猫と結婚した悪役令嬢

尾形モモ

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魅力

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「えーと……公爵閣下は野外での生活が長かったので、お体を清める必要があります。それから専用のお食事や普段の生活でも注意必要なので、公爵閣下の専属侍女・使用人として私たちがしばらく『お二人』のお世話をいたします」

 昨日までは獣医、今日から我が愛しの旦那様のかかりつけ医となった彼女はおずおずとそう話す。



 まずはシャンプー。「クラウス公爵専用」とされたそれを使って丹念に体を洗うと、今度は柔らかいタオルできちんと体を拭く。水が苦手なのか旦那様はちょっと嫌がっていたけど、ブラッシングまできちんとされれば可愛い旦那様はより一層可愛くなった。思わず「撫でたい」と手を差し伸べてしまいそうな、フサフサの毛。そんな自分自身の顔を前足でときどき洗う姿もまた、可愛らしく私はうっとりとしてしまう。

 それから、夫婦の寝室へ。シーツを通して伝わってくる旦那様の温かさは、悪役令嬢と呼ばれ続け次第に頑なとなっていった私の心を穏やかに溶かしていった。翌朝、当然のように体に乗っているのも旦那様の抜け毛がベッドに残っているのもまた愛おしいと感じられるほどで、私たち「夫婦」は日に日にお互いへの愛を深めていった。

 あくびをして、ごろりと寝転ぶ旦那様。ときどき、空気に向かってパンチを繰り出す段差様。体を丸めて、その場でくつろぐ旦那様。あぁ、可愛い。最強に可愛い。圧倒的に可愛い。正直、最初は「ルドルフ王子のクソ野郎ぶっ殺す」以外の感想は抱いてなかったけど今となってはこの「結婚生活」が幸せだ。いや、私にこんな最愛の旦那様を与えてくださったこの世の全てに感謝したい。今を生きられることに感謝、可愛いものを可愛いと言えるこの時代に感謝。今日も今日とて旦那様が可愛すぎます、本当にありがとうございます。



 そうして、謙虚な心を持つようになっていれば「悪役令嬢」然とした私の顔つきも徐々に柔らかくなってくる。そうして公爵夫人としてパーティーやサロンに参加していれば、みんなが私と私の旦那様に群がってきた。

「きゃあ! クラウス公爵、可愛い!」
「ちょっと撫でてもいいですか?」
「首に巻いているリボン、とっても素敵ですね」
「毛並みも綺麗で素晴らしいです」

 旦那様の魅力に一目で心を奪われ、メロメロになる者は老若男女問わず後を絶たなかった。

 一方、それを面白く思わないのは私と旦那様を結び付けた以外全く何もしていない馬鹿なルドルフ王子だ。

 なんやかんや平民の女と結婚したはいいが、だからどうしたとしか言えない彼に投げかけられるのは社交辞令だけ。どんなに礼儀正しい人物も王子の前では愛想笑いしかできず、代わりに私の旦那様の前では心の底から蕩け切ったような笑みを零す。



 王家の権力なんて、我が旦那様のキュートさに比べれば塵にすぎないのだ。
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