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×錬金術師
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机に両肘をついて、重苦しい溜息を吐く。
過度な期待をしていたわけじゃない。自らの私財で手に入れられる程度の素材では、本物に近い紛い物しか作れないことはわかっていた。けれども無性に遣る瀬無い。
「今回も失敗、か……」
触れるだけで粉になるような粗悪品では、彼女の素になどなり得ない。培養液にすら使えない。
薬の材料にしてしまおう。この程度の品質なら延命薬としてはせいぜい五十年といったところか。とはいえその程度の薬に莫大な金が動くのだから金持ちの考えは心底わからない。金が入ればその分また良質な素材が手に入る。悪い話ではない。
完成した赤色の液体を適当な棚に収納する。ぐちゃぐちゃになってきたそこを見ないふりしてさっさと扉を閉める。
計算のやり直しだ。憂鬱だ。けれどこれも彼女のためだ。仕切り直そうと机の荷物を床に下ろして、スペースを作る。新しい紙を広げてまずは構成物質を書き出していく。筆が走り出したところで、入り口の扉が来客を告げた。
「こんばんは、リエージュちゃん」
「何しに来やがった、変態野郎」
「変態だなんて酷いわ。どうしてるかなーって見に来てあげたのよ。あ、これお土産」
ノックもせずにずかずかと上がりこんできたのは、この国の勇者・ブリュッセル。ここしばらく見なかったと思ったら、半年ほど長期の討伐に出ていたらしい。
「アタシが来なくて寂しかった?」
「はっ、静かで優雅に暮らしてたさ」
「あら生意気。って、何よ、この部屋! あんなに片付けなさいって言ったでしょ!」
「うるせー。母親かよ」
「……リエージュちゃん、落ち込んでる?」
「あー? そんなことねぇよ」
「そう、じゃあ疲れてるのね。こんなに髪も伸びてるし。やっぱりアタシがいなきゃ駄目ね」
「ふん」
来客がブリュッセルなら用はない。さっさとこの計算式を仕上げてしまいたいのだ。再びペンを握った俺を見て、ブリュッセルはこれみよがしにため息をつく。そして勝手に掃除を始める。いつものことだから気にしない。
「今回はどうだったの?」
「失敗した。やはり駄目だ。素材が悪いのか、計算式が間違っているのか」
そもそも無理なのか。
諦めるような言葉はぐっと飲み込んでひたすらペンを走らせる。
「ちょっと疲れてるんじゃない? 楽しいことを考えましょうよ」
「楽しいことねぇ」
「彼女の名前は決まってるの?」
「さぁ。父さんも母さんも何も言ってなかった」
「じゃあ貴方が考えなきゃね」
顔も見たことのない彼女のことを考える。これは確かに楽しいかもしれない。彼女にしてあげたいこと、教えてあげたいことがたくさんあるんだ。
産まれてこれなかった、俺の妹に。
母さんは元々そんなに身体が強い方ではなくて、妊娠二十週の時に流産してしまった。それが今から五年近く前のこと。母さんはその時に子どもを産めない身体になった。
それ以来、俺は彼女に会いたくて錬金術を学ぶようになった。理論上、ホムンクルスや人体錬成と違って、魂は必要ないはずだ。疑似胎内で定着させ、そこでゆっくり成長すれば、魂は自然発生する。はずなのに、疑似胎内に定着するところまでが長く、何が気に入らないのか定着しても成長しない。
トライアルアンドエラーを繰り返して、その度に新しい素材を求めて、危ない橋を渡ろうとしたときにブリュッセルと出会った。
思考を飛ばしていれば、ある程度片付いたのかブリュッセルが料理を並べ始めた。
「ご飯にしましょ。あ、でも顔くらいは洗ってきなさい。何日お風呂入ってないの?」
「……覚えてない」
