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×神官
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この空の色をなんと言えばいのだろう。
青というよりは深く、黒というよりは明るく、紫というよりは温もりが足りない。そんな夕暮れと夜の間の空色。
長い錫杖を手に神に願う。明日も良き旅を。ささやかな願いを聞き届けてくだされば良いのだけれど。
穏やかな風が吹く丘の上、一人ぼっちになってしまったような焦燥感に駆られ来た道に戻ろうと踵を返す。ふと、こちらに歩いてくる人影が見えた。
「マーリン、こんなところにいたんだ」
「カトラス」
飲み込まれそうな夜の中を歩く、光の存在。神が遣わした勇者。その存在は神の欠片とも言われている、私の大切な人。
「何見てたの?」
「空を」
「空?」
「はい。明日も良き旅であるようにと願っていました」
教会の神官候補の中では出来損ないと揶揄されていた私を見つけてくれたのは彼だった。彼のために明日も平和であれと願う私は、確かに出来損ないなのだろう。
なんのために祈るのか、どうして救いを願うのか。そんなものは千差万別、十人十色、人の数だけあっていい。
「マーリンの祈りなら格別だね。でもそろそろ夜になる。ここは冷えるし、宿に戻ろう」
差し出された右手に私の左手を重ねる。こうして迎えに来てくれるのは何度めだろう。だらしなく頬が緩む。
「こうして歩いていると、初めてあった日のことを思い出すね」
「……そう、ですね」
あの日私の世界は大きく変わった。それは間違いないけれど、それがいいことだったのかは今でもわからない。口の中で小さく神に願う。こんな醜い感情は早く溶けてしまいますように。
私と彼が出会ったのは、世界の信仰の中心である聖地『オケアノス』だった。これまでの功績から勇者の称号を与えられた彼は新しいダンジョンに挑むべく、聖者を探していた。
彼が訪れた日、教会の中は上を下への大騒ぎだった。大神官は彼を歓待し、他の幹部たちも軒並み浮足立っていて、私より位が上のブラザー・シスターも自分をアピールするのに必死だった。
私は、といえば飽きもせずに聖堂で聖句を唱えていた。神官見習いとして十年近くも神に仕えている自分なんかが、選ばれるなんて微塵も思っていなかったのである。明日も良き日でありますように。ずっと幼い頃から願い続けてきた。同時に今私が生きている。それだけで今日も良き日であったと感謝を捧げる。
膝をついて祈りを捧げる私の隣にカトラスはいつの間にか同じ姿勢でいた。何事かを一心に祈る彼、その姿勢に感動して彼の祈りが叶いますようにと追加で神に願った。
聖句が途切れると目があって、恥ずかしくなってしまった私は、そのときはそのまま逃げるように退散した。変わらず雑用を押し付けられ、過ぎること一週間。広場に聖者の資格を持つ者全員が集められた。
「これから勇者殿と行動を共にするものを選ぶ」
そんな高いところからなされた大神官の宣誓よりも、その隣に立つ彼に目は釘付けだった。前の方には希望を胸に抱いた方々が押しかけていたので、私が選ばれるはずもない。
けれど彼は風の魔法で全てを飛び越えて私の元に舞い降りた。
「一緒に旅をするなら、君がいい」
彼は私の手をとって女性にするように手の甲に口づけた。まるで神様のように神々しくて、私は言葉を忘れてしまった。
それからあっという間に手続きが済み、見習い期間とは何だったのかというほどあっさり神官の一人となり、嫉妬の視線を浴びせられながら翌日旅立った。
あれはあれで、良い思い出のひとつなのかもしれない。
ふと、気になっていたことを聞いてみることにした。
「ねぇ、カトラス」
「なんだい?」
「私のことを女性だと思っていませんか?」
常々思っていたのだ。彼の態度は、なんというか、同性に対するものにしては甘過ぎるような気がすると。
カトラスは目を瞬かせ軽く上を見たあと、面白がるような表情で私を見つめた。
「マーリンのことはちゃんと男の子だと思っているよ」
