勇者かける

青空びすた

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×魔法使い

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 洞窟ダンジョンを支配していたボスに、勇者のアケビアが剣でとどめを刺す。シーフのポーチュラカが駆け寄りハイタッチした。聖者のクリサンセマムはその光景に微笑みを浮かべている。
 ポーチュラカもクリサンセマムもまだ子どもだから、今のでレベルが上がったかもしれない。
 私はというと、みんなから一歩引いた場所でそれを見ていた。ぐらりと視界が歪む。魔法を使いすぎたのだろう。己の魔力を過信していたわけではないが、大技を連発しすぎた。
 みんなに気付かれないように、魔力を貯めた腕輪に触れる。こんなときのために毎日少しずつ蓄えたのだ。
「ドラセナ、帰ろう!」
 ポーチュラカに声をかけられて体が跳ねる。こんな場所だというのに、自分でも気づかないうちに気を抜いていたのだろうか。
「すぐに行きます、みんなは先に」
「なんだよ、何かあるのか?」
「ええ。トラップ系の魔法の解除を」
「待ってよっか?」
「終わり次第すぐに向かいますよ」
「……わかった」
 納得しきれていないのか、むくれながらも了承してくれた。彼はアケビアとクリサンセマムに声をかけ、三人で外に向かう。
 いじっぱりな私はそれを見送った後、かろうじて杖に縋り付きゆっくりと体を横たえた。
 魔力不足で目眩がひどい。胃にはなにもないのに吐きそうだ。ずきずきと頭も痛む。少しだけ、なんて自分に言い訳をして目を閉じる。

 脳裏に描くのは振り返りもしなかったアケビアのこと。
 いつからか、私はすっかり彼を好きになってしまっていて、その背中を追いかけるように旅を続けている。
 初めは彼一人だった。そこに私が参加して、孤児だったポーチュラカを拾って、行き場を無くしたクリサンセマムが仲間になった。
 みんなのことは大好きだし、仲間としてとても大切に思っている。けれど時々二人きりだった時のことが懐かしくなるのだ。自分の醜さに嫌気が差す。
(あと10数えたら目を開けよう)
 ゆっくり心の中で数を数える。魔法使いは感情に支配されてはならない。師匠から教わった大切なこと。幼い頃から落ち着きたいときは数字をなぞっていた。
 ふいに自分以外の気配を感じる。まだ6までしか数えていない。
 ぐるると低い唸り声。明確な敵意。
 かっと目を見開いて、腕輪からありったけの魔力を回収する。街まで帰れるか怪しくなるが、生き残ることが先決だ。
「まだ死ねない」
 口の中で言葉を転がして、体を振るい、杖を薙いで、魔法を飛ばす。生死を確認する前に次の魔法を発動させる。手を、足を、がむしゃらに動かす。頭を全力で回転させて、ただ目の前の敵と戦うことに全力だった。

 どれくらいの時間が経っただろう。なんて、せいぜい一時間程度だろうか。魔力はとっくに尽きていて、最後の一匹を杖で殴り殺す。顔についた返り血を拭う。相手が動かなくなったのを確認してから、今度は杖に縋る間もなく後ろに倒れた。
 指一本まともに動かせない。眼の前が暗くなっていく。瞼は開いているのか閉じているのか。音もだんだん聞こえなくなってきた。
 気を失うってこういうことかと意識を手放した。


 ゆらり、ゆらりと体が揺れる。
 暖かな誰かに背負われている。
 これは夢だろうか。
 それとも記憶かもしれない。
「せんせい」
 私を愛してくれたのは、後にも先にも師匠だけだ。
 抱きしめられるような温もりに思わず縋りつく。
「がんばりました。ほめてください」
 少し幼すぎたかもしれない。ふふ、と笑ってまた意識を闇の中へ沈めた。

 誰かが、手を握っている。啜り泣くような声も聞こえる。可愛い子、泣かないで。私は君が大好きだよ。
 伝えられたらいいのに、私の体は動かない。

 誰かが、私の頭を撫でている。優しいその動きが心地よくて、私も同じようにしてあげたい。君のことが大好きだよ。
 それでも、私の瞼は上がらない。

 私を包み込む優しい誰か。抱きしめられたことなんてもう随分とないはずなのに、なぜだかとても懐かしい。心地よい声に誘われる。
 けれど、私の言葉は声にならない。


 薬草の臭いが鼻を擽る。瞼を開くと、木目の天井が目についた。体を起こせないまま思考を巡らせる。ここはどこだろう。
「気づいたか」
 目だけでそちらを見れば、白い服を着た男性が立っていた。口を開くが、掠れた音しか出ない。ぱくぱくと唇を動かす。
「あー、待て待て」
 男は手で制し飲み口の狭いコップを私の口元に運ぶ。うまく飲めず口から大半が溢れてしまった。それをタオルで拭われる。
「ここ、は? せんせいは?」
「あん? まだ混濁してんのか」
 私の頭を乱暴な手つきで撫で、瞼に優しく触れられる。
「難しいこと考えてないで、今は寝ろ」
 暖かな闇に誘われて、私の意識は再び夢の中へ。

