勇者かける

青空びすた

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×宿屋の次男

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 宿屋のドアを開く。ここの次男であるキャロットは掃除の手を止めて、こちらを向いた。
「スカッシュさん、おかえりなさい!」
「ただいま」
「すぐにお部屋用意しますね」
 ここは実家でも自分の家でもない。しかし1年の半分以上をここで過ごしているから、第二の実家のような感覚はある。近くのギルドを拠点としているため勝手がいい、というのは建前で、ここの家族を殊の外気に入っているというのが実情だ。
 特にキャロットのことを気にかけている自覚はある。
 彼は掃除道具をもったまま、ぱたぱたと2階へ駆け上がっていった。受付に座る宿屋の店主である父親が苦笑してそれを見送っていた。
「スカッシュさん、おかえりなさい。キャロットが上がっていったからね、いつもの部屋でいいだろ?」
「あぁ、すまない」
「今回は何泊だい?」
「少し長く居られそうなんだ。いいか?」
「もちろんさ。勇者様が泊まってるとなると箔がつくからねぇ」
 店主は機嫌よく笑うと宿帳を開いた。ちらほら埋まりつつはあるが、常連ともなっている自分の部屋は、いつも同じ見晴らしのいいものを確保してくれており、頭が上がらない。
「1年でも2年でも開いてるよ」
「いつも悪いな。今回は2ヶ月で頼む」
「あいよ。あぁ、そういえば来月はキャロットの誕生日だな」
「そう、なのか」
「あの子も今年で16歳だからなぁ。少し寂しくはなるが……」
 この国では16歳で成人になり、多くは家を継ぐか家を出るかに分けられる。楽しそうに働く彼の姿が見られなくなることに、言い知れぬ寂しさを覚えた。
「どこか働き先は決まっているのか?」
「それが、冒険者になりたいなんて言っててなぁ。いや、悪いってわけじゃないんだが、危ないだろう? 店を継がせてやることはできないし、やりたいことをやらせてやりたい。とは思ってるんだ。だがなぁ……」
 店主は決まり悪そうに人差し指で頭を掻いた。彼の心配もわからないではない。あの華奢なキャロットが冒険者というのはどうにも結びつかなくて、武器を使いこなせるのかと心配になる。
「俺からも話をしてみるよ」
「本当か? すまない、助かるよ。ほら、部屋の鍵だ」
 差し出された鍵を受け取って、いつもの部屋へ足を向けた。

 部屋の扉を開けると、キャロットは寝具を整え終わったところだった。窓が開かれており、街の喧騒が聞こえる。振り返った彼は俺の姿を視界に入れると、ほんのり頬を染めてにっこりと笑った。
「準備できてますよ」
「あぁ。いつもありがとう」
「今回はどれくらいお泊りに?」
「2ヶ月ほど滞在予定だ」
「そうなんですね!」
 荷物をベットの側に起きコートを脱げば、キャロットは当然のようにそれを受け取ってコート掛けにかけた。
「来月誕生日なんだって? さっき下で聞いたよ」
「お父さんったら」
 彼は柔らかい頬をぷっくりと膨らませる。幼い姿を愛らしく思いながら、声をかける。
「少し話をしないか?」
 キャロットはきょとんとした顔のあと、喜色の笑みを浮かべて返事をする。
「嬉しいです。すぐお茶持ってきますね!」
 軽い足取りの背中を見送って、部屋に二脚備え付けられている椅子の片方へ腰掛けた。

