皇兄の贖罪、皇帝の切願

隼人 薙

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「邪魔だわ。何処どこかにやってしまって」

 それだけ吐き捨てると、皇后は興味を失い、目の前の官吏かんりから視線を外す。
 この言葉は、左遷させんの宣告。
 忠言ちゅうげんを聞き入れられることなく左遷を決められた官吏は、真っ向から皇后を睨み付ける。

 私は始めから居ない者扱いだ。
 何故なら。

「はい」

 と。
 皇后の言葉に、と答えるだけだから。

 皇帝が崩御して半月。
 政権は、皇后が握っていた。
 ああしたい、こうしたい、とわめいては苦言を呈され、気に食わない者を遠ざける。
 興味の向かないものは全て私に投げ、やりたい事しかやらない。
 垂簾すいれん政治のつもりなのだろうが、それにしたってお粗末すぎる。
 それでも私は、皇后の望むままにそれらを淡々と処理していった。

 表向きは。

 欲しがったものは定期的にまとめて与え、手に入らなかったものを誤魔化し。
 こうしろ、と言ってきた律令格式りつりょうかくしきの提案という名の命令には、手を加え、実際には効力を発揮しない、どころか皇后の勢いを削ぐ方向にねじ曲げ。
 左遷を叩き付けられた者が使える者であれば、今は閑職とされる、けれど有能な者が座れば機能する職に置き、さらにその下に育ちきっていない人材を配置していった。

 皇后にも、官吏や大臣たちにさえも、気付かれないように。
 ただ、さすがに人事に関しては、一人ではそれぞれの人物の能力を把握することはできないため、范大尉に助力を乞うた。

 皇后は、単純だ。
 周囲が自分の思い通りに動いていれば、満足して、大人しくなる。
 特に、一番大事な手駒である私が思い通りであれば。
 たとえそれが、表向きだけであっても。

 裏を読むということを知らないのだ。
 そうやって育てられたがゆえに。

 美しくあれば、誰もが褒めたたえてくれる。
 権力を持っていれば、誰もがかしずいてくれる。

 皇后の行動原理は、それが全て。
 皇帝に差し出すために、おざなりな愛情だけを注がれて、ろくな知識も与えられず育った。
 権力者によってつくりあげられた、あわれな女。
 元々は、愛されたいと、ただそれだけであっただろうに。

 かなしい人だとは、思う。
 そして、私は運が良かったのだ、とも。
 一時いっときとはいえ蘇芳に愛情をもらい、范大尉に知識をさずけられたのだから。

 あにうえ、と。
 私を無邪気にしたう、小さな蘇芳が脳裏にぎる。

 蘇芳を守るために、私は人形にてっし、皇后に従うふりをして裏から手を回し続けてきた。
 そのかげでは、不幸になった人が幾人いくにんもいることだろう。
 けれどその人々に対して、私は何も思うことはない。

 蘇芳さえ無事なら、他はどうでもいい。
 私自身すら、どうなろうとも構わない。

 きっと、私は壊れている。
 こんな私よりも、蘇芳の方がよほど皇帝に相応ふさわしい。
 だから。

 私は、私を消す。

 実の母を手にかけた、狂った皇帝として。
 まつりごとを混乱におとしいれた、暗君あんくんとして。
 この国にまりきったうみごと、私は消えよう。

────蘇芳殿下も、悲しまれましょう。

 耳の奥でこだまする声に、何度もかぶりを振った。
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