24 / 39
×天使
しおりを挟む
ぼくの名前はソフィア。下級天使です。一月ほど前に天界で誕生し、神様から名を賜りました。生を受けてからまだ間もないですが、天使は生まれたときにはすでに人間で言うところの五歳前後の姿をしています。ある程度の知識も初めから身につけているので、天使は皆すぐに使命を全うします。
ぼくの使命は神様が種の代表としてお選びになった勇者の行動を記録することです。ぼくのための勇者は神託としてすでに神官長の元に囁かれたと伺っております。もうすぐ選ばれた人間が神殿を訪れることになるのでしょう。
「ソフィア」
「はい」
「あなたが外界にゆく前に、これを」
下級天使を育てる使命を持つ中級天使に差し出されたのは、一冊の本でした。中は真っ白で、何も書かれていません。
「神様は貴方の目を通して外界をご覧になります。しかし、貴方の感じたものを留め置くようにとお望みです」
「感じたもの、ですか?」
「神様は愛情深き御方。きっと何かお考えがあってのことなのでしょう」
「かしこまりました。拝命致します」
本を抱えて、扉の前に立ちます。ここを潜ればいよいよ外界です。目の前の扉を思いっきり開けば続くのは空のようにどこまでも青い世界です。楽しみであると同時にどうしようもない不安感に襲われました。
『ソフィア、いってらっしゃい。寂しくなったらいつでも戻っておいで』
「……いってきます!」
姿の見えない神様のお言葉に背中を押していただき、ぼくは意を決して足を踏み出しました。
目の前は空です。翼を広げることも忘れていたぼくは、真っ逆さまに落ちました。
「わ、わわわわぁ~」
「子ども?」
地面はもうすぐです。ぼくは叩きつけられてぺちゃんこになってしまうのです。神様、ごめんなさい。
襲いくるはずの衝撃に身体を丸くします。けれど、ぽふんと何かに包まれました。感じたことのない温かさに頭が混乱します。
「大丈夫? 怪我してない?」
優しい声に恐る恐る目を開くと、心配な顔でぼくを見つめる男の子がいました。どうやったのか、彼はぼくを抱きとめてくれたようでした。
「だ、大丈夫、です」
「よかった。じゃあゆっくり下ろすね」
ぼくを怖がらせないために、彼は優しくそう言うとぼくの両足を地面につけてくれました。けれどぼくの足は主人に逆らって立ち上がってくれません。
「立てません……」
「怖かったのかな? オレ、今からこの近くの神殿に行くんだ。キミもそこで休ませてもらおう」
彼はそう言うとぼくの身体を軽々と抱き上げてくれました。思わずその首に手を回し縋ってしまいます。
「わ、軽いね。ちゃんと食べてる?」
「食べる、は、まだしたことがありません」
「したことがない?」
天界では食事を必要としないのです。食事を嗜む天使は態々そのために外界に行くほどです。他にも使命の空き時間で、色々な娯楽を愉しむ天使がいます。そんな天使の姿を神様はお慶びになられます。愛情深い方なのです。
「これから神殿に?」
「うん、神官長に呼ばれたんだ。小さな町だから、長って言っても一人しかいないんだけどね」
クシフォスと名乗った彼はぽつぽつと色んな話をしてくれました。クシフォスの父はこの町の自警団で、元冒険者だそうです。彼も近いうちに自警団に入団する予定だとか。
話をしているうちに、神殿に到着しました。驚くほどあっという間でした。心配するクシフォスの手を借りて、ぼくは自分の足で立ちます。忘れていた翼をひらいて浮かび上がりました。
「ソフィア」
クシフォスが驚いた目でぼくを見ています。そういえば、ぼくは自分が天使であることをクシフォスに言っていませんでした。
なんて言おうか迷っていると、神殿の扉が中から開かれ、壮年の男性が姿を見せました。
「クシフォス、来たのですね。おや、その方は?」
「ソフィアです。貴方がここの?」
「はい。この地を任されております」
ぼくは空中で姿勢を整えると、中級天使に教えられた通りゆっくり頷いてみせました。
神官長はクシフォスを中に招き入れると礼拝堂に促しました。そしてそのまま退室してしまいます。クシフォスは礼の形をとりました。ぼくも倣おうとした時に神様の笑い声が聞こえました。間違えました。
ぼくは慌ててステンドグラスの方に飛び上がり、神様の御言葉を伝えます。神様は外界のものに直接告げることはできないのです。
「神様の御言葉です」
『クシフォス』
「クシフォス」
『貴方を勇者に任じます』
「え、彼を勇者に?」
『私の代わりにソフィアを守り、世界を見せてください』
