうっすら光らせる程度だった。
それでも自分たちなりの『美味しくなあれ』を意図しながら唱えて環に魔力を流したライムバーは、最初に食べたときでも充分美味しかったライムバーを、更に美味へと進化させていた。
「うむ。最初にしては上出来だ。残りのライムバーはカズン様に送るから、お前たちふたりで『美味しくなあれ』をやってみるといい」
「「了解です!」」
この指令に、ふたりのスイッチが入った。
そうして、アイシャとトオンの全力の友情のこもったライムバーが、当日中にアイシャの手紙を付け、環経由でカズンに送られるのだった。
カズンからは翌日、お礼の手紙が届いた。
「あら、可愛い。絵文字?」
「これは顔文字っていうんだよ、アイシャ」
『ルシウス様、マジでルシウス様。
ライムバー、大変美味しゅうございました(*´ω`*)』
だからこそ、環が発現した者は、世界や、世界の理とも接続するという話だった。
そしてこの環、実は概念にも存在することが秘密のひとつだという。
旧世代の魔力使いたちの中でも、特に実力のある一部の者たちは知っていた。
知っていて、長年ずっと秘匿し続けてきた秘密だったとルシウスは言う。
環創成の魔術師フリーダヤは、この最高の秘密を明らかにしてしまったことで、旧世代の一部の魔力使いたちから、相当に恨まれているとのこと。
「例えば、このような菓子ひとつとっても、環が存在している」
ルシウスが、厨房の冷蔵保存庫から、今日作ったばかりの小さなタイル状のライムバーを持ってきた。
本来ならレモンで作るものだが、ここカーナ王国ではライムのほうが安いので、時間のあるときにルシウスが作ってホウロウの保存容器に入れてあったものだ。
ショートブレッド系の薄い土台の上に、ライム風味の甘いクリームをのせて四角いタイル状にカットしたもので、今ではレモンなど柑橘類の大好きなアイシャの大好物である。
とりあえずひとつ、と言われてアイシャとトオンは一切れずつ食べる。
指先でつまめるぐらいのサイズだから一口だ。
口に含むと、すぐにライムの爽やかな香りが鼻腔に抜けていき、そしてふんだんにライム果汁を使ったクリームの甘酸っぱさ、コンデンスミルクのミルキーなコクが広がる。少し遅れて、そこにショートブレッド生地のちょっとしっとりした感触とバターの風味が重なってくる。
「その味をよく覚えておくように」
ルシウスも一切れ食しながら、人数分の紅茶を入れていた。
そして三人で紅茶を飲みながら一息つく。
彼が故郷から5台分の馬車に積んで持ち込んだ紅茶は、とても飲みやすくておいしい。
ここカーナ王国の王都でも高級食料品店に行けば手に入るのだろうが、今のアイシャやトオンには贅沢品だ。ルシウスがここに滞在している間だけの贅沢になりそうだった。
「で、残りのライムバーをだな……」
ルシウスはふたりに、ライムバーの入ったホウロウの容器の中を見るよう示した。
「ここ、この端の三つに私の魔力を流してみよう。環を通して……」
食卓の椅子に座っているからアイシャやトオンの位置からは見えないが、テーブルの下付近からネオンブルーの光が見えているので、ルシウスの腰回りに彼の環が出ているだろうことがわかる。
ルシウスの指先からネオンブルーの魔力がライムバーに流れていく。
「「あ」」
タイル状のライムバーの周りに紐のように細い光の円環が浮かぶのが見えた。
「私たちに出る環とは、ちょっと形が違うわね」
「でもリング状なのは同じだ」
頷いて、ルシウスがトングで小皿にひとつずつライムバーをのせ、ふたりに渡した。
「ライムバーの環に触れながら、『美味しくなあれ』と意図してごらん」
もちろん他の言葉で語りかけてもいい、と言ってルシウスが見本を見せてくれた。
自分の分のライムバーの細い環に指先で優しく触れながら、
「ライムバーよ。私は己の持てる限りの力を使って、最高に美味しくなるよう作ったつもりだ。だが! お前の本気はこんなものではないはずだ。さあ! 全力で! お前のベストパフォーマンスを見せてみるがいい……!!!」
全力でライムバーを叱咤激励した。
直後、何とルシウスの魔力を浴びたライムバーが、環どころか全体を眩く輝かせるではないか。
「よし」
満足げに頷いて、ルシウスは輝くライムバーを食した。そして大きくまた頷いている。
それを、アイシャとトオンは自分たちの分のライムバーを前に、呆気に取られて見つめていた。
「『美味しくなあれ』じゃなかったの!?」
「すげぇ……これがルシウスさんの本気……!」
だが、ふたりはルシウスほど全力で入魂はできず。
ライムバーの表面をうっすら光らせる程度だった。
それでも自分たちなりの『美味しくなあれ』を意図しながら唱えて環に魔力を流したライムバーは、最初に食べたときでも充分美味しかったライムバーを、更に美味へと進化させていた。
「うむ。最初にしては上出来だ。残りのライムバーはカズン様に送るから、お前たちふたりで『美味しくなあれ』をやってみるといい」
「「了解です!」」
この指令に、ふたりのスイッチが入った。
そうして、アイシャとトオンの全力の友情のこもったライムバーが、当日中にアイシャの手紙を付け、環経由でカズンに送られるのだった。
カズンからは翌日、お礼の手紙が届いた。
「あら、可愛い。絵文字?」
「これは顔文字っていうんだよ、アイシャ」
『ルシウス様、マジでルシウス様。
ライムバー、大変美味しゅうございました(*´ω`*)』
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