勇者かける

青空びすた

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×格闘家

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 斬撃の音と、硝煙の臭い。こびりつくような鉄臭さと視界を覆う砂煙。記憶の一番初めはいつも死の臭いだ。
 砂煙が晴れた頃に見えてくるのは、すでに土より冷たい倒れ込んだ同僚と冷えていく片腕のない上官。知らない誰かの足が飛んできて、上半身のない体から転がっていて。闇よりも濃い赤に目の前は塗りつぶされる。
 戦って戦って戦って戦ってたたかって。気づけば戦場で立っているのは自分だけだった。

 熱に浮かされるように身体を動かす。見飽きた悪夢は頭の隅に追いやって、現在に集中する。欲望のままに拳を奮い、いなされ、蹴りを繰り出す。
「はなしを、聞け! レイブン!」
「はは、楽しいじゃねぇかアルバトス!」
 興奮を掻き立てられて、相手の剣先を左手で弾く。留め金のはずれた手甲が飛んでいった。体勢を崩した相手に蹴りの連撃。難なく避けられ、距離を取られる。詰めようと駆け寄るが、相手は剣を投げ捨て俺の両腕を掴んだ。
「なんのつもりだ!」
「それは、こっちのセリフだ、レイブン」
 何年ぶりだろう幼なじみは俺の足を払い地面に引き倒した。肺が圧迫され、息が漏れる。骨を折られる覚悟をしたのにその衝撃はいつまでも襲ってこない。
「レイブン、どういうつもりだ」
「っは、何がだよ」
「どこに行ってたんだよ」
 攻撃された理由より先に、自分の前から消えたことを問いただす勇者様。そういえばこういうやつだったな、なんて体から力を抜く。抵抗が消えたからかアルバトスも力を緩めた。抜け出せそうで、離れられない力加減。お優しいことだ。
「どこ、なぁ……」
 最後に会ったのはいつだっただろう。孤児として一緒に育ち、兵団の入団試験を受けて、二人で合格。けれど配属された部隊はばらばらで、俺の所属していた隊は壊滅した。
 さして珍しくもない話だ。魔王復活の折に各国がこぞって軍を差し向けたが、人間ごときでは歯が立たず滅んだ国もあったと聞く。あの地獄のあと、生き残った人間は散り散りに逃げた。国に帰っても良かったのかもしれない。
 けれどあの時に浴びた、戦場で一人立つ自分が生きているという快感。俺は脳内麻薬に取り返しがつかないほど犯されて、戦いの中でしか生を実感できなくなった。流れ流れて今は冒険者崩れだ。
 ぽつりぽつりと思い出すまま言葉をこぼす。
「一人で寝ることもできなくなって、なのに人を信じることもできなくなって、スラムのガキたちと暮らしてたんだ」
「スラムの?」
「そこで聞いた。アルが勇者になったって」
 いつの間にか、俺の腕をひとまとめに拘束していたアルバトスの右手が前髪に触れる。かき上げられ、視線が絡む。真剣な瞳の奥に揺れる炎が見えた。
 瞬間、溢れ出した脳内麻薬が俺を支配する。
ろうぜアルバトス! やってヤッてりまくって、最後には俺にとどめを刺してくれ! 殺されるならお前がいい!」
 叫んだ俺の首にアルバトスの手が伸びてくる。落ちる。そう思ったときには視界は真っ暗だった。

 目を覚ましたのは久方ぶりのベッドの上。左手が暖かくて目を向ければ、見慣れたスラムの少年ロビンが俺の左手を握りながら眠っている。
「離れたくないって」
 彼の反対側に目を向ければ、アルバトスが優しい眼差しで俺たちを見ていた。じっと見つめてみるがあの時の炎は見えない。つまらくなって右手でロビンの髪をすいてやる。
「なんで殺さなかった?」
「殺されたかったのか?」
 手を止めてアルバトスに向き直る。右手で胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「……言っただろ。殺されるならアルがいい」
「俺は、レイブンを殺したくない。だからって殺されるわけにもいかない」
 興醒めだ。掴んでいた服をぱっと離して軽く突き飛ばす。しかしその腕を引く前にアルバトスの両手で握られる。左手のロビンが気になったが起きる様子もなく静かな寝息だ。
「なんのつもりだ」
「レイブン、一緒に行かないか?」
「はっ、またあの地獄に行けってか?」
「いや。俺は死なないし、仲間を死なせるつもりもない。それに」
「なんだよ」
「お前には乗り越えてほしい」
「……こいつらを置いてけねぇ」
 むずがるロビンから左手を取り返してそのまま頭を撫でてやる。穏やかな寝顔にほんの少し気持ちが凪ぐ。
「なら、故郷に連れて行こう。母さんに任せればきっと大丈夫だ」
「ばーか。あそこも今はいっぱいだろ」
「じゃあ俺の家で預かる。勇者になってから屋敷をもらったからな。何人くらいだ?」
「……ロビンを入れて三人」
「わかった。連絡しておく。これで一緒に行けるだろ」
「行くとは言ってない」
「行かないとも言ってない、だろ?」
「お前の仲間にはなんて説明するつもりだよ」
「全部そのまま説明する」
 外堀が埋められていくのを感じる。目線を動かしなんとか打開策を探る。けれどそれを許さないとばかりにアルバトスは俺の顎を掴んで視線を合わせた。
「戦え、レイブン」
 戦闘中毒には適格な言葉で嬲られて頭が沸騰する。眼の前が真っ赤になったとき、突然視界が遮られた。胸に抱き込まれたようで、とくとくと聴こえる穏やかな心音と、包み込むような温かさ。
「どんなときでも俺がいるから」
 こんなのもう、るしかないじゃないか。胸がむかむかする。手のひらで踊っているようで腹が立つ。沸いた血を抑えつけるように、獲物の首筋に噛みついてやった。
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