婚約破棄で捨てられ聖女の私の虐げられ実態が知らないところで新聞投稿されてたんだけど~聖女投稿~

真義あさひ

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第五章 鮭の人無双~環《リンク》覚醒ハイ進行中

11.アイシャ、とある神官と会う

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 今日のアイシャは午前中、ルシウス邸にいる料理人のゲンジを訪ねる予定だ。薬師でもあるゲンジの定期診断を受ける日だった。
 トオンやカズンは古書店で留守番だ。診断はアイシャの身体のデリケートな話なので遠慮してくれたのだ。

 古書店を出て、ふと夏の青い空を見上げて呟いた。

「レモンのお菓子が食べたいわ」

 そのまま数分待ってみた。だが何も起こらない。

「まだまだ駄目ね……」

 緩く首を振って溜め息をつき、ルシウス邸に向かって歩き始めた。

 いろいろあった六月も過ぎて七月、夏だ。カーナ神国のある円環大陸の西部は標高が高いので、夏は過ごしやすい季節だった。

「帰りは市場に寄って果物でも見てきましょう」

 美味しい果物や野菜が多く出回る季節だ。綿毛竜コットンドラゴンのユキノ君やサラマンダーのピアディも新鮮なものが大好きなので、いろいろ仕入れることにしよう。



 その日の夜、料理人ゲンジは古い友人であり、雇い主でもあるルシウスの執務室を訪ねた。

「ルシウス君。ちょっと相談があるんだけど、いいかい?」
「オヤジさん。どうされましたか」

 いつも穏やかなニコニコ顔のゲンジには珍しく真剣な顔つきだった。

「アイシャちゃんのことなんだけど。あの子やっぱり身体の調子が悪くてね」
「そうは見えませんが……やはりまだ?」

 昼間、診察に訪れたアイシャの体調はいまいち回復しきれていなかった。
 アイシャの体調不良は主に生理不順だ。もう十八を過ぎたのに、過酷な体験で一度止まってしまった月経が戻らない。
 それに伴って発育不良もあった。アイシャの手足のサイズや骨格ならもっと背が伸びていてもおかしくないはずなのだ。

「うん。辛い過去のせいで麻痺して自分で自覚がないんだと思う。俺もいつもご飯を美味しく食べてくれるしって思ってたけど、……いつまでたっても細いんだよねえ、あの子」

 相談を受けてルシウスは悩んだ。

「やはり彼を呼ぶしかないか……一番手っ取り早い」
「彼って、あの子だろ? 心配するようなことはないと思うけど……」
「ですが彼は、ほら」

 とルシウスは少し離れた棚で資料を整理中の秘書ユキレラを見た。

「ああ……喧嘩して微妙な関係のままこの国に来ちゃったんだっけ?」
「喧嘩なんですかねえ。彼らのことは私もそこまで詳しくなくて」

 横目で見ていると当のユキレラ本人がすぐに気づいて執務机の二人に寄ってきた。

「どうしたんです? 何かご用事で?」
「ユキレラ。神殿に遣いを出せ。聖女アイシャと神官殿の会合をセッティングするように」

 一瞬、ユキレラのルシウスとよく似た麗しの顔が引きつった。

「え。あの。神官って、大神官アウロラ様ですかね?」
「お前は何を言っているのだ。――オネスト君に決まってるだろう」

 ばさばさ……っとユキレラの手から資料の本がいくつか落ちた。

「早急にな」

 ダメ押しもちゃんとしておいた。



 翌日、アイシャたち古書店組は全員、ルシウスの名前で王都神殿に呼び出された。
 他の予定があってもこちらを優先しろと連絡が入り、いったい何ごとかと思いながら神殿を訪れた。

「まずはアイシャ様、どうぞ」

 神殿ではまず秘書ユキレラに出迎えられた。
 同行していたトオンやカズン、ユーグレンは別室で待機だ。来訪者とは先にアイシャ単独との会合をセッティングされている。

 ユキレラの案内で神殿の応接間を訪れると、ルシウスと甥の鮭の人。秘書ユキレラはすぐ神殿職員の代わりにお茶の準備をし始めた。

 先にソファに座っていた人物がいた。
 まず目に入るのは、その大柄な身体だ。高身長のユーグレンやルシウスより背が高い。
 聖職者の白い聖衣ローブ姿で、聖衣ローブには控えめな金糸の刺繍が襟や袖に入っている。金糸や銀糸が入るのは高位の聖職者の証拠だ。

 凍えるような色味のない短い銀髪と、やはり芯から冷たそうな暖かみのないアイスブルーの瞳を持っている。怜悧な美貌と白い肌に、銀縁の丸眼鏡がよく似合っていた。

 冷たく薄い色味とは反対に、穏やかな表情と美しい顔立ちの男性だった。
 以前、ユキレラと一緒にルシウス邸で綿毛竜コットンドラゴンの雛たちを偲んだブランコ作りを手伝っていた人物だ。

「あなたは確か、ルシウスさんのお屋敷でユキレラさんと一緒にいた方ですね」
「ええ。聖女アイシャ様、ようやくご挨拶叶い光栄至極。オネスト・グロリオーサと申します。アケロニア王国の王都神殿所属の神官にございます」

 簡単な挨拶と互いの自己紹介をし合った。
 神官とはいえ、今の彼はアケロニア王太子のユーグレンの護衛だという。

「実はユーグレン殿下が出奔されてから、王家の命でずっと影から見守っていたのです。……まったくお気づきでなかったようですけど」
「オネスト君は私の学生時代からの友人なんだ。アケロニア王国の現宰相の弟だが、政治には関わっていない。その辺は安心してくれ」
「と言われても……」

 またアケロニア王国の大物の縁者が来てしまったということか。今度は現役宰相様の弟様ときたか。

「私は図体こそ大きいですが、隠密活動が得意なのです。身を隠す術に長けているので何かと便利に使われております」
「そう、なのですか」

 アイシャは困惑した。だが彼がなぜ自分に会いに来たかはその後すぐ判明した。

「私は神殿所属で呪詛に詳しいため、元々ユーグレン殿下がカーナ王国に寄るなら聖女アイシャを訪ねるつもりでした。そうしたらあっという間に国の体制が変わり、ルシウス様をお手伝いしているうちにご挨拶の機会を逃してしまいまして」
「オネスト君には私たちが地下ダンジョンにかかりきりになっていた間、古書店付近を警戒してもらっていたのだ」
「ふふ。短期間でしたが古書店に滞在させていただいておりました。お気づきでしたか?」

 そういえば、一時期古書店周辺に不審者が出没して、念のためとアイシャたちはルシウス邸に避難させてもらったことがあった。その間のことだろう。

「いえ……まったく気づかなかったです。た、確かに留守にしてたのに、部屋に埃や汚れがなかったなとは……」
「僭越ながら簡単な日々の清掃だけ行なわせていただきました。あ、二階の皆様の私室には立ち入っておりませんのでご安心を」

 それからしばらく雑談で互いに緊張を解いた。オネストは穏やかで控えめな笑顔の人物で、アイシャとしても話しやすい相手だった。




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