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猫だるま古書店・訪問編
怪しすぎる店
しおりを挟む一瞬、頭が真っ白になる。
「えええええええ!?」
ミトラは焦り、うろたえた。
「そんなばかな! だだだだだって、じーちゃんの遺言書にはちゃんと『東京都千代田区神田神保町四丁目一番地』の『猫だるま古書店』に行けって書いてあったのにー!」
現住所の覚え違いか、うっかりミスか。
店に電話をかけて住所を確認しようにも、電話番号は書いてなかった。
……どうする!? スマホで検索!? でも間に合うかー!?
ミトラの身体を狙う本魂群団が目前まで迫る。
「みつけたぞお」
「そーこーかーあああああああ」
雄叫びが轟く。回転式ドリルのように本魂が突っ込んでくる。とうとう結界が破られた。
「あるじさま!」
チズが鋭く叫び、両手を広げてミトラを庇う。
――逃げる時間はない!
ミトラがとっさに早九字を切ろうとした、瞬間。
ふっと、景色が一変した。
「……え?」
道幅の狭い裏小路に、『純喫茶』『お食事処』『手打ち蕎麦』『甘味あんみつ屋』など、古びた看板が目立つ。 建物も木造や赤煉瓦造り、なまこ壁の貼られた重厚な土蔵など、レトロな外装だ。
店々の玄関先には、身をくねらせた松の木や赤い椿がこぼれるように咲いている。
道はアスファルトではなく、石畳。
どこからか仄かに白檀の薫りが漂い、三味線のいい音が聞こえてくる。
周囲を探っても、本魂たちの荒ぶる気配はどこにもない。ついでに言うと、人気もない。
「ニャー」
不意に猫の鳴き声がした。足元を見れば、ふてぶてしい眼つきのシロクロ猫がいる。ミトラを見上げ、ついて来い、と言わんばかりに長い尻尾をユラユラ揺らして歩き始める。
ミトラは猫の後についていくことにした。
……どこにいくんだろ?
行き先を怪しむ間もなく着いた先は、一軒の町屋だった。
端整な趣の中二階造り。虫籠窓や黒格子が美しい。黒い一文字瓦の屋根の上には、魔除けの神の代わりか、だるまに猫耳のついた猫だるまが置かれている。
シロクロ猫はばったり床几と犬矢来を足場に屋根に駆け上ると、なんと、猫だるまに飛び込む。
すると、閉じていた猫だるまの眼がぱかっと開いた。
「……」
ミトラはあんぐりと口を開けて固まった。
まさか、と疑う。
自然と玄関先に吊るされた暖簾に眼が吸い寄せられる。
そこには滑らかな行書体で、こう書かれていた。
『猫だるま古書店』
「やっぱりかー!」
ミトラは頭を抱えて唸った。
地図にない住所に建つ店。無人の裏小路。猫がだるまに飛び込む摩訶不思議。
どう見ても怪しすぎる。
「超入りたくない……」
ものすごく嫌だ。なのに哀しいかな、ミトラの脇に抱えたトートバッグには預かり物の本がある。
葛藤の末、ミトラは深々とやるせない溜め息をついた。
「……さっさと本を返して、帰ろ」
ミトラは腹を括って暖簾をくぐり、ガラリと引き戸を開けた。
「ごめんくださ――いいいいいいっ!?」
いきなり眼に飛び込んできたのは、巨大なマンボウ。全長三メートル超える大きさの魚体が、入ってすぐの店の間で大暴れしている。
古書店らしい壁一面を埋める据え付けの書棚はほぼ空で、板の間の床には棚から落下した本が散乱し、頁が折れたり破れたりと、あまりに無残な有り様だ。
作業用の文机や結界格子、年季の入った綴り箱、飾り絵なども打ち倒されたり、ひっくり返ったりしている。アンティークの柱時計は斜めに傾き、狂ったのか、針が逆回りに進んでいた。
「なにしてるんです! 金魚が逃げてしまう。早く戸を閉めて!」
鋭い声で怒鳴ったのは、着物に袴姿の美少年。手に大きな虫捕り網を持ち、吊り上げた瞳に怒りを込めてミトラを睨んでいる。
「はいっ!! え、あれマンボウじゃなくて金魚なの!?」
反射的に答えて、ミトラはぴしゃりと戸を閉めた。うっかりチズを締め出してしまう。しまったと思ったが、目の前でマンボウ似のお化け金魚が床に壁に天井に激突し、体当たりで脱出しようと暴れているのでは、チズのために戸を開けて逃げ道など与えられない。
少年は無謀にも虫取り網でお化け金魚を捕獲しようと躍起になっていて、逃げる方は必死だ。
「うっ……」
不意に呻き声が聞こえて、ミトラはそちらに眼を向けた。
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