「お待たせしました」
 キャロットがそう言って持ってきたのは、少し暑い今日には嬉しいレモネードだった。向かいの椅子をわざわざ隣まで持ってきて並んで座る。涼し気なグラスに早速口をつけ、緩んだ頬がなんとも可愛らしい。
「キャロット、来月16歳になるんだろ?」
「そうなんです。これで僕も大人の仲間入りですね」
「何か欲しいものはないか?」
「え、そんな、別に何も」
「祝わせてほしいんだ」
 だらしない顔をしているのはわかる。けれど十年以上も付き合いのある少年の門出だ。できることなら盛大に祝ってあげたい。なんとも言えない気持ちになって頭を撫でる。抵抗こそないものの顔を俯けてしまった。
 髪から覗く耳が少し赤くなっていて、誘惑のままそこに指を延ばす。ぴくぴくと身体ごと震えるが、やはり抵抗はない。
「俺はサプライズとか、そういうのが苦手なんだ。できるだけ欲しい物をあげたい」
「……っ、あ、の、すぐには、思いつかない、です」
「考えておいてくれ」
「ん……ひゃい……」
 流石にそろそろ嫌がられるかと耳から指を離して、真面目な顔を作る。キャロットも空気を感じたのか、こちらに向き直って居住まいを正した。よほどくすぐったかったのか、少し息が上がっていて申し訳ない。
 しかし話をすると言った手前、後にも引けず早々に本題を切り出した。
「冒険者になりたいんだって?」
 叱られると思ったのかキャロットは顔を強張らせ、深く呼吸した後で一つ頷いた。
「ギルドに登録までは簡単だ。でもその後は? パーティにあてはあるのか?」
「……ありません。でも、僕はスカッシュさんみたいに」
「俺みたいに?」
 キャロットは自分の言葉を否定するように首を横に振って、おずおずとこちらを見上げた。少し潤んだ瞳にいたたまれない気持ちになる。
「スカッシュさんの役に立ちたいんです」
「なんだって?」
「すぐには無理でも、頑張れば、いつか同じ仕事ができるんじゃないかなって、思って。僕、スカッシュさんが大好きなんです」
「あー、気持ちは嬉しい。でもそんなことで将来を決めるなんて」
「そんなことじゃありません! 僕、スカッシュさんと一緒に居たいんです」
 ずいと、身体ごと乗り出してきた勢いに思わずたじろぐ。宥めるように肩に手を乗せると、萎萎と椅子に戻った。その様子が可愛くて、思わずまた頭を撫でる。
「スカッシュさんは、今誰かとパーティ組んでますか?」
「俺は、ここ数年ソロだな」
 本当ならパーティを組んでもっと大物を狙う方がいいのだが、ギルドから勇者の称号を与えれられて以降、人間関係が煩わしくなって辞めてしまった。
「じゃあ、僕とかどうですか?」
「は?」
「僕、スカッシュさんのことほんとに好きなんです! ずっと、ずっと一緒にいたいんです!」
「そ、れはさっきも聞いたな」
「冒険者としてはまだスタートラインにも立ってないですが、家事は得意です。料理もできますし、帳簿もつけられます」
「うーん……」
「何が駄目ですか? すぐに直します」
「駄目じゃないんだ。ただ、俺も君のことを好ましく思っているんだ」
「両想いですね、嬉しい!」
「とはいえ年齢差もあるし、違う。俺は何を、とにかく、冒険者なんて危ないだろう」
 どうやら俺も混乱しているらしく、言うつもりのなかった言葉が口をついて出た。思わず両手で顔を覆い天を仰ぐ。できることなら数分前に戻って欲しい。
「危ないことなんてわかってます。でも、スカッシュさんが一緒なら、それもいいかなって」
 指の間から見えた、はにかんだ笑顔が愛しくて、考えることを放棄した。深くため息をついたあと、顔をあげる。
「親父さんを説得できたらな」
「ありがと、スカッシュさん!」
 感極まったように頬にキスされ、飛びつかれる。賛成されるのは彼の中で決定事項らしい。苦く笑いながらもそれを抱き返せば、その軽さを改めて実感した。相手はまだ子どもだと、理性的な自分の叫びを取り入れて、桃色の唇に軽くキスを送る。
「えへへ、ちゅう初めてです」
 こういうのをあざといって言うんだっけ、なんて思考を飛ばしながら、彼が隣を歩く遠くない未来を夢想した。
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