「全くもう。ご飯のあとはお風呂だからね。アタシがきっちり洗ってあげるわ」
こいつは俺のことを犬猫か幼い子どものように思っているに違いない。けれどいたれりつくせりな状況が悪くないと思っている自分にも原因があるので深くは問わない。
ある程度食事が進んだところで、ブリュッセルが切り出した。
「纏まりそう?」
「たぶん。でもちょっと、簡単にはいかないかも」
「ふぅん。何が必要なの?」
「色々。神話級のアイテムとか」
「そうなの」
ブリュッセルは何事か悩んだあと、にこにことこちらに笑顔を向ける。こんな顔してる時は、だいたいがろくでもないことを考えている時だ。
「アタシがとってきてあげよっか」
「いい」
「なんでよ」
「なんか、嫌だ」
「何その理由! 酷いわ~」
「どうせ変なこと要求すんだろ」
「しないわよ。これでも勇者よ? アタシ」
勇者が味方、というのは確かにかなりのメリットだ。さっきはあんなこと言ったが、こいつが無茶苦茶な要求をするとは思っていない。でも家族の問題に他人を巻き込むのはなんだか違う気がする。
「なんか遠慮してるんでしょ」
「別に」
「アタシとリエージュちゃんの仲なのに?」
「ただの知り合いだろ」
「あら、そんな風に思ってたの?」
「違うのかよ」
「ふふ、いいのいいの。まずは身体から陥落させるつもりだから」
何やらおかしな単語が聞こえた気がするが聞こえなかったふりで流す。わざと音を立てて食後の紅茶を啜る。
「でも本気よ。アタシがその素材、取ってきてあげるわ」
「……なんで?」
「だって大切な人の家族だもの。妹って言ってるけど、実際十月十日かけて育むのはリエージュちゃんでしょ? それって実質親じゃない」
「……」
「アタシも一緒に、親にならせてくれたら嬉しいわ。リエージュちゃんの気持ちがついてこないのはわかってる。でも、本気」
ブリュッセルが真剣な目でこっちを見てる。顔がじわじわと熱くなってくるのがわかる。いたたまれなくなって顔を背けた。口から出たのはあまりにも可愛くない言葉。
「保留で」
ブリュッセルはくすくすと笑って、ベタついた俺の頭を撫でた。
がたん、身体が落ちる。どうやらまたソファで寝落ちていたらしい。酷く懐かしい夢を見た。ぬっと顔に影ができる。見れば自分によく似た妹が覗き込んでいた。
「おにーちゃん、ねてるのー?」
「んん、起きたよ」
「もう。わたしそろそろがっこうのじかんよー」
「うわ、ごめん!」
「だいじょうぶ。はい、いってきます」
「いってらっしゃい」
妹は俺の頬にキスすると、ぱたぱたと軽い足音を立てて飛び出していった。彼女は幸いにも母さんに似ず健康で、俺に似ないでとてもいい子だ。
「リエージュちゃん、寝てたの?」
「起きた」
「はいはい。ほら、ベッドに行くわよ」
入れ替わりに入ってきたのはブリュッセルだった。軽々と俺の身体を抱き上げて寝室へ運ぶ。徹夜したのはバレてるらしい。
「夕方には起こすからね」
「なんかあったっけ?」
「今日は八周年記念よ」
くすくすと笑いながらブリュッセルは左手薬指の指輪を見せつけてくる。こいつは相変わらず細かい。
「夜は三人でお祝いしましょ。あ、義母様たちが今晩ベルちゃんを預かってくれることになったから」
「は、なんで?」
「今夜は寝かせないから」
「ばっ、」
突然耳元で、絶対に意識して出した低めの声で、浸透させるように囁いてくる。耳を押さえてやつの顔を見れば、欲望が見え隠れするギラついた目でこちらを見ていた。ぞくぞくと身体が震える。
「お風呂も入れてあげるから、今のうちにちゃんと寝てて」
ブリュッセルは俺の頭を一撫ですると、機嫌良く寝室から出ていった。未だに勇者として現役なアイツと、引きこもりを極めた錬金術師な自分の体力を考えて、俺は一秒でも長く眠ることにした。
