鬼と冬椿、あるいは雪融け

隼人 薙

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 その後、一行は進んでは休み、休んでは進みを繰り返し。
 その間、乱雑に扱われ、何も口にさせてもらえなかった僕は、だんだんと意識が朦朧もうろうとしてきた。

 きっと、近いうちに終わる・・・だろうな。
 何が、とは言えないけれど、なんとなく、そう予感がした。

 あれやこれやと考え事をする気力もうにない。
 指を動かすのも億劫おっくうで、ただ呼吸をしているだけの塊に成り果てている。
 いっそ、このままけるように終わってしまえたならいいのに。

 ゆらり、ゆらり。
 揺られて、揺られて。
 そして。
 何度目かもわからない。
 唐突に、どさりと降ろされる。
 また、騒がしくなるのだろうな。
 だが、その予想は外れる。

「へ、へへ……捧げ物でごぜぇやす。どうぞ、お納めくだせぇ……」
「はいはい、ご苦労さん」

 いつもの騒々しい声が、相手に擦り寄るような色を帯びている。
 それに対して聞き覚えのない、耳通りの良い声の持ち主が応えた。

「……これは?」
「あぁ、そいつぁ鬼子でさぁ。女を見逃す代わりに寄越してきたんで」

 上から会話が降ってくるが、その内容は耳を素通りしていく。
 もう、入ってくる言葉の意味を理解することもできない。

「ふうん、鬼子ねぇ? ……さしずめ、奪われたくない娘の身代わりにってとこ?」
「へぇ、左様で」
「でもさ、その娘、そこにいる子だよね?」
「もう一人いたんでさ。そっちは約束通り、見逃しやした」
「あぁ、そういうこと。わかった、君たちもう行っていいよ」
「へぇ」

 幾人もの足音が遠ざかっていく。
 やがてその音が聞こえなくなると。

「鬼子かぁ……さっきから全然動かないんだけど。まさか、死体じゃないだろうな?」

 何やらぶつくさと呟く声がする。
 ごそごそと、袋をいじっているらしい。

「うわ、足ほっそ……てか骨! これもう骨! え? 死んでないよな? 冷たすぎて不安になるんだけど……はい骨! 腕も骨!」

 袋を少しずつめくる度、声の主は一人で騒ぐ。

「えぇ……死体じゃん。これもう死体でしょ……ん? 胸動いて……息してる!? 息してる! 生きてるこれ!」

 がばり、と袋が取り除かれる。
 薄暗い場所にいるらしく、光が目を刺すことはない。
 目を開けて、それを確認することもできないけれど。

星熊ほしくまぁ! 俺ちょっと兄貴んとこ行ってくるから! この場は任せた!」
「了解っすー」

 声の大きさに反して、優しい手つきで持ち上げられる身体。
 もう一人いたらしい人物の声に見送られ、どこかへと向かう。
 今までとはまるで違う安定感に、ゆっくりと意識が沈んでいく。
 が。

「兄貴ぃ! こいつ見てくれ! 死にかけの骨!」
「……お前はもう少し静かにできないのか? そんな大声を出さずとも聞こえている」

 大きな声に引き戻され。

「死にかけの骨? 何を言っている。骨はみな死んだ後の姿だろうに」

 静かで、深くて、柔らかくて、それでいて力強い。
 不思議な声に、惹き付けられる。

「えっと……ゴメンナサイ……」
「全く……それで? 骨がどうした」

 この声の主が、見たい。

「あぁ。見てくれ、こいつ」

 腕をそっとなぞる感触がする。
 優しい、あまりにも優しい触れ方。

「……痩せすぎだな。どこから連れてきた」
「盗賊団の一つが、みやこから。娘の身代わりにこいつを寄越したらしい。……鬼子だってさ」
「鬼子。愚かな……」

 不思議な声に、苦々しさがにじむ。

「人……だよな、やっぱり。白いけど」
「あぁ、人だ。憐れな……同じであるはずの人の愚かさのために、命を落とす」
「可哀想になぁ……」

 腕に置かれていた感触が、離れていく。
 お願い、行かないで。
 終わるまで、ここにいて欲しい。
 指を、まぶたを、必死に動かす。

「あ、兄貴、こいつ……」

 ゆっくり、ゆっくり、重いまぶたを押し上げる。

 初めに映ったのは、黒。
 優しくて深い、闇の色。
 それから。
 あかい、あかい、あかい。
 視線が、らせない。
 引きり込まれそうな、目。
 不思議な声の主がいた。

 じっと見つめ合う。

「……兄貴?」

 窺うような声に、赤い目の人物はゆっくりと瞬きをする。
 そして。

「……試す価値はある、か」

 そう呟くと、指を口元に持っていき……歯を、立てた。
 口元から離された指先には、赤い色がじわじわと広がっていく。

「兄貴!?」
「お前は少し黙っていろ」

 驚く声を一言で封じた赤い目の人物は、その指を。

「むぐっ」

 僕の口に、ねじ込んだ。
 不快な味が喉へと流れていく。
 喉をさすられて、こくり、と飲み込んだ。
 とたん、お腹の底がカッと熱を持つ。
 その熱は瞬く間に身体を駆け巡る。

「耐えろ。足掻け。生き抜いてみせろ」

 そんな言葉と共に、僕は意識を飛ばした。
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