 私がまた目を開けたのは、夕闇の迫った時間だった。相変わらず体は動かない。白い服の男は、今は居ないようだ。喉が渇いた。ダメ元で師匠に念を送る。
 ふわりと風が吹いて、大好きな人が側に立っていた。
「ドラセナ」
 師匠に優しく頭を撫でられる。嬉しくなって顔が緩む。柔らかな手で上体を起こされ、師匠の取り出した水筒で喉を潤す。
「せんせい」
「久しぶりですね、ドラセナ。どうしたのですか?」
「ひ、さしぶり?」
 ぼんやりとして意識が纏まらない。長く会っていなかっただろうか。師匠は嘘をつかないからきっと本当に久しぶり。
「……魔力が枯渇しかけてますね。お家に帰りましょうか」
 師匠が笑う。私はその笑顔が大好きだ。ゆっくり、本当にゆっくりと手を伸ばす。
 ばたん、扉の開く音が聞こえた。そちらに顔を向けると、人が三人立っていた。
「ドラセナ、目が覚めたんだ!」
 子どもが笑顔で私に駆け寄ってくる。
「よかった」
 線の細い少年が笑顔で涙ぐむ。
 もう一人、帯剣した彼は、何故か師匠を睨んでいる。
「返してもらう」
 彼はそう言って、師匠から私を奪うように腕の中に閉じ込めた。突然背中から抱きしめられて、驚きで声も出ない。師匠は呆れたように深いため息をついて、彼に刺すような殺気を向けた。
「乱暴はやめてください。ドラセナは魔力が枯渇してます」
 彼は私を抱く腕に力を込めて、師匠を睨み返す。
 怯える私に気づいたのか、師匠は殺気を緩めた。しゃがむように私と目線を合わせ、優しく頬を撫でてくれる。
「ドラセナ、お家に帰りましょう」
 いつの間に私の魔力は無くなってしまっていたのか。思い出そうとすると頭がずきずき痛む。促されて、また師匠に両手を伸ばす。
「いい子です」
「ドラセナ、行っちゃうの?」
「ポーチュラカ、今は……」
 子どもがひどく傷ついたような顔で私を見ている。少年が子どもを嗜めるように、その子の肩に触れた。無性に愛しさが込み上げて、子どもに右手を差し出した。
「一緒に」
 その言葉を聞いて私の体に回った腕が震えだす。驚いて見上げれば、彼は静かに泣いている。
「嫌だ」
「え……?」
「嫌だ。捨てないでくれ、ドラセナ」
 大量の涙を零しながら私に言う。彼のこんな姿は見たことがない。ずきりと頭が痛んだ。
「愛してる、だから、離れないで」
 恥も外聞もなく彼は、アケビアは私に言う。
「捨てるはずありません」
「ドラセナ?」
「アケビア、私も愛してます」
 言った瞬間、感極まったように再び強く抱き込まれた。
「戻りましたか」
「師匠、ご迷惑をおかけしました」
「いいのです。子どもはいくつになってもかわいい」
 師匠は笑いながら私の頭を撫でる。
「ところで、この子は孫ですか?」
 いつの間にか、ポーチュラカまで私にしがみついていた。震える様子から泣いているのがわかる。クリサンセマムは遠慮しているのか、少し離れたところに立って、泣いている。ポーチュラカを撫でるのと反対の手を彼に伸ばした。
「この子たち、です」
 弾かれたようにクリサンセマムも私の側に来る。愛しい仲間かぞくたちを抱きしめて私はようやく安心した。
「そろそろいいか?」
 白衣の男が開かれたままの扉をおざなりに叩いて、全員に声をかけた。

 白衣の男は医者で、ここは洞窟ダンジョンから一番近い診療所だった。
 診察の結果、体に異常は無いが魔力の消耗が激しいため、半年は自宅で療養するようにとのこと。
 師匠に帰省を勧められ、子どもたちも連れて行くつもりだった。けれど、アケビアが猛反対したので、ほとんど帰らない自宅に戻ることになった。

 郊外の一軒家とはいえ、五人も集まると手狭である。
 反対した本人が勇者の仕事でほとんど家に居なかったり、ポーチュラカが魔獣を拾ってきたり、クリサンセマムが恋人を連れてきたりと色々あったけれど、楽しい一ヶ月を過ごした。
 月の明るい、ある晩のこと。
「さて、私はそろそろ帰ろうかな」
「もうですか? 子どもたちもまだ寝てるのに」
「あぁ。起きてると名残惜しくなってしまうからね」
「……わかりました」
「ドラセナ、いつでも呼んでおくれ。心はいつでも繋がっているから。できれば、今度は魔力を使い切る前にね」
「ごめんなさい」
「聞きたいのは、違う言葉かな」
「ありがとう」
 額に優しい口づけを贈られ、師匠は瞬きの間に、風と共に姿を消した。寂寞感に苛まれて窓を大きく開く。後ろから慰めるように抱き締められた。
「大丈夫ですよ」
「泣いていい」
 優しく囁かれて体ごと振り返る。アケビアは優しい目で私を見ていた。
「泣きません」
「寂しいんだろ?」
「大丈夫です。あなたがいるから」
 宥めるように引き寄せられて、唇を交わす。彼の穏やかな魔力が流れ込んできた。
「これは、いいな」
 そう言ってアケビアは何度も私に口づける。
 可愛い子どもたちと、愛しい人。私は確かに幸せなのだろう。

 半年後、味をしめた勇者様が、私が魔法を使うたびにキスをするようになったのは家族だけの秘密である。
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