「本当ですか?」
「もちろん。女の子より可愛いし、柔らかいし、いい匂いがするよね」
教会の教典に則り伸ばしている髪に軽く口づけられる。彼はスキンシップが多いので、こういった行動は慣れてしまった。
「からかっているのですか?」
「そんなことないよ。マーリンはすごくかっこいいしね」
「かっこいい、ですか?」
「うん。今日の戦闘も大活躍だったね」
止まりかけた足を動かしながらカトラスが続ける。戦闘、というと障壁のことだろうか。それとも身体強化などの祝詞のことだろうか。
「マーリンが仲間でよかったなって思ってるよ。でも同じくらい時々怖くなるんだ」
「カトラスにも怖いものが?」
「あるよ。例えばマーリンがどこか、それこそ神の国に連れて行かれちゃうんじゃないか、とか」
「そんなまさか」
「背中に羽があるかもしれないなんて考えると、恐怖で眠れなくなる」
「そんなに……」
「だから、ね、見せてくれない?」
「え?」
いつの間にか今日泊まる予定の宿の部屋にいた。二人一組の部屋割はいつも私とカトラスだ。彼の手のひらが私の背中をそっとなぞる。
「絶対痛いことはしないから」
いつもと同じ表情で、瞳の奥に暗い炎が揺らめいている。私は彼の眼の前で手を打った。
「……え?」
「よいですか、カトラス」
「はい」
「お付き合いしているわけでもないのに、みだりに肌をお見せするわけにはまいりません」
「それは、うん。ごめん」
あからさまに落ち込む姿は見ていて少し可哀想にも感じる。けれど、何事も始めが肝心なのだ。
「カトラスは、私のことをどう思いますか?」
「好きです」
「お付き合いしてもいいくらいですか? 私は男ですよ」
「家族になりたいくらい、好きです」
真摯な目で射抜かれる。性別が関係ないと言葉にされるより雄弁に私のことを求めている。
「私も、貴方が好きです」
言葉を返せば感極まったように抱きしめられた。熱い身体にほっと息を吐く。僅かに聞こえる泣き声が可愛らしい。
「背中、確かめますか?」
彼の耳元で、息を吐くように囁いた。
これからは神に願うのではなく、明日も良き日にすると神に祈ろう。
青というよりは深く、黒というよりは明るく、紫というよりは温もりが足りない。そんな夕暮れと夜の間の空色。
長い錫杖を手に神に願う。明日も良き旅を。ささやかな願いを聞き届けてくだされば良いのだけれど。
穏やかな風が吹く丘の上、一人ぼっちになってしまったような焦燥感に駆られ来た道に戻ろうと踵を返す。ふと、こちらに歩いてくる人影が見えた。
「マーリン、こんなところにいたんだ」
「カトラス」
飲み込まれそうな夜の中を歩く、光の存在。神が遣わした勇者。その存在は神の欠片とも言われている、私の大切な人。
「何見てたの?」
「空を」
「空?」
「はい。明日も良き旅であるようにと願っていました」
教会の神官候補の中では出来損ないと揶揄されていた私を見つけてくれたのは彼だった。彼のために明日も平和であれと願う私は、確かに出来損ないなのだろう。
なんのために祈るのか、どうして救いを願うのか。そんなものは千差万別、十人十色、人の数だけあっていい。
「マーリンの祈りなら格別だね。でもそろそろ夜になる。ここは冷えるし、宿に戻ろう」
差し出された右手に私の左手を重ねる。こうして迎えに来てくれるのは何度めだろう。だらしなく頬が緩む。
「こうして歩いていると、初めてあった日のことを思い出すね」
「……そう、ですね」
あの日私の世界は大きく変わった。それは間違いないけれど、それがいいことだったのかは今でもわからない。口の中で小さく神に願う。こんな醜い感情は早く溶けてしまいますように。
私と彼が出会ったのは、世界の信仰の中心である聖地『オケアノス』だった。これまでの功績から勇者の称号を与えられた彼は新しいダンジョンに挑むべく、聖者を探していた。
彼が訪れた日、教会の中は上を下への大騒ぎだった。大神官は彼を歓待し、他の幹部たちも軒並み浮足立っていて、私より位が上のブラザー・シスターも自分をアピールするのに必死だった。
