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×ギルド職員
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今日も快晴、素晴らしい冒険日和。
ここは冒険者組合の一角にある受付の一つ。
カウンター越しに笑っているのは、この辺りでは知らない人間などいない勇者・ベゴニア様である。僕は不自然に見えない程度の笑顔を心がけつつ声をかける。
「いらっしゃいませ、ベゴニア様」
「おはよう、クレマチス。今日はこのクエスト受注したいんだ」
そう言って彼が示したのは『森』での難易度Aの討伐依頼だ。対象は『熊将軍』彼らのパーティであれば難なく熟せるだろう。
けれど「珍しい」と単純にそう思った。彼はこちらから提示されたクエストを楽しんでいたし、僕もギルド職員の端くれとして退屈させない任務を選ぶようにしていたつもりだ。
他の冒険者パーティたちに対しても同じで、レベルが足りないようならここでちゃんと断らなければ人死が出る。故に僕らはこの地区にいる冒険者のことはだいたい覚えている。
だからこそ、彼が直接選ぶのは珍しい。
「なにか惹かれるものでもありました?」
「うん、新しい武器作るのに素材が欲しくて」
なるほど、それなら彼の言うクエストを選ぶのも理にかなっている。ベゴニアたちほどのパーティなら使う武器も英雄級、素材も当然高度なものが必要になるだろう。
しかし、彼らは装備に困っていただろうか。
「ダメ、かな?」
真っ向から断るほどの違和感ではない。だが、長年の経験から見過ごせない。依頼を精査する時間がほしい。
「ダメというわけではないですが、こんなのはどうですか?」
そう言って代替案として出したのは特殊依頼である。村外れの幽霊広場の調査でクリアしたものは誰もいない。夜間クエストでありながら今のところ死んだ者は居ない。けれど、受注した冒険者たちは何もできずに気づけば朝になっているという。場を狂わせる特殊アイテムがあるのでは、というのがギルド職員内での酒の肴だ。
「へぇ、面白そう。今日はこっちにしようかな」
「ぜひ」
にっこり笑って勧めれば、彼は見惚れるような笑顔で了承した。
冒険者たちが出ていくのを一通り見送ったあと、僕は勇者パーティの資料を閲覧する。
現在この辺りに滞在している勇者はベゴニアだけだから、目的のものはすぐに見つかった。特筆して変わったところは見受けられない。いつもの四人組で順調にレベルやパーティランクが上がっているようだ。
「僕の気のせい、かなぁ……」
気づけば目で追ってしまう彼らのことだ。日に日に成長している、というなら喜ばしいことこの上ない。僕の不安なんてギルドマスターに報告するまでもないだろう。胸に巣食ったもやもやには蓋をする。
そんな自分の行動を後悔するのは意外と早く、わずか三日後のことだった。
数日前の天気がまるで嘘のように重い雲が空を覆い、今にも雨が降り出しそうな様相で均衡を保っている。
ギルドマスター不在の雑務を片付けていたため、受付は他の者で回すように手配していた。今日の分の報告を確認中に、ベゴニアたちが例の『熊将軍』討伐依頼を受託したことを知る。
不安感に気づかないふりをして別の書類に目を走らせる。
恙無く業務は進み、やがて夕方になる。ぽつりぽつりと雨が地面に滲み出す。外を歩くのに雨具が必要になったころ、勇者パーティが飛び込んできた。
先頭は魔法使い、勇者は、血濡れで、仲間に抱えられていた。
「ベゴニアを助けて!」
いち早く動いたのはベテランの聖職者・デルフェニウムだ。彼女は治癒術をベゴニアに施しながらソファへと誘導する。
酷く、現実味がなかった。眼の前が真っ暗になるような、頭から血の気が引いていくようなそんな感覚。知り合いが死にそうだからだろうか。
いや、それだけではない。
「クレマチスさん、ど、どうすれば」
