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第二十八話 常秋
しおりを挟む「非力非力。」
「無力よのぉ。」
「折って捨てれば良いのでは。」
それは、森に建てられた監禁小屋で火事が起きる前の事。
我らの神、天帝が定められたこの国唯一の王とその妃。
変わらぬ政治、変わらぬ頭、変わらぬ身分。
辟易していた。
上へ行く。
もっと力が欲しい。
誰も私に逆らうな。
蓄えたあご髭を撫で付けながら男は言う。
「女よりも細く骨の様な身体。ましてやあれで男なのでは、それは義栄様も奮起出来ませぬことだろうなぁ、皆よ。」
「まるで干からびた子供だぞ。」
「使いものにならぬのだろうよ。」
首をすげ替える事は、恐らく天帝の意に反するが。
妾を持たせるのは薮坂では無いだろう。
「男では成し得ない事を叶えて差し上げるのだ。王も我が子をお望みだろう?」
何せ男には無い胎があり、柔い。
龍王と言えど、性欲はおありのようだからなぁ。
それで子でも孕めば、王の血を引く唯一の子。
聞く耳を持たぬ訳にはいかないだろう。
そうなれば我らの地位は確立され、行く行くは法を変え、我らこそがこの国を治めるのだ。
「我らに力を!」
もし子を孕めなくとも、既成事実が有れば良いのだ。
妻がありながら他の女を抱いた事を口実に現王を引き摺り下ろす事も出来る。
「今こそ、我らの完璧な地位を築くのだ!」
「ぉおおーッ!」
集った男達は雄々しく猛る。
拳を突き上げ奮い立つその時だった。
ここに居るはずのない男の声が聞こえてきたのは。
「聞きしに勝る無能っぷりだ。あなた、悪巧みがお好きですね議会長殿?」
だが、柱の影から姿を現したのは彼一人ではなかった。
なんだ、女連れじゃあ無いか。
我々の集会の裏で密会とは、なかなか。
「義栄様の側近と言えどあなたも隅に置けない方のようですなぁ常秋殿?」
「それは彼女に失礼ですよ。この方は麒麟のおひとりで...あぁ、良かった。そのお顔から察するに説明は不要なようですね。」
「ま、さか...!?」
「麒麟の片割れ、鈴と申します。」
ふわりと微笑みながら頷く鈴だが、次の瞬間には鈴の指先が男どもを襲い壁へ叩きつけた。
「ぐ、は...ッ、」
霊獣・麒麟。
それは優れた頭脳を持ち、虫も踏まず、草花も折らない程に優しい霊獣で彼らは気に入ったモノを見付けると、気まぐれに姿を見せたりもする。
そして彼らを目にした人間は後世にまで名を轟かせる武将や軍師へと成った事もある。
その麒麟が何時に無く引っ付いて世話を焼いている、大切なモノにこの男たちは手を出したのだ。
こう言う時にピッタリの文句がある。
「バチが当だったようですね。」
常秋の放った言葉に、吹っ飛んだ男達は悲鳴をあげそのままゾロゾロと出口へ向かって走り出した。
「因みに麒麟のもうお一方と仙桃妃様は、現世で唯一無二の親友だったと聞いています。そうですよね鈴さん?」
「えぇ...私たち麒麟にとって、彼は胸の甘く溶けるように愛おしい存在なのですよ。」
「此方が火傷してしまいそうですね議会長殿?」
ひぃ、と槍玉に挙げられた議会長殿の情け無い声が響く。
「退け、くそっ、クソぉおお、!」
「常秋様、アレは貴方にお譲ります。その方があとで甘くなるでしょうから。」
「はィ...え、?」
何か隣の美しい女性から不穏な気配を感じたが。
「早く。」
「あ、あぁ、そうだな。」
思わず敬語も忘れてしまう程、美しい瞳だった。
唇は悦に浸った様に弧を描いている。
美しいモノは隠せというこの国で、女性特に大切に家庭の中でのみ、その心身を曝け出す事が許される。
それ以外の場でも、常に女性は尊重すべき存在なのだが。
常秋はここに来て初めて、女性の唇に感情が乗るのを見た。
この国でそんな機会はほぼ無い。
なんと例えたら良いものか。
常秋は胸をさすりたくなった。
言うなれば、急に二人の仲を詰められた様な、不意に飛んできた火の粉のような熱。
「これは、何という名前の罪だろうなぁ。」
「これで、一件落着ですね。」
「えぇ、ありがとうございました鈴殿。」
「いいえ、これで桃李さんが安心して眠れます。良い事ずくめですね常秋様。」
「鈴殿。ひとつ失礼を承知で申し上げたい事がございます。」
麒麟に意見をするなど、首が飛んでも贖えないが。
今、他に言える人物も自分しかいないだろう。
「恐れ入りますが、あなたもヒジャヴを纏われた方が宜しいかと進言致します。」
ふわり、と鈴が小首を傾げる。
何故と問うように常秋を見つめるその姿の可憐さを、恐らく本人だけが知らない。
無自覚ほど罪なものはないと痛感した。
その可憐さに惑わされ、ひとりの男が必死で心にムチを打ち鋼の様な心持ちでいるというのに。
この進言こそが命懸けだ。
「"美しいものは隠せ"と言うのがわが国でのルールです。どうか、その可憐さで憐れな男が現れてしまわぬ様、お願い致したく。」
「あなたは紳士ですね、常秋様。」
そう言って鈴は、またふわりと微笑んだ。
それから二人は別々の部屋へ向かう。
常秋はそのまま報告へ。
鈴は顔と髪を隠す為のヒジャヴを取りに桃妃宮へ。
部下へ保管庫の監視を任せ、主人の執務室へと続く廊下を常秋は歩く。
その胸はまだほの温かい熱が冷め切らない。
困惑と、知り得る全ての罪の名前を考えながら歩いている。
「彼の方は妻であり妹であるのだから、俺なんかの付け入る隙は無いな、」
敢えて名前は口に出さなかった。
だが、妻であり妹でもあるその2つの顔を持つ女性はそう多くはない。
それに、夫であり兄である存在が彼女には居るという事を
余計に実感させられただけだった。
これだから白珠の男は惚れっぽいと言われるんだ。
久々に覚えた胸の熱さは、幾つになっても歳の割には青臭く、気恥ずかしくもあったがやはり何時味わっても良い気持ちだと常秋は思う。
「俺も、結婚するか。」
何千年と、主人に仕える内にそう言う感情とは暫く疎遠になっていた。
そもそも言い寄ってくる女は皆、私の地位に興味がある。
「よぉ、常秋!」
ふと誰かに呼ばれ立ち止まる。
視界に入ってきた彼は常秋の数少ない友人だった。
「ウィム、久しぶりに見たなぁ。」
憲兵一の豪腕で槍の名手。
本名はウィサームだが、本人もそう呼ぶのを面倒くさがり
今ではウィムの方が名前よりも浸透している。
「今度、飲みに行こう常秋。お前の都合のいい日で良いから!」
「あぁ、今度な。」
そう容易い口約束をして、足早にウィサームは横を通り過ぎて行った。
あの気安く親しみ深い彼とは遠い昔の刹那のひと時。
事故の様な口付けをした事を常秋は、その後ろ姿を見つめながら思い出していた。
何故、今更あんな事を思い出すのか。
「飢えてるのか、?」
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