「神様の代わり?」
「ソフィア。神様はなんて言ったの?」
クシフォスに促されて、ぼくは神様の言葉を復唱します。でも、それは、自警団に入団するという彼の夢を壊してしまうのではないでしょうか。短い時間でしたが、ぼくは彼に嫌われたくないと思うくらい、彼が好きになっていました。
「オレが勇者。ソフィアを守る……」
「クシフォス、いいのです。神様には違う方にとお願いしてみます。ぼくは、貴方の嫌がることはしたくありません」
思わず地面に足をつけて彼に歩み寄ると、彼は嬉しそうにぼくを抱き上げました。
「嫌がるなんてとんでもない。光栄だよ。キミはオレじゃ嫌かな?」
「そんなはずありません」
「嬉しい」
クシフォスはそのままくるくると回ります。ぼくもなんだか楽しくなりました。止まった彼の頬に祝福を贈ります。
「ぼくの勇者。これから、末永くよろしくお願いします」
「こちらこそ」
お返しにと頬に贈られた口づけに、ぼくは天にも昇る心地になってしまいました。ぼくの目を通してご覧になっていた神様は随分と御満悦の様子で、楽しげに笑っていらっしゃいました。
ぼくの使命は神様が種の代表としてお選びになった勇者の行動を記録することです。ぼくのための勇者は神託としてすでに神官長の元に囁かれたと伺っております。もうすぐ選ばれた人間が神殿を訪れることになるのでしょう。
「ソフィア」
「はい」
「あなたが外界にゆく前に、これを」
下級天使を育てる使命を持つ中級天使に差し出されたのは、一冊の本でした。中は真っ白で、何も書かれていません。
「神様は貴方の目を通して外界をご覧になります。しかし、貴方の感じたものを留め置くようにとお望みです」
「感じたもの、ですか?」
「神様は愛情深き御方。きっと何かお考えがあってのことなのでしょう」
「かしこまりました。拝命致します」
本を抱えて、扉の前に立ちます。ここを潜ればいよいよ外界です。目の前の扉を思いっきり開けば続くのは空のようにどこまでも青い世界です。楽しみであると同時にどうしようもない不安感に襲われました。
『ソフィア、いってらっしゃい。寂しくなったらいつでも戻っておいで』
「……いってきます!」
姿の見えない神様のお言葉に背中を押していただき、ぼくは意を決して足を踏み出しました。
目の前は空です。翼を広げることも忘れていたぼくは、真っ逆さまに落ちました。
「わ、わわわわぁ~」
「子ども?」
地面はもうすぐです。ぼくは叩きつけられてぺちゃんこになってしまうのです。神様、ごめんなさい。
襲いくるはずの衝撃に身体を丸くします。けれど、ぽふんと何かに包まれました。感じたことのない温かさに頭が混乱します。
「大丈夫? 怪我してない?」
優しい声に恐る恐る目を開くと、心配な顔でぼくを見つめる男の子がいました。どうやったのか、彼はぼくを抱きとめてくれたようでした。
「だ、大丈夫、です」
「よかった。じゃあゆっくり下ろすね」
ぼくを怖がらせないために、彼は優しくそう言うとぼくの両足を地面につけてくれました。けれどぼくの足は主人に逆らって立ち上がってくれません。
「立てません……」
「怖かったのかな? オレ、今からこの近くの神殿に行くんだ。キミもそこで休ませてもらおう」
彼はそう言うとぼくの身体を軽々と抱き上げてくれました。思わずその首に手を回し縋ってしまいます。
「わ、軽いね。ちゃんと食べてる?」
「食べる、は、まだしたことがありません」
「したことがない?」
天界では食事を必要としないのです。食事を嗜む天使は態々そのために外界に行くほどです。他にも使命の空き時間で、色々な娯楽を愉しむ天使がいます。そんな天使の姿を神様はお慶びになられます。愛情深い方なのです。
「これから神殿に?」
「うん、神官長に呼ばれたんだ。小さな町だから、長って言っても一人しかいないんだけどね」
クシフォスと名乗った彼はぽつぽつと色んな話をしてくれました。クシフォスの父はこの町の自警団で、元冒険者だそうです。彼も近いうちに自警団に入団する予定だとか。
話をしているうちに、神殿に到着しました。驚くほどあっという間でした。心配するクシフォスの手を借りて、ぼくは自分の足で立ちます。忘れていた翼をひらいて浮かび上がりました。
「ソフィア」
クシフォスが驚いた目でぼくを見ています。そういえば、ぼくは自分が天使であることをクシフォスに言っていませんでした。
なんて言おうか迷っていると、神殿の扉が中から開かれ、壮年の男性が姿を見せました。
