婚約破棄で捨てられ聖女の私の虐げられ実態が知らないところで新聞投稿されてたんだけど~聖女投稿~

真義あさひ

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第二章 お師匠様がやってきた

作曲家志望の男、その顛末

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 初客だった青銀の髪の男前は帰っていき、作曲家志望の男も注文した分の酒をしっかり飲み干してから帰って行った。

 毎晩12曲弾けばノルマは終わりで、日当を受け取ってそれでピアノ弾きの仕事は終わりなのだ。
 彼はいつも出勤して最初に一気に12曲を弾いて、その後は食事してすぐ帰ってしまう。

 今日はたまたま気まぐれな客がいて酒が飲めたようだが、普段なら安いビールすら飲まない。懐具合的に飲めないともいう。



 カウンターのもう片方の端に座っていた地味な初老で小太りの男が手を上げると、すかさずバーテンダーがロックグラスのウイスキーを差し出した。

 一口、含んでから静かに口を開いた。

「あのね、俺はあの子のこと、結構買ってたんだ。ピアノもなかなか腕がいいし、作曲した曲だって悪くない。だけど運がないんだよね。どこのコンクールに出ても予選落ちばっかりで、たまに進めたと思ってもいいところまで上がれなくてさ」
「ええ。今年の作曲家コンクールでも予選落ちでしたね」

 雇っている人間のことぐらいは、店側でも把握していた。

「頑張ってるのは確かなんだけどね。でも、こんな感じの曲を書いてみないかと伝えても、いいとも悪いとも言わないで平気で違う話に逸らす癖があるんだよね」
「ええ。先ほどもやってましたね」

 ルシウス相手に何回もやっていた。
 やられた側は、特に言い返したりはせず話を聞いているだけだったのだが。

「人にあれこれ言われるのが気に入らないからなんだろうけど、良くない癖だから何とか直してあげたかったんだけども」

 彼はバーのオーナーだった。
 このカーナ王国の下級貴族、男爵である。
 もっとも、間もなく共和国となるこの国では、すぐにただの平民の一富裕者となるわけだが。
 芸術家の卵たちを支援するのが趣味で、先ほど帰って行った作曲家志望の男のような者を応援するのが好きなのだ。



「だけどなあ。さっきのあの青銀の髪の彼への態度、あれは良くなかったね。あれだけ具体的で良いアドバイスを貰っておきながら、結局一言も感謝の言葉もなかったんだもの」
「ええ」

 ルシウスが作曲家志望の男に向けたアドバイスは、どれもすぐ行動に移せることばかりだった。


 カーナ王国は小さな国だから、もっと大きな国へ出たほうがいい。

 大国に出たとき、どんな集まりに顔を出せば人との縁を繋ぎやすいか。

 目指している分野で既に成功した人物の探し方は。

 今いる場所で咲けていないなら、環境を変えたほうが芽が出やすい……


 そういったルシウスのすべてのアドバイスに、あの作曲家志望の男は「そんなこと言われてもね」「じゃあ具体的にどうすればいいのか言ってみてくださいよ」などとスルーか、変な上から目線で一方的に話をさせようとするかだった。



「あれじゃあ、仮に成功しても続かないよね」
「オーナーがそう仰るのでしたら、その通りになるでしょう」

 結局、作曲家志望の男はそれから一ヶ月ほどそのバーで夜にピアノを弾き続けた後、店側から餞別を渡され「次のコンクールに集中してほしい」と言われて円満退職することになった。

 その後、やはり日々の生活費を稼ぐために場末の酒場でも楽器演奏などしていたそうだが、結局その人生で芽が出ることは一度もなかったという。



 なお、バーのオーナーや、この夜に店で居合わせた客たちが青銀の髪の男前の正体を知るのは、次の教会でのバザー開催日のことだった。

 元王妃の聖女アイシャの傍らに立つ彼は、聖女アイシャの師匠だと周りに紹介されていた。
 何と驚きの『聖剣の聖者様』とのこと。

 バーのオーナー男爵は自分の人を見る目が確かだったことに満足し、客たちも各々、店でルシウスが語ったことを書き取ったメモを見返しては思うところがあったようだ。

 それからたびたび、夜になると青銀の髪の『聖剣の聖者様』はバーにウイスキーを飲みに来るようになった。

 庶民向けとはいえ落ち着いた大人の店だから、店員も客たちも彼に群がるような無粋はしなかったが、少しずつ恐る恐る話しかけては交流を深めていくことになるのである。


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