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第五章 鮭の人無双~環《リンク》覚醒ハイ進行中
崖の上から〝ぽい〟
しおりを挟む「強くなるのなんて簡単なのです」
と言って、鮭の人は自分の登山用ジャケットの胸ポケットにインしていた神人ピアディをぷにっと掴んで取り出した。
暖かいポケットの中でうたた寝していたようで、とろんと青い目は蕩けて口元には涎を垂らしている。
「ぷぇ?」
「潜在能力を覚醒しないと生き残れない。強制的にそういう状況にぶち込めばいいだけですから。そーれピアディ様、頑張れー!」
そのまま、崖の上から下に向けて、ぽいっと投げた。
「ぷぅ!?(あーれー!)」
「ピアディちゃんー!?」
あーれー、れー、れー、れー、………………ぷぇっ
ピアディの悲鳴が崖の間に響いて、やがて薄れて聞こえなくなった。
ごくり、と誰もが固唾を飲んで、鮭の人の麗しの顔を見つめた。いや凝視した。
冷や汗が背中を流れていくのを感じる。
「さあ、皆さん。自分から飛ぶのと、オレに落とされるの。どっちがお好みですか?」
にっこり麗しく微笑む鮭の人に、皆は思った。
こんなことなら、大雑把でもルシウスの指導のほうが全然良かった、と。
最初に気を取り直したのは、戦う聖女のキャリア持ち、アイシャだった。
「ヨシュアさん、クリア条件は?」
「飛び降りて、無事にここまで戻って来れたらクリアです」
「わかったわ」
躊躇いなくアイシャが地を蹴り、飛び降りた。ピアディを助けに行ったのだ。
「う、うわ。高い……」
すぐにトオンが下を覗き込む。崖の下は霧が発生していて、もうピアディどころかアイシャの姿も見えなかった。
「さあ、次はどなたから?」
トオンとカズン、ユーグレンは三人で顔を見合わせた。トオンなどちょっと脚が震えている。
鮭の人は麗しく微笑んでいる。駄目だ、これは逃がしてもらえない顔だ。
意を決してカズンが訊ねた。
「武器や道具の使用は可能か?」
「ご自由に」
「飛び降りた者同士で協力は有りか?」
「それもご自由に」
一応、全員きちんと冒険者用の道具セットの入ったリュックやバッグを背負ってきている。
カズンは覚悟を決めた。
「まだ飛行術は完全にマスターできていないが……り、環さえ出しておけば死ぬことはないはずだ! とーう!」
「ちょ、おいカズンー!?」
結果からいえば、アイシャは無事に木の枝と葉っぱに引っかかってぷぇぷぇ泣いていたピアディを助けて戻ってきたし、カズンも火事場のなんとやらで飛行術もどきをマスターして青ざめながらも崖の上まで上がってきた。
問題はトオンとユーグレンだ。そもそも飛行術の素養がなかった二人は環を駆使して命からがら、必死で崖を登って生還した。
自力で登山用具で登ってきたともいう。
「ぷぅ! ぷぅぷぅぷぅー!(ひどいのだ! ひどいのだ鮭の人、ひどいー!)」
「ヨシュア……今後はもうちょっと優しい修行がいい……いやせめて事前に何をやるか教えてくれ……」
「えー? でもステータスやスキルは向上したでしょう? 〝危機回避〟スキルは全員に生えたと思いますけど」
一同、一斉に「ステータスオープン!」と唱えてステータスウインドウを目の前に出した。
能力・スキル欄を見る。なかったはずの――〝危機回避〟が確かにあった。
成人後の大人が新しいスキルや能力を獲得することは滅多にない。それこそルシウスのように他者にスキル伝授する力があったり、専門職の修行をするなら話は別だが……
「これ、オレが幼い頃に父とやってた修行なんです」
「無理、無理無理無理、こういうのもう絶対無理ですー!」
「トオンに同感だ。私も無理だ……すまない……」
トオンの叫びは悲痛で真に迫っていた。
ユーグレンも青ざめてぐったりと辺りの岩に腰掛けて項垂れている。
「皆さん意外と根性ないですね。やる気なのはアイシャ様だけですか?」
「根性の問題ではないような……?」
単純に各自の能力差の問題だ。
しかし意図的とはいえ、命の危機に身を晒したことで各々のステータス値は確実にアップした。
代わりにこの日以降、トオンやユーグレンの鮭の人への視線にやや恐れるような色が混じるようになったのはご愛嬌である。
ちなみに幼馴染みのカズンやピアディは、喉元過ぎれば何とやらで普通に接しているものだから、アイシャは対比が面白くて堪らなかった。
後から話を聞いたルシウスや秘書ユキレラは、何ともいえない顔つきになって古書店に慰めなのか菓子折りを持ってきた。
なおユーグレンが主催する鮭の人ファンクラブ会報には、ユーグレンによる迫真の修行レポが掲載されたことを付記しておく。
※鮭の人がこの修行をやっていたのは四歳頃。
その光景を見てしまったお母様は腰を抜かしかけたそうな……
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