「クシフォス、来たのですね。おや、その方は?」
「ソフィアです。貴方がここの?」
「はい。この地を任されております」
ぼくは空中で姿勢を整えると、中級天使に教えられた通りゆっくり頷いてみせました。
神官長はクシフォスを中に招き入れると礼拝堂に促しました。そしてそのまま退室してしまいます。クシフォスは礼の形をとりました。ぼくも倣おうとした時に神様の笑い声が聞こえました。間違えました。
ぼくは慌ててステンドグラスの方に飛び上がり、神様の御言葉を伝えます。神様は外界のものに直接告げることはできないのです。
「神様の御言葉です」
『クシフォス』
「クシフォス」
『貴方を勇者に任じます』
「え、彼を勇者に?」
『私の代わりにソフィアを守り、世界を見せてください』
「神様の代わり?」
「ソフィア。神様はなんて言ったの?」
クシフォスに促されて、ぼくは神様の言葉を復唱します。でも、それは、自警団に入団するという彼の夢を壊してしまうのではないでしょうか。短い時間でしたが、ぼくは彼に嫌われたくないと思うくらい、彼が好きになっていました。
「オレが勇者。ソフィアを守る……」
「クシフォス、いいのです。神様には違う方にとお願いしてみます。ぼくは、貴方の嫌がることはしたくありません」
思わず地面に足をつけて彼に歩み寄ると、彼は嬉しそうにぼくを抱き上げました。
「嫌がるなんてとんでもない。光栄だよ。キミはオレじゃ嫌かな?」
「そんなはずありません」
「嬉しい」
クシフォスはそのままくるくると回ります。ぼくもなんだか楽しくなりました。止まった彼の頬に祝福を贈ります。
「ぼくの勇者。これから、末永くよろしくお願いします」
「こちらこそ」
お返しにと頬に贈られた口づけに、ぼくは天にも昇る心地になってしまいました。ぼくの目を通してご覧になっていた神様は随分と御満悦の様子で、楽しげに笑っていらっしゃいました。
0
あなたにおすすめの小説
【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。
キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、
ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。
国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚――
だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。
顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。
過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、
気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。
「それでも俺は、あなたがいいんです」
だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。
切なさとすれ違い、
それでも惹かれ合う二人の、
優しくて不器用な恋の物語。
全8話。
【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?
キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。
知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。
今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど——
「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」
幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。
しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。
これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。
全8話。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる