神々の記憶の中で、ただ君の平和を願う 〜戦乱の世で神の【記憶】を宿した少年と、天涯孤独の少女が世界の真実と闇に挑む物語〜

蒼宙つむぎ

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3.届かぬ手

届かぬ手(1)

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 倒れたはずのルクスは、“どこが悪かったの?”と聞きたいほどの血色のいい顔色になっていた。
(大丈夫そう。よかった)
 村はまだ怪我をした人がたくさんいる。
 エルサは昨日摘んだチシマイチゴをルクスが眠っている間にジュースにしておいたので村に届けることにした。

「えとね…ルクス。い、今から村に届け物、するけど……どうする?」
「届け物?」
「う、うん。えとね、チシマイチゴのジュースをね、その……みんなに届け、たいの」
(栄養たっぷりのジュースを飲んだら、きっとみんなも元気になる。きっと大丈夫)
 村人や戦士たちはみんなけがをしており、うまくいかないことから苛立ちはじめ、仲間内でも争いが絶えなくなっていた。
「……それなら、俺もついていく。お前ひとりだと心配だしな」
「!!!!」
(さっきまで「君」って言ってくれていたのに!「お前」って呼ばれちゃった!まだ、まだ!出会って間もないのに~「お前」だなんて……)
 何か大きな勘違いをしたエルサは、本日二度目の声にならない叫びをあげ、真っ赤な顔を見られたくなくて手で顔を覆った。
 そんなエルサの挙動不審な動きに若干引いてしまうが……。
(なんだろう。心が温かい?)
 自分の感情についていけなくて混乱するも、ルクスは彼女のそばが心地よくて離れたくなくなっていた。
(もう少し、こいつと一緒にいたら、体も楽になるかも?)
 意思の疎通ができていない二人だが、“誰かがそばにいる”ことで安心感を覚えるのだった。


 身支度を終え、大きなカバンにジュースを詰め込み村に向かうと……。
 ……あちこちから怒声が聞こえる……。

「お前たちが足手まといでけがをしたんだ!」
「あんた達が弱いから!子供が……。返せ!!子供も、家も!平和を返せ!」
 大人たちはこうなったことの責任を擦り付け合い、返ってこない家族の無念を訴える。
「くそ!むかつくんだよ!」
「それはこっちのセリフだ!」
 違う場所では、とうとう殴り合いが始まる。
 そして“声”がちらほらと聞こえ出し、ルクスは胸が苦しくなるのを覚えた。
(どうしろっていうんだ)
 戦が起こるとどうしても“声”は数が増え、日々大きく聞こえてくる。
 ルクスは意識してこれらの“声”を無視し、この場から離れようとするが、ふとエルサが気になりその姿を探す。エルサは瓦礫の上で泣いている子どもに声をかけ、やさしく頭をなでていた。
「えとね、これジュース。おいしいよ。元気になるから、飲んで」
 泣き止まない子供たち、きっと親を亡くしたのだろう。
「今はつらいけど、元気にならないとね。お母さんたちが守ってくれた命だから。精一杯生きていかなくちゃ」
 エルサはジュースの入った瓶を手渡し、次の怪我人へと向かう。前向きに頑張ろうと声をかけながら。自身も両親を亡くし、つらかったに違いない。それでも前を向いて歩こうと懸命に笑顔で話しかける。
「へ、兵士さん。ね、眠れてない?」
 小さな子供以外にはどうしてもうまく会話できない。自分に自信がなく、言葉をうまく伝えるのが難しいのだ。
(兵士さんの顔色が、よくない。目の下の隈が濃いわ。しっかり眠れていないのね)
 体を修復するのには睡眠が大切だと両親が教えてくれたのを思い出し、怪我した兵士に声をかけるが、兵士は笑顔のエルサに苛立ち声を荒げた。
「なんなんだよ、お前。気持ち悪いんだよ!くそ!いつかあいつらに復讐してやる」
 よく見ると兵士は左足がなくなっていた。どうしてそうなったのかわからないが、悔しくてやり返したい気持ちが強くなっていたのだろう。なだめるエルサの声も拾えていないようだ。
「お、落ちついて。ま、まずは元気にならない、とね。げ、元気になったら……きっと……大丈夫だから」
 人生経験の浅いエルサなりの言葉は、ただただ無責任なものにしか聞こえない。
「大丈夫ってなんだよ!俺の足が戻ってくるのかよ!」
 その剥き出しの絶望は、エルサの心の最も弱い部分を容赦なく貫いた。エルサは、目の前の絶望に、父の言葉では届かないことを痛感する。
「ご、ご、ごめんなさい!そ、そうじゃないの……。みんなが……落ち着いたら、きっと、へ、平和が戻るからって……言いたくて……」
「平和だ?それはあいつらに復讐したら平和になるんだ」
 兵士は復讐しか頭にない。だが、エルサは知っていた。やられたことへの復讐は次の復讐へとつながり、戦がおわることがないのだ。
(前にお父さんが言っていた。戦いって、誰かがやめないといつまでも終わらないって)
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