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×人魚
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人魚の入り江、そこに僕の家がある。父様は水辺の生き物を纏める王様で、母様は水の精霊。僕は父様に似た体をしてるから、上半身は人に近いけれど、下半身は魚だ。
ここには人間さんが時々素材を集めに来たり、船を出したり、付近の洞窟を訪れたりするけど、みんな友好的だから怖くはない。
今日は天気がいいから洞窟の側まで泳ぐ。気分がいいから鼻歌も歌っちゃう。いつだったか人間さんに教えてもらった歌。元気が出るから僕大好き。
洞窟に近づくに連れて、生き物たちの様子がおかしくなってきた。普段は大人しい子たちが怯えている。好戦的な子たちは、とても警戒している。僕も警戒しながら、母様から受け継いだ水の力で空中を泳ぐ。
洞窟の側まで来ると、血の臭いがした。いつだったか、漁をする人間さんが「生き物は血がなくなりすぎると死んでしまう」と言っていたのを思い出す。
これだけの臭いだ。もう死んでしまったかもしれない。
音を立てないように進むと洞窟の入口辺りに人間さんがうつ伏せで倒れているのが見えた。ぱちゃん、と水飛沫を飛ばしながら、その人間さんのところまで泳ぐ。
どきどきとうるさい心臓を落ち着けるように深呼吸。そっと右手を伸ばして呼吸を確かめる。微かだけれど、まだ息がある。
(助けなきゃ!)
見ず知らずの人間さんを見て、でもなぜだかそう思った。自分の直感を信じる。
地上では無理でも水中でなら。僕は人間さんをひっくり返す。お腹が鋭い爪のようなもので引き裂かれているのがわかった。担ぐことはできないので、人間さんの上半身を抱えて引きずる。地面に人間さんの血の跡が続く。
やっとの思いで水辺まで運び、まずは足をつける。少し意識が戻ったのか、人間さんが呻いた。そういえば陸上の生き物は水の中で息ができないんだった。はっと気づいて、僕は自分の鱗を一枚剥がす。ピリッとしたが大したことない。
鱗を人間さんの口元に置くけれど、うまく飲み込んでくれない。僕はしぶしぶ自分の鱗を口に加えて、水と一緒に口移しで流し込む。ごくり、と喉がなったのを確認してから、彼を水の中に引きずり込む。
人間さんは相変わらず痛みに呻いているけれど、ちゃんと呼吸はできているようだ。一番大きな腹の傷に口づける。
細胞を活性化させて、止血と回復を促す。水の精の魔法は、残念ながら万能ではない。けれど確実に血は止まった。
次は外に出てしまった血を補わなきゃ。ちゃぷんと水上に顔を出す。地面に流れた血は乾きかけているし、不純物も混ざっているからから使えそうにない。
水中に戻って少し考える。血の代わりになるものが思いつかなくて、魔力でいいやと、また人間さんの口に僕の口をくっつける。ゆっくり、ゆっくりと魔力を流し込めば体が少しずつ暖かくなってきた。
細かな傷はあるけれど、もう大丈夫だろう。
再びそろりと水上に顔を出す。危険がないことを確認して、意識のない人間さんを引っ張り上げる。
人間さんの上半身を地上に預けた瞬間、右肩が酷く熱くなった。
「え……?」
何が起こったのかわからなくて、熱い部分を見る。そこには長い矢が刺さっていた。
「彼をどうするつもりですか!」
声のした方を見ればそこには三人の人間さんが怖い顔で立っていた。
あつい、熱い、怖い
騒がしかったからか、意識を失っていた人間さんがゆっくりと目を開ける。
この人間さんも、怖い顔をするんだろうか。
一度そんな風に考えてしまったら、耐えられない恐怖に襲われた。濡れた髪の向こうの目が、僕を見ている。
「君が……」
人間さんが何かを言った。でも僕はどうしょうもなく怖くなって、ばしゃり、と水に溶けた。