若い職員が慌てている。不在を任されている程度には地位のある僕が呆けてどうするんだと活を入れ、指示を飛ばす。
「空いている仮眠室の開放をしてください。それから用意できるだけの魔法薬と回復薬の用意をお願いします」
ぱたぱたとかけていくのを横目に、デルフェニウムに近づく。
「様子はどうですか?」
「そんなに酷い怪我じゃないね。しかしこれは、獣の爪かい?」
さすがの治癒術で傷がみるみるうちに治っていく。普段見ることのない光景だから、思わずまじまじと見つめてしまった。
「ベゴニアは、私を守って……」
勇者パーティの聖職者・ダリアが泣きじゃくる。彼らも混乱しているようだが、聞いた話を掻い摘んでみると、どうやら『熊皇帝』が出たらしい。熊将軍を退治したあと、群れの長と対面してしまった彼ら。しかし常の彼らならものともしない相手だがなぜ。
「賢者になったとこだから、とっさに障壁を展開できなくて……」
「待ってください、ダリア様。ジョブチェンジを?」
「は、はい。一週間くらい前に」
なら、これは、僕の失態だ。一般的にジョブチェンジをしてすぐはランクが下がる。以前までのスキルと現在使用できるスキルに齟齬が生じるからだ。
把握していなかった僕の責任にほかならない。言葉も出ない僕の代わりにデルフェニウムが声をかける。
「ギルドに届けてなかったのかい?」
「あの、はい。ジョブチェンジ後すぐで無くてもいいと聞いたので」
「誰がそんなことを……」
今ここで犯人を探したところで意味はない。ある程度落ち着いた勇者を連れて行くよう指示を出し、デルフェニウムに謝礼を渡す。その後は再発防止策の検討と、やることは山積みだった。
結果、冒険者組合側にも勇者パーティ側にも見落としがあったとして、お咎め無しとなった。人死が出なかったのが幸いしたらしい。
けれど後悔は燻って、戻ってきたギルドマスターであるピオニーに辞表を提出したら眼の前で破り捨てられた。
「ははっ、青臭いねぇ」
「責任くらい取らせてくださいよ」
「次期ギルドマスターを誰が逃がすかよ」
「僕では実力不足だって、ずっと言ってるじゃないですか」
「あー、なんだ。頭はいいんだが、腕っぷしがなぁ……」
「ギルド職員にそんなの必要ないでしょう」
「ばーか。冒険者まとめるには必要なんだよ。あ、じゃあお前、冒険者やってこいよ」
「は?」
あっけにとられる僕を気にせず、ピオニーはそれがいいとギルドマスター用の執務室から飛び出していった。ものの数分で、隣にベゴニアを連れて戻ってくる。
「ピオニーさん、何だよ話って」
「おう、お前に俺の部下を任せたいと思ってな」
「クレマチス?」
「まだやるとは言ってないです!」
「まぁまぁ。ギルドにもメンツってのがあるからな。建前上でもなんでも落とし前をつけなきゃならねぇ」
「あー、いや、あれは手続きサボった俺たちも悪かったから……」
「悪かったって思ってくれるんなら、一つ頼まれてくれ」
「何を?」
「クレマチスを勇者預かりにしてくれ。レベルが、そうだな60くらいなったら返してくれればいいから」
「待ってください、何年かかると」
「すぐだろ。お前今レベルは?」
「……8です」
「ごめん、よく聞こえなかった。いくつって?」
「だから、8です!」
「お前、それは職員として怠慢だろ」
ピオニーは腹を抱えて笑っている。仕方ないじゃないか。必要なかったんだから。
「いいじゃないか! 羨ましいなぁ。俺時々一桁に戻りたいって思うことあるもん」
底抜けに明るい声でベゴニアが言う。裏表なんて微塵もないのだろう。眩しく思えて思わず目を細める。
「見たことない、色んなところに行こうぜ! 気に入ったらそのまま冒険者になっちゃえばいいよ」
「待て、それは困る」
早速装備を見に行こうと僕の手を引くベゴニア。剣を扱う彼の手は僕より大きくて安心感がある。なんとなく、出来心で握り返してみた。ベゴニアは驚いた顔のあと、花が咲くように笑った。
