実話怪談集『境界』

烏目浩輔

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ときどき本当に

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 十代後半の女性、川瀬さんのだんである。

 現在の川瀬さんは高校生だが、当時は小学校高学年だったという。
 近所に評判のよくない三十代後半の男性が住んでいた。酒に酔ってしょっちゅう暴れまわり、ギャンブルによる膨大な借金があり、複数の女性に結婚詐欺じみたことを行なっている。
 そういう悪評が立っている男性だった。
 嘘かまことかは判然としない話だったが、男性に騙された女性が自殺を図ったという噂もあった。

 川瀬さんは学校帰りや母親の買い物についていくときなどに、その男性をちょくちょく見かけていた。すると、あるときから男性の背後に髪の長い女性が立つようになった。二十代後半と思われる痩身の女性で、グレーのタイトなワンピースを着ていた。

 男性の背後に立っているその女性は、男性を睨みつけながら、両手で男性の背中を突き飛ばしていた。長い髪を振り乱して、何度も何度も突き飛ばしている。男性に強い恨みを抱いているように見た。
 ただ、実際は突き飛ばすしぐさをしているだけで、女性の腕は男性の身体からだをすり抜けていた。

 川瀬さんは友達や母親にこう尋ねてみた。
「あの女の人、なにしてるのかな?」
 しかし、友達も母親も「女の人?」と首を傾げた。

 あれは自分にしか見えないもの――きっと霊的なものだろうと、川瀬さんは小学生ながらにそう理解して、以後は女性のことを口にしなかった。

 それから半年ほどが経った頃だった。
 男性が歩道橋から転げ落ちて、大怪我をしたという話を聞いた。足や肋骨などを骨折したうえに、頭に数針縫うほどの怪我したという。
 男性は運ばれた病院で誰かに背中を押されたと訴えたらしいが、たまたま歩道橋の下から現場を見ていた通行人は、男性の近くには誰もいなかったと証言したそうだ。

 また、その怪我がおおかた治った頃に、男性は再び入院するような大怪我を負った。赤信号の横断歩道に飛びだして、走行中の車と接触したのだ。
 男性は病床で警察関係者にこのように訴えたそうだ。
 飛びだしたのではなく誰かに背中を押された。
 だが、最終的にはそのような事実はなかったと結論づけられた。

 男性はそれからも幾度となく大怪我をした。どこかから転落したり、危険な飛び出しをしたり。そのつど背中を押されたと訴えたそうだが、それが認められたことは一度もなかった。

 そうやって大怪我を繰り返した男性は、とうとうまともに歩けなくなってしまった。何度も足を骨折したがために、右足首の骨が変形したからだった。また、これも繰り返した怪我の影響らしいが、右手の親指と人差し指が曲がらないのだという。前歯はほとんどが折れてなくなっていた。

 男性がそうなってからも、例の女性は男性の背後にいた。長い髪を振り乱しながら、男性を何度も突き飛ばしている。女性の細い両腕は男性の身体をすり抜けていたが、それでも女性は突き飛ばすしぐさを繰り返していた

 そして、いつの頃からかその男性をいっさい見かけなくなった。どこかに引っ越していったらしいのだが、詳しい事情を知る人はひとりもいなかった。町から出ていったあとの男性がどうしているかは不明だ。

 高校生になった現在の川瀬さんはこのように思っている。
 男性が大怪我を繰り返したのは、きっとあの女性の仕業なのだろう。タイトなグレーのワンピースを着て、男性の背後に立っていた痩身の女性――。 

 女性は長い髪を振り乱しながら、男性を突き飛ばすしぐさを、何度も何度も繰り返していた。女性の細い両腕は男性の身体をすり抜けていたが、ときどき本当に突き飛ばせることがあったのだろう。

     了

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