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3.届かぬ手
届かぬ手(3)
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数か月前に父と約束したことを思い出し、兵士に伝えようとするがどうやって伝えたらいいのだろう。
口下手で人と話すのが得意ではないからうまく伝えられる自信はない。
「えと、えと……。戦争の時は、の、“飲み込む”の。だ、誰かがやめないと……終わらないから……」
“飲み込む”と“終わらない”は伝えなくてはと思い、言葉にする。
「なんだよ!“飲み込む”って。“終わらない”って、相手潰したら“終わる”だろうが!」
兵士が言わんとすることはわかる。わかるがそれも自分勝手な言い分だ。
「エルサ、帰ろう。今はそっとしておこう」
ルクスはヒートアップする兵士に不安を覚え、エルサの手を取り下がらせようと声かけたが、エルサも必死になっていて引き下がらない。
「そ、それじゃだめ、なの。わ、悪くない人が、ぎ、犠牲になるのを、止めないと……」
震える声で必死に言葉を紡ぐが、その柔い声音が、兵士には憐れみか侮辱か、歪んだ形で届いた。
「うるさい!!」
怒号と共に、平手が振り上がる。
ルクスが反射的に手を伸ばしたが、間に合わない。
バチン
静寂の中、音だけが異様に大きく響いた。
伸ばされたルクスの腕が空を切り、エルサの体がわずかに揺れる。
彼女の視界が滲む。頬に熱が走り、心まで揺さぶられる。
時間が止まったような一秒。
その中心で、ルクスだけが音もなく怒りを