計測も観測もしていないけれど、きっとこの瞬間、俺は世界で一番幸せものである。
過度な期待をしていたわけじゃない。自らの私財で手に入れられる程度の素材では、本物に近い紛い物しか作れないことはわかっていた。けれども無性に遣る瀬無い。
「今回も失敗、か……」
触れるだけで粉になるような粗悪品では、彼女の素になどなり得ない。培養液にすら使えない。
薬の材料にしてしまおう。この程度の品質なら延命薬としてはせいぜい五十年といったところか。とはいえその程度の薬に莫大な金が動くのだから金持ちの考えは心底わからない。金が入ればその分また良質な素材が手に入る。悪い話ではない。
完成した赤色の液体を適当な棚に収納する。ぐちゃぐちゃになってきたそこを見ないふりしてさっさと扉を閉める。
計算のやり直しだ。憂鬱だ。けれどこれも彼女のためだ。仕切り直そうと机の荷物を床に下ろして、スペースを作る。新しい紙を広げてまずは構成物質を書き出していく。筆が走り出したところで、入り口の扉が来客を告げた。
「こんばんは、リエージュちゃん」
「何しに来やがった、変態野郎」
「変態だなんて酷いわ。どうしてるかなーって見に来てあげたのよ。あ、これお土産」
ノックもせずにずかずかと上がりこんできたのは、この国の勇者・ブリュッセル。ここしばらく見なかったと思ったら、半年ほど長期の討伐に出ていたらしい。
「アタシが来なくて寂しかった?」
「はっ、静かで優雅に暮らしてたさ」
「あら生意気。って、何よ、この部屋! あんなに片付けなさいって言ったでしょ!」
「うるせー。母親かよ」
「……リエージュちゃん、落ち込んでる?」
「あー? そんなことねぇよ」
「そう、じゃあ疲れてるのね。こんなに髪も伸びてるし。やっぱりアタシがいなきゃ駄目ね」
「ふん」
来客がブリュッセルなら用はない。さっさとこの計算式を仕上げてしまいたいのだ。再びペンを握った俺を見て、ブリュッセルはこれみよがしにため息をつく。そして勝手に掃除を始める。いつものことだから気にしない。
「今回はどうだったの?」
「失敗した。やはり駄目だ。素材が悪いのか、計算式が間違っているのか」
そもそも無理なのか。
諦めるような言葉はぐっと飲み込んでひたすらペンを走らせる。
「ちょっと疲れてるんじゃない? 楽しいことを考えましょうよ」
「楽しいことねぇ」
「彼女の名前は決まってるの?」
「さぁ。父さんも母さんも何も言ってなかった」
「じゃあ貴方が考えなきゃね」
顔も見たことのない彼女のことを考える。これは確かに楽しいかもしれない。彼女にしてあげたいこと、教えてあげたいことがたくさんあるんだ。
産まれてこれなかった、俺の妹に。
母さんは元々そんなに身体が強い方ではなくて、妊娠二十週の時に流産してしまった。それが今から五年近く前のこと。母さんはその時に子どもを産めない身体になった。
それ以来、俺は彼女に会いたくて錬金術を学ぶようになった。理論上、ホムンクルスや人体錬成と違って、魂は必要ないはずだ。疑似胎内で定着させ、そこでゆっくり成長すれば、魂は自然発生する。はずなのに、疑似胎内に定着するところまでが長く、何が気に入らないのか定着しても成長しない。
トライアルアンドエラーを繰り返して、その度に新しい素材を求めて、危ない橋を渡ろうとしたときにブリュッセルと出会った。
思考を飛ばしていれば、ある程度片付いたのかブリュッセルが料理を並べ始めた。
「ご飯にしましょ。あ、でも顔くらいは洗ってきなさい。何日お風呂入ってないの?」
「……覚えてない」
「全くもう。ご飯のあとはお風呂だからね。アタシがきっちり洗ってあげるわ」
こいつは俺のことを犬猫か幼い子どものように思っているに違いない。けれどいたれりつくせりな状況が悪くないと思っている自分にも原因があるので深くは問わない。
ある程度食事が進んだところで、ブリュッセルが切り出した。
「纏まりそう?」
「たぶん。でもちょっと、簡単にはいかないかも」
「ふぅん。何が必要なの?」
「色々。神話級のアイテムとか」
「そうなの」
ブリュッセルは何事か悩んだあと、にこにことこちらに笑顔を向ける。こんな顔してる時は、だいたいがろくでもないことを考えている時だ。
「アタシがとってきてあげよっか」
「いい」
「なんでよ」
「なんか、嫌だ」
「何その理由! 酷いわ~」
「どうせ変なこと要求すんだろ」
「しないわよ。これでも勇者よ? アタシ」
勇者が味方、というのは確かにかなりのメリットだ。さっきはあんなこと言ったが、こいつが無茶苦茶な要求をするとは思っていない。でも家族の問題に他人を巻き込むのはなんだか違う気がする。
「なんか遠慮してるんでしょ」
「別に」
「アタシとリエージュちゃんの仲なのに?」
「ただの知り合いだろ」
「あら、そんな風に思ってたの?」
「違うのかよ」
「ふふ、いいのいいの。まずは身体から陥落させるつもりだから」
何やらおかしな単語が聞こえた気がするが聞こえなかったふりで流す。わざと音を立てて食後の紅茶を啜る。
「でも本気よ。アタシがその素材、取ってきてあげるわ」
「……なんで?」
「だって大切な人の家族だもの。妹って言ってるけど、実際十月十日かけて育むのはリエージュちゃんでしょ? それって実質親じゃない」
「……」
「アタシも一緒に、親にならせてくれたら嬉しいわ。リエージュちゃんの気持ちがついてこないのはわかってる。でも、本気」
ブリュッセルが真剣な目でこっちを見てる。顔がじわじわと熱くなってくるのがわかる。いたたまれなくなって顔を背けた。口から出たのはあまりにも可愛くない言葉。
「保留で」
ブリュッセルはくすくすと笑って、ベタついた俺の頭を撫でた。
がたん、身体が落ちる。どうやらまたソファで寝落ちていたらしい。酷く懐かしい夢を見た。ぬっと顔に影ができる。見れば自分によく似た妹が覗き込んでいた。
「おにーちゃん、ねてるのー?」
「んん、起きたよ」
「もう。わたしそろそろがっこうのじかんよー」
「うわ、ごめん!」
「だいじょうぶ。はい、いってきます」
「いってらっしゃい」
妹は俺の頬にキスすると、ぱたぱたと軽い足音を立てて飛び出していった。彼女は幸いにも母さんに似ず健康で、俺に似ないでとてもいい子だ。
「リエージュちゃん、寝てたの?」
「起きた」
「はいはい。ほら、ベッドに行くわよ」
入れ替わりに入ってきたのはブリュッセルだった。軽々と俺の身体を抱き上げて寝室へ運ぶ。徹夜したのはバレてるらしい。
「夕方には起こすからね」
「なんかあったっけ?」
「今日は八周年記念よ」
くすくすと笑いながらブリュッセルは左手薬指の指輪を見せつけてくる。こいつは相変わらず細かい。
「夜は三人でお祝いしましょ。あ、義母様たちが今晩ベルちゃんを預かってくれることになったから」
「は、なんで?」
「今夜は寝かせないから」
「ばっ、」
突然耳元で、絶対に意識して出した低めの声で、浸透させるように囁いてくる。耳を押さえてやつの顔を見れば、欲望が見え隠れするギラついた目でこちらを見ていた。ぞくぞくと身体が震える。
「お風呂も入れてあげるから、今のうちにちゃんと寝てて」
ブリュッセルは俺の頭を一撫ですると、機嫌良く寝室から出ていった。未だに勇者として現役なアイツと、引きこもりを極めた錬金術師な自分の体力を考えて、俺は一秒でも長く眠ることにした。
計測も観測もしていないけれど、きっとこの瞬間、俺は世界で一番幸せものである。
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