勇者かける

青空びすた

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×聖職者

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 小さな村の片隅にある花畑。秘密基地みたいなその場所で、未来の勇者は太陽みたいに笑っていた。


 村にある唯一の教会。孤児院も兼ねているこの場所で僕らは育った。
 独り立ちを考えなかったわけではない。けれど、随分歳をとった母さんやまだ小さな弟妹を置いていくこともできず、僕はまだここにいる。
 適齢期になった姉や兄たちはみんなそれぞれ働いて、家庭を持ち、時々兄弟の様子を見に戻ってきてくれる。
 彼らやこの地の領主の寄付で僕らは生き永らえている。

 今朝はひどく懐かしい夢を見た、気がする。朝の準備とお祈りをしながらぼんやりとそんなことを考えた。
「冒険者になる」そう言って彼が村を出たのは何年前だっただろう。いつか迎えに来てくれる、なんて言葉を信じていたわけでもない。
 けれど僕は未だに決まった人もなく、日々増える孤児たちの面倒を見て過ごしてきた。

 勇者が魔王を倒した話は小さなこの村にまで届いていて、心からの祝福がこみ上げた。けれどそれと同時に、もう待つことを許されないと悟った。
 母さんから、聖職者にならないかと、話が出たのはそんなときだった。午後三時、ちびたちが昼寝するお茶の時間だ。
「僕が?」
「えぇ。ライラックは勇者になったそうね」
「そう、だね。そう聞いた」
「その功績をたたえて彼が育ったここにも幾許かの報奨が国から支給されるの。でも私もそう長くはないわ」
「母さん、そんなこと言わないで。僕も頑張るよ」
「カモミール、あなたは本当に優しい子。だからあなたにここを継いでほしいの」
「……うん」
 聖職者になれば、僕が弟妹たちの後見人になれる。後押しできる人間は多いほうがいい。
 神の力を借りる神術は信仰心から生まれるから、ジョブを授けられればきっと使えるようになる。
 けれど、でも、きっとこの気持ちは認められない。
「あのね、カモミール。聖職者になったからといって、神様が唯一でなくともいいのよ」
「え?」
「神様が一番なら、それはいいかもしれないけど、私たち人間は互いを愛さなければ生きていけないの」
「うん、わかるよ」
「私はね、神様を信じているけれど、それよりも私の子どもたちを愛しているわ」
「うん、うん。そうだね。僕、やってみようかな」
 母さんはそれを聞くと安心したようにお茶を啜った。僕も一口、舌の上で転がした。酷く苦く感じる。
 帰らぬ彼を待ちながら、この小さな村で朽ちていくのも悪くはないのかもしれない。


 あのお茶会から一週間経った。次の神の日である三日後に僕は聖職者になることにした。
 母さんから神職としての名を授けられ、神に仕えるものになる。生活は今までとそう変わらない。
 一昨日増えた妹を腕に抱きながら、ぼんやりと聖堂の女神像を見上げる。
 射し込む光はどこまでも温かい。

 ぎぃ、と耳障りな音を立てて正面扉が開かれた。
 振り返ると、体格のいい男性がゆっくりこちらに向かってくる。影になっているからか、顔はよく見えない。
「カモミール」
「……ライラック?」
「それ」
「ん? この子は」
「結婚、したのか?」
「へ?」
 ライラックは歩みを進めて光の中に姿を見せた。その表情は何故か泣きそうで、こちらまでなんだか悲しくなる。
「お前、なんて顔してるんだよ」
「だって」
「うん」
「待っててって言った」
「うん?」
「迎えに来たんだ。カモミールとずっと一緒にいたい」
「そっか。うん、ありがとう」
「じゃあ」
「でも、一緒には行けない」
 もう少し、あと一週間早ければ、違っていたかもしれない。でも僕はもう、進む道を決めてしまった。
「……なんで。その子がいるから?」
「アリアのことか? この子は俺たちの一番小さな妹だ」
「妹」
「三日後には、僕の娘になる」
「どういうこと、なんで……養子、とか? 結婚するのか?」
 あまりにも悲痛な声で頭を振りながら勇者と呼ばれる男は僕を抱きしめた。
 嫌だ、となんで、を繰り返している。それなのにアリアを気づかうようにけして潰さない力加減からは彼の優しさが見える。
 その様子に少し笑ってしまってライラックの目を見た。
「僕、この教会で聖職者になるんだ。だから、教会の兄弟はみんな僕の子どもになるんだよ」
「聖職者……」
「うん。だから、僕はお前とは一緒に行けない」
 その言葉にライラックは目を丸くしてちょっと身体を離した。少し考えた素振りを見せたあと、勇者様はあの頃のように太陽みたいに笑った。
「じゃあ、俺も。もうどこにも行かない」
「なに言って」
「お前が居ないんじゃ意味がない」
「だって、今までだってろくに帰っても来なかったくせに」
「それはさ、俺が強くらなきゃお前も、母さんも、チビたちも守れないなって。強くなったからもういい」
 魔王を倒した功績に一生遊んで暮らせるくらいの大金が手に入った、なんて茶化しながら夢のような話を続ける。
「時々はここを母さんに任せて、冒険にも行こうぜ。近くのダンジョンでも、遠くでも、どこにでも」
 こともなげに笑うこいつは、いつか実現させてしまうんだろう。
「わかった。楽しみにしてる」
「ほんとか?」
「なんだよ、連れてってくれるんだろ?」
「任せろ!」
 大きな声に驚いたのかアリアが薄っすらと目を開けた。珍しいものを見るようにライラックの顔をじっと見ている。彼女を目の前の美丈夫に押し付けて、正面扉に足を向けた。
「カモミール?」
「母さんに報告しなきゃ。どうせ挨拶もしてないんだろ?」
「ああ」
「あ、そうだ。ライラック」
「ん?」
 慣れた手付きで赤ん坊を抱きながら僕についてくる幼なじみ。いつの間にか随分高さが変わってしまった顔を見上げながら、清々しい気持ちで告げた。

「おかえり」
「……っただいま」

 勇者はまた、太陽みたいに笑った。
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