「じゃあピオニーさん。クレマチスのこと、もらっていきます!」
「ちゃんと返せよ!」
後ろから聞こえる声を無視したベゴニアに手を引かれ、僕は見知らぬ世界に足を踏み出した。
ここは冒険者組合の一角にある受付の一つ。
カウンター越しに笑っているのは、この辺りでは知らない人間などいない勇者・ベゴニア様である。僕は不自然に見えない程度の笑顔を心がけつつ声をかける。
「いらっしゃいませ、ベゴニア様」
「おはよう、クレマチス。今日はこのクエスト受注したいんだ」
そう言って彼が示したのは『森』での難易度Aの討伐依頼だ。対象は『熊将軍』彼らのパーティであれば難なく熟せるだろう。
けれど「珍しい」と単純にそう思った。彼はこちらから提示されたクエストを楽しんでいたし、僕もギルド職員の端くれとして退屈させない任務を選ぶようにしていたつもりだ。
他の冒険者パーティたちに対しても同じで、レベルが足りないようならここでちゃんと断らなければ人死が出る。故に僕らはこの地区にいる冒険者のことはだいたい覚えている。
だからこそ、彼が直接選ぶのは珍しい。
「なにか惹かれるものでもありました?」
「うん、新しい武器作るのに素材が欲しくて」
なるほど、それなら彼の言うクエストを選ぶのも理にかなっている。ベゴニアたちほどのパーティなら使う武器も英雄級、素材も当然高度なものが必要になるだろう。
しかし、彼らは装備に困っていただろうか。
「ダメ、かな?」
真っ向から断るほどの違和感ではない。だが、長年の経験から見過ごせない。依頼を精査する時間がほしい。
「ダメというわけではないですが、こんなのはどうですか?」
そう言って代替案として出したのは特殊依頼である。村外れの幽霊広場の調査でクリアしたものは誰もいない。夜間クエストでありながら今のところ死んだ者は居ない。けれど、受注した冒険者たちは何もできずに気づけば朝になっているという。場を狂わせる特殊アイテムがあるのでは、というのがギルド職員内での酒の肴だ。
「へぇ、面白そう。今日はこっちにしようかな」
「ぜひ」
にっこり笑って勧めれば、彼は見惚れるような笑顔で了承した。
冒険者たちが出ていくのを一通り見送ったあと、僕は勇者パーティの資料を閲覧する。
現在この辺りに滞在している勇者はベゴニアだけだから、目的のものはすぐに見つかった。特筆して変わったところは見受けられない。いつもの四人組で順調にレベルやパーティランクが上がっているようだ。
「僕の気のせい、かなぁ……」
気づけば目で追ってしまう彼らのことだ。日に日に成長している、というなら喜ばしいことこの上ない。僕の不安なんてギルドマスターに報告するまでもないだろう。胸に巣食ったもやもやには蓋をする。
そんな自分の行動を後悔するのは意外と早く、わずか三日後のことだった。
数日前の天気がまるで嘘のように重い雲が空を覆い、今にも雨が降り出しそうな様相で均衡を保っている。
ギルドマスター不在の雑務を片付けていたため、受付は他の者で回すように手配していた。今日の分の報告を確認中に、ベゴニアたちが例の『熊将軍』討伐依頼を受託したことを知る。
不安感に気づかないふりをして別の書類に目を走らせる。
恙無く業務は進み、やがて夕方になる。ぽつりぽつりと雨が地面に滲み出す。外を歩くのに雨具が必要になったころ、勇者パーティが飛び込んできた。
先頭は魔法使い、勇者は、血濡れで、仲間に抱えられていた。
「ベゴニアを助けて!」
いち早く動いたのはベテランの聖職者・デルフェニウムだ。彼女は治癒術をベゴニアに施しながらソファへと誘導する。
酷く、現実味がなかった。眼の前が真っ暗になるような、頭から血の気が引いていくようなそんな感覚。知り合いが死にそうだからだろうか。
いや、それだけではない。
「クレマチスさん、ど、どうすれば」
若い職員が慌てている。不在を任されている程度には地位のある僕が呆けてどうするんだと活を入れ、指示を飛ばす。
「空いている仮眠室の開放をしてください。それから用意できるだけの魔法薬と回復薬の用意をお願いします」
ぱたぱたとかけていくのを横目に、デルフェニウムに近づく。
「様子はどうですか?」
「そんなに酷い怪我じゃないね。しかしこれは、獣の爪かい?」
さすがの治癒術で傷がみるみるうちに治っていく。普段見ることのない光景だから、思わずまじまじと見つめてしまった。
「ベゴニアは、私を守って……」
勇者パーティの聖職者・ダリアが泣きじゃくる。彼らも混乱しているようだが、聞いた話を掻い摘んでみると、どうやら『熊皇帝』が出たらしい。熊将軍を退治したあと、群れの長と対面してしまった彼ら。しかし常の彼らならものともしない相手だがなぜ。
「賢者になったとこだから、とっさに障壁を展開できなくて……」
「待ってください、ダリア様。ジョブチェンジを?」
「は、はい。一週間くらい前に」
なら、これは、僕の失態だ。一般的にジョブチェンジをしてすぐはランクが下がる。以前までのスキルと現在使用できるスキルに齟齬が生じるからだ。
把握していなかった僕の責任にほかならない。言葉も出ない僕の代わりにデルフェニウムが声をかける。
「ギルドに届けてなかったのかい?」
「あの、はい。ジョブチェンジ後すぐで無くてもいいと聞いたので」
「誰がそんなことを……」
今ここで犯人を探したところで意味はない。ある程度落ち着いた勇者を連れて行くよう指示を出し、デルフェニウムに謝礼を渡す。その後は再発防止策の検討と、やることは山積みだった。
結果、冒険者組合側にも勇者パーティ側にも見落としがあったとして、お咎め無しとなった。人死が出なかったのが幸いしたらしい。
けれど後悔は燻って、戻ってきたギルドマスターであるピオニーに辞表を提出したら眼の前で破り捨てられた。
「ははっ、青臭いねぇ」
「責任くらい取らせてくださいよ」
「次期ギルドマスターを誰が逃がすかよ」
「僕では実力不足だって、ずっと言ってるじゃないですか」
「あー、なんだ。頭はいいんだが、腕っぷしがなぁ……」
「ギルド職員にそんなの必要ないでしょう」
「ばーか。冒険者まとめるには必要なんだよ。あ、じゃあお前、冒険者やってこいよ」
「は?」
あっけにとられる僕を気にせず、ピオニーはそれがいいとギルドマスター用の執務室から飛び出していった。ものの数分で、隣にベゴニアを連れて戻ってくる。
「ピオニーさん、何だよ話って」
「おう、お前に俺の部下を任せたいと思ってな」
「クレマチス?」
「まだやるとは言ってないです!」
「まぁまぁ。ギルドにもメンツってのがあるからな。建前上でもなんでも落とし前をつけなきゃならねぇ」
「あー、いや、あれは手続きサボった俺たちも悪かったから……」
「悪かったって思ってくれるんなら、一つ頼まれてくれ」
「何を?」
「クレマチスを勇者預かりにしてくれ。レベルが、そうだな60くらいなったら返してくれればいいから」
「待ってください、何年かかると」
「すぐだろ。お前今レベルは?」
「……8です」
「ごめん、よく聞こえなかった。いくつって?」
「だから、8です!」
「お前、それは職員として怠慢だろ」
ピオニーは腹を抱えて笑っている。仕方ないじゃないか。必要なかったんだから。
「いいじゃないか! 羨ましいなぁ。俺時々一桁に戻りたいって思うことあるもん」
底抜けに明るい声でベゴニアが言う。裏表なんて微塵もないのだろう。眩しく思えて思わず目を細める。
「見たことない、色んなところに行こうぜ! 気に入ったらそのまま冒険者になっちゃえばいいよ」
「待て、それは困る」
早速装備を見に行こうと僕の手を引くベゴニア。剣を扱う彼の手は僕より大きくて安心感がある。なんとなく、出来心で握り返してみた。ベゴニアは驚いた顔のあと、花が咲くように笑った。
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