私は、といえば飽きもせずに聖堂で聖句を唱えていた。神官見習いとして十年近くも神に仕えている自分なんかが、選ばれるなんて微塵も思っていなかったのである。明日も良き日でありますように。ずっと幼い頃から願い続けてきた。同時に今私が生きている。それだけで今日も良き日であったと感謝を捧げる。
膝をついて祈りを捧げる私の隣にカトラスはいつの間にか同じ姿勢でいた。何事かを一心に祈る彼、その姿勢に感動して彼の祈りが叶いますようにと追加で神に願った。
聖句が途切れると目があって、恥ずかしくなってしまった私は、そのときはそのまま逃げるように退散した。変わらず雑用を押し付けられ、過ぎること一週間。広場に聖者の資格を持つ者全員が集められた。
「これから勇者殿と行動を共にするものを選ぶ」
そんな高いところからなされた大神官の宣誓よりも、その隣に立つ彼に目は釘付けだった。前の方には希望を胸に抱いた方々が押しかけていたので、私が選ばれるはずもない。
けれど彼は風の魔法で全てを飛び越えて私の元に舞い降りた。
「一緒に旅をするなら、君がいい」
彼は私の手をとって女性にするように手の甲に口づけた。まるで神様のように神々しくて、私は言葉を忘れてしまった。
それからあっという間に手続きが済み、見習い期間とは何だったのかというほどあっさり神官の一人となり、嫉妬の視線を浴びせられながら翌日旅立った。
あれはあれで、良い思い出のひとつなのかもしれない。
ふと、気になっていたことを聞いてみることにした。
「ねぇ、カトラス」
「なんだい?」
「私のことを女性だと思っていませんか?」
常々思っていたのだ。彼の態度は、なんというか、同性に対するものにしては甘過ぎるような気がすると。
カトラスは目を瞬かせ軽く上を見たあと、面白がるような表情で私を見つめた。
「マーリンのことはちゃんと男の子だと思っているよ」
「本当ですか?」
「もちろん。女の子より可愛いし、柔らかいし、いい匂いがするよね」
教会の教典に則り伸ばしている髪に軽く口づけられる。彼はスキンシップが多いので、こういった行動は慣れてしまった。
「からかっているのですか?」
「そんなことないよ。マーリンはすごくかっこいいしね」
「かっこいい、ですか?」
「うん。今日の戦闘も大活躍だったね」
止まりかけた足を動かしながらカトラスが続ける。戦闘、というと障壁のことだろうか。それとも身体強化などの祝詞のことだろうか。
「マーリンが仲間でよかったなって思ってるよ。でも同じくらい時々怖くなるんだ」
「カトラスにも怖いものが?」
「あるよ。例えばマーリンがどこか、それこそ神の国に連れて行かれちゃうんじゃないか、とか」
「そんなまさか」
「背中に羽があるかもしれないなんて考えると、恐怖で眠れなくなる」
「そんなに……」
「だから、ね、見せてくれない?」
「え?」
いつの間にか今日泊まる予定の宿の部屋にいた。二人一組の部屋割はいつも私とカトラスだ。彼の手のひらが私の背中をそっとなぞる。
「絶対痛いことはしないから」
いつもと同じ表情で、瞳の奥に暗い炎が揺らめいている。私は彼の眼の前で手を打った。
「……え?」
「よいですか、カトラス」
「はい」
「お付き合いしているわけでもないのに、みだりに肌をお見せするわけにはまいりません」
「それは、うん。ごめん」
あからさまに落ち込む姿は見ていて少し可哀想にも感じる。けれど、何事も始めが肝心なのだ。
「カトラスは、私のことをどう思いますか?」
「好きです」
「お付き合いしてもいいくらいですか? 私は男ですよ」
「家族になりたいくらい、好きです」
真摯な目で射抜かれる。性別が関係ないと言葉にされるより雄弁に私のことを求めている。
「私も、貴方が好きです」
言葉を返せば感極まったように抱きしめられた。熱い身体にほっと息を吐く。僅かに聞こえる泣き声が可愛らしい。
「背中、確かめますか?」
彼の耳元で、息を吐くように囁いた。
これからは神に願うのではなく、明日も良き日にすると神に祈ろう。
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