逃げ帰った我が家、貝のベットで母様に縋りついて泣く。本当に怖かったんだ。もう二度とあんなところには行かない。
「まぁまぁ、ラメール。可愛い僕ちゃん。そんなに泣いたらお目々が溶けてしまうわよ」
「溶けてもいいもん。僕、水の精になる……」
「あらあら、何があったの?」
僕の頭を撫でながら困ったように言う母様に、僕は洞窟付近でのあらましを全部ぶち撒けた。母様は口元に手をやってふふふと笑った。
「ラメールも、大好きな人を見つけてしまったのね」
「も?」
「そうよ。我々水の精は、どこにでもあるしどこにでも流れる。だから留まれる場所をいつも探してる。そういう性質なのね」
「難しくてわかんない」
「まぁまぁ、困った僕ちゃんね」
母様はまた僕の頭をよしよしと撫でて、話を続けた。
「ところで、その方はなんてお名前なの?」
「……知らない」
「あらあら。生きてはいるんでしょう?」
「……たぶん」
僕は不貞腐れながら母様に顔を擦りつける。僕の雰囲気を感じ取って、母様はゆっくりと歌ってくれた。
それは人間さんたちの歌とは違う、穏やかな子守唄だ。僕はそれを聴きながら、母様の腕の中でうとうとと微睡む。尾びれまで力を抜いてぷかりと浮いた。
「おやすみ、ラメール」
母様の言葉を最後に、僕はすっかり夢の中。
あれから数日が経った。
僕はなんとなくやる気が出なくて、ぷかぷかと水中を流れる。
すいーっと僕の横を母様が流れてきた。
「どうしたの?」
「ラメールちゃん。お客様よ」
「僕に?」
「父様に、かしら。おいで」
僕は流されるまま全身の力を抜く。母様はそのまま僕を抱えて父様たちのいる部屋まで連れて行ってくれた。
物陰からそっと中を覗く。そこには父様と、あのときの人間がいた。
「人間さんだ!」
僕は思わず飛び出して彼の体をぺたぺた触る。人間さんはびっくりしながらも、僕の好きなようにさせてくれた。
「もう血は出てない? どこも痛くない?」
「あ、あぁ。それに」
「それに?」
「あのときの彼らも、その、勘違いして本当にごめんなさい、と」
彼らは僕を洞窟に住むモンスターの仲間だと思ったらしい。重症の彼を水の中に引きずり込んで、溺れ死にさせようとしているように見えたんだとか。
僕は想像だけで怖くなって体を震わせたあと、ふるふると首を横に振る。仲間が襲われていると思ったら、どんな生き物だって相手に向かっていく。
「怒ってないよ。それに、こんなに素敵な贈り物もくれたもの」
謝罪とともに差し出された果物を少し齧る。甘酸っぱくて最高だ。
「ねぇ、人間さん。僕はラメールっていうの。あなたは?」
「俺はソレイユだよ」
「ソレイユ!」
名前を知ったソレイユを何度も呼ぶ。彼は何度でも返事をしてくれる。それがくすぐったくて楽しい。
「ソレイユはいつまでここにいるの?」
「今は君のおかげで水中にいられるけれど、もうすぐ地上に戻らなきゃ。あぁ、でもこの前の洞窟で仕事があるから、この近くにはしばらくいるよ」
「わぁ、嬉しい」
ご機嫌にソレイユの周りをくるくると泳ぐ。彼を見ているだけで気持ちが抑えられなくなってくる。なるほど、母様が言っていたのはこういうことだ。
「ソレイユ、大好き! 僕を側に留まらせて」
「何を言い出すんだ、ラメール」
「お願い、父様。いいでしょう?」
「しかし、ソレイユ殿は勇者だ。危険なこともあるだろう」
「じゃあじゃあ、あの洞窟での仕事が終わるまで! それならいいでしょ?」
「ふむ……ソレイユ殿、頼めるだろうか」
「ラメールは命の恩人です。この身に変えても守りましょう」
「変えちゃ駄目だよ!」
僕は必死で説得するけど、ソレイユは聞いてくれない。父様は渋々頷いて、僕たちを送り出してくれた。このチャンスを活かして、僕が役に立つってところをソレイユに認めさせるんだ。母様だけは僕の思惑に気づいていたようで、くすくすと笑っていた。
ソレイユと一緒に向かった地上では、あのときの人間さんたちがまた謝ってくれた。三人の頬に怒ってないよと口づけて、びっくりした顔にケラケラ笑う。
その後は改めて自己紹介。これで僕もソレイユの仲間だ。嬉しくなって空中にぱしゃりと水飛沫を上げた。
ここには人間さんが時々素材を集めに来たり、船を出したり、付近の洞窟を訪れたりするけど、みんな友好的だから怖くはない。
今日は天気がいいから洞窟の側まで泳ぐ。気分がいいから鼻歌も歌っちゃう。いつだったか人間さんに教えてもらった歌。元気が出るから僕大好き。
洞窟に近づくに連れて、生き物たちの様子がおかしくなってきた。普段は大人しい子たちが怯えている。好戦的な子たちは、とても警戒している。僕も警戒しながら、母様から受け継いだ水の力で空中を泳ぐ。
洞窟の側まで来ると、血の臭いがした。いつだったか、漁をする人間さんが「生き物は血がなくなりすぎると死んでしまう」と言っていたのを思い出す。
これだけの臭いだ。もう死んでしまったかもしれない。
音を立てないように進むと洞窟の入口辺りに人間さんがうつ伏せで倒れているのが見えた。ぱちゃん、と水飛沫を飛ばしながら、その人間さんのところまで泳ぐ。
どきどきとうるさい心臓を落ち着けるように深呼吸。そっと右手を伸ばして呼吸を確かめる。微かだけれど、まだ息がある。
(助けなきゃ!)
見ず知らずの人間さんを見て、でもなぜだかそう思った。自分の直感を信じる。
地上では無理でも水中でなら。僕は人間さんをひっくり返す。お腹が鋭い爪のようなもので引き裂かれているのがわかった。担ぐことはできないので、人間さんの上半身を抱えて引きずる。地面に人間さんの血の跡が続く。
やっとの思いで水辺まで運び、まずは足をつける。少し意識が戻ったのか、人間さんが呻いた。そういえば陸上の生き物は水の中で息ができないんだった。はっと気づいて、僕は自分の鱗を一枚剥がす。ピリッとしたが大したことない。
鱗を人間さんの口元に置くけれど、うまく飲み込んでくれない。僕はしぶしぶ自分の鱗を口に加えて、水と一緒に口移しで流し込む。ごくり、と喉がなったのを確認してから、彼を水の中に引きずり込む。
人間さんは相変わらず痛みに呻いているけれど、ちゃんと呼吸はできているようだ。一番大きな腹の傷に口づける。
細胞を活性化させて、止血と回復を促す。水の精の魔法は、残念ながら万能ではない。けれど確実に血は止まった。
次は外に出てしまった血を補わなきゃ。ちゃぷんと水上に顔を出す。地面に流れた血は乾きかけているし、不純物も混ざっているからから使えそうにない。
水中に戻って少し考える。血の代わりになるものが思いつかなくて、魔力でいいやと、また人間さんの口に僕の口をくっつける。ゆっくり、ゆっくりと魔力を流し込めば体が少しずつ暖かくなってきた。
細かな傷はあるけれど、もう大丈夫だろう。
再びそろりと水上に顔を出す。危険がないことを確認して、意識のない人間さんを引っ張り上げる。
人間さんの上半身を地上に預けた瞬間、右肩が酷く熱くなった。
「え……?」
何が起こったのかわからなくて、熱い部分を見る。そこには長い矢が刺さっていた。
「彼をどうするつもりですか!」
声のした方を見ればそこには三人の人間さんが怖い顔で立っていた。
あつい、熱い、怖い
騒がしかったからか、意識を失っていた人間さんがゆっくりと目を開ける。
この人間さんも、怖い顔をするんだろうか。
一度そんな風に考えてしまったら、耐えられない恐怖に襲われた。濡れた髪の向こうの目が、僕を見ている。
「君が……」
人間さんが何かを言った。でも僕はどうしょうもなく怖くなって、ばしゃり、と水に溶けた。
逃げ帰った我が家、貝のベットで母様に縋りついて泣く。本当に怖かったんだ。もう二度とあんなところには行かない。
「まぁまぁ、ラメール。可愛い僕ちゃん。そんなに泣いたらお目々が溶けてしまうわよ」
「溶けてもいいもん。僕、水の精になる……」
「あらあら、何があったの?」
僕の頭を撫でながら困ったように言う母様に、僕は洞窟付近でのあらましを全部ぶち撒けた。母様は口元に手をやってふふふと笑った。
「ラメールも、大好きな人を見つけてしまったのね」
「も?」
「そうよ。我々水の精は、どこにでもあるしどこにでも流れる。だから留まれる場所をいつも探してる。そういう性質なのね」
「難しくてわかんない」
「まぁまぁ、困った僕ちゃんね」
母様はまた僕の頭をよしよしと撫でて、話を続けた。
「ところで、その方はなんてお名前なの?」
「……知らない」
「あらあら。生きてはいるんでしょう?」
「……たぶん」
僕は不貞腐れながら母様に顔を擦りつける。僕の雰囲気を感じ取って、母様はゆっくりと歌ってくれた。
それは人間さんたちの歌とは違う、穏やかな子守唄だ。僕はそれを聴きながら、母様の腕の中でうとうとと微睡む。尾びれまで力を抜いてぷかりと浮いた。
「おやすみ、ラメール」
母様の言葉を最後に、僕はすっかり夢の中。
あれから数日が経った。
僕はなんとなくやる気が出なくて、ぷかぷかと水中を流れる。
すいーっと僕の横を母様が流れてきた。
「どうしたの?」
「ラメールちゃん。お客様よ」
「僕に?」
「父様に、かしら。おいで」
僕は流されるまま全身の力を抜く。母様はそのまま僕を抱えて父様たちのいる部屋まで連れて行ってくれた。
物陰からそっと中を覗く。そこには父様と、あのときの人間がいた。
「人間さんだ!」
僕は思わず飛び出して彼の体をぺたぺた触る。人間さんはびっくりしながらも、僕の好きなようにさせてくれた。
「もう血は出てない? どこも痛くない?」
「あ、あぁ。それに」
「それに?」
「あのときの彼らも、その、勘違いして本当にごめんなさい、と」
彼らは僕を洞窟に住むモンスターの仲間だと思ったらしい。重症の彼を水の中に引きずり込んで、溺れ死にさせようとしているように見えたんだとか。
僕は想像だけで怖くなって体を震わせたあと、ふるふると首を横に振る。仲間が襲われていると思ったら、どんな生き物だって相手に向かっていく。
「怒ってないよ。それに、こんなに素敵な贈り物もくれたもの」
謝罪とともに差し出された果物を少し齧る。甘酸っぱくて最高だ。
「ねぇ、人間さん。僕はラメールっていうの。あなたは?」
「俺はソレイユだよ」
「ソレイユ!」
名前を知ったソレイユを何度も呼ぶ。彼は何度でも返事をしてくれる。それがくすぐったくて楽しい。
「ソレイユはいつまでここにいるの?」
「今は君のおかげで水中にいられるけれど、もうすぐ地上に戻らなきゃ。あぁ、でもこの前の洞窟で仕事があるから、この近くにはしばらくいるよ」
「わぁ、嬉しい」
ご機嫌にソレイユの周りをくるくると泳ぐ。彼を見ているだけで気持ちが抑えられなくなってくる。なるほど、母様が言っていたのはこういうことだ。
「ソレイユ、大好き! 僕を側に留まらせて」
「何を言い出すんだ、ラメール」
「お願い、父様。いいでしょう?」
「しかし、ソレイユ殿は勇者だ。危険なこともあるだろう」
「じゃあじゃあ、あの洞窟での仕事が終わるまで! それならいいでしょ?」
「ふむ……ソレイユ殿、頼めるだろうか」
「ラメールは命の恩人です。この身に変えても守りましょう」
「変えちゃ駄目だよ!」
僕は必死で説得するけど、ソレイユは聞いてくれない。父様は渋々頷いて、僕たちを送り出してくれた。このチャンスを活かして、僕が役に立つってところをソレイユに認めさせるんだ。母様だけは僕の思惑に気づいていたようで、くすくすと笑っていた。
ソレイユと一緒に向かった地上では、あのときの人間さんたちがまた謝ってくれた。三人の頬に怒ってないよと口づけて、びっくりした顔にケラケラ笑う。
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