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猫だるま古書店・訪問編
ミッションコンプリート!?
しおりを挟む「あるじさま! ごぶじですか。うち、つよいけっかいのせいではいれなくて、どうしようって。うち、がんばってけっかいをこわそうとしたのに、こわれなくて。あるじさまが、しんぱいで」
チズがしゃくりあげながら、涙目でたどたどしく喋る。
ミトラはそんなチズを労わるように、肩をポンポンして宥めた。
「わかってる。もう大丈夫、私が手を引くからチズも結界を越えられるよ。ほら」
チズは半信半疑の顔だったが、ミトラに両手を引かれるまま、問題なく入店できた。
「うち、はいれました!」
チズが満面の笑顔で、嬉しそうにぴょこんと跳ねる。
ミトラは笑い、チズと繋いでいた手を放す。
「うん、よかったね。じゃ、任務続行。あと私の用事が済むまで静かにしているんだよ」
チズは大きな赤い瞳を輝かせ、元気よく「はあい」と返事した。
「すみません、お待たせしました」
ミトラが謝罪を口にすると、アジャリは軽く首を横に振った。
「謝らなくても大丈夫。僕は君を待つのはちっとも苦じゃないから」
甘い言葉をサラッと告げて、アジャリがミトラを「おいでおいで」と手招く。
アジャリ、ミトラ、チズの順で一列に並び、土間の通路を先導して進む。
「さ、遠慮なくどうぞ」
声を弾ませてアジャリが言い、襖を開けて中の間に上がる。
中の間は七畳ほどの和室で、まず眼を惹かれたのが床の間の大きな猫だるまだ。その他にも、日本画の掛け軸や椿の生け花が飾られていて、部屋のほぼ中央には質感が味わい深い長方形の座卓が置かれ、座布団が敷かれていた。
欄間や障子を含め、どの調度品も使い込まれた温かみがあり、ゆったりと調和がとれている。
ミトラはくつろいだ気持ちになって言った。
「素敵なお部屋ですね。特にあの『福』の字が書かれた猫だるま、愛嬌のある顔がとてもいい」
褒めたところ、猫だるまの白い頬に赤みがさした。
ミトラがギョッと眼を瞬く。恐る恐る、訊いた。
「……もしかして、その猫だるま生きてます?」
「生きていると言えば生きてるのかな。つくも神になってるから」
平然と言って、アジャリは床の間を背にして腰を下ろす。
「彼はこの部屋の見張り番でね、気に入らない客だと追い返してしまうんだ」
「そ、それは、すごく頼もしい見張り番ですね。……追い返されないよう、気をつけますぅ」
「なに言ってるの。僕がいて、君にそんな乱暴を許すわけないでしょ」
この一言で、ミトラはアジャリを見直した。ちょっと変な人だと思ってすみません、と心の中で平身低頭、謝る。
上座にアジャリが座り、向かいにミトラが座った。チズは入り口近くにちょこんと正座する。
ミトラは姿勢を正し、畳に手をついて頭を下げた。
「改めまして、ご挨拶申し上げます。私は高橋ミトラと申します。今日は亡き祖父、高橋那加麿の名代で参りました」
「ご丁寧にありがとうございます。どうぞお座りください」
「失礼します」
アジャリに勧められて、ミトラは座布団ににじり上がった。
「そのう……大変申し訳ないのですが、手みやげがダメになりまして」
すまなそうに言い、ミトラはお化け金魚を封じた霊符をちらりと一瞥した。
だがアジャリは軽く手を上げて、ミトラの謝罪を止める。
「お気になさらず。むしろ、こちらの不始末に巻き込んでご迷惑をかけた上、騒動の解決にご尽力をいただいたのです。ぜひ、お礼を申し上げたいと思っておりました。僕としては、このままお茶でも飲みながら色々とお話しを伺いたいところですが、まずはご用件を承りましょう」
ミトラは小さく頷いて、風呂敷で包まれた本を両手で差し出した。
「祖父からです。預かっていた本をお返しするように、との遺言でした」
アジャリが受け取る。包みを解いて、本の表紙をじっと見た。
「なるほど」
「確かにお返し致しました」
ミトラは肩の力を抜いた。緊張感から解放され、自然と口角が持ち上がる。
……ごたごたしたけど、これでミッションコンプリートだ!
ところが、一旦は受け取った本をアジャリは突き返してきた。
「せっかくですが、これはお受け取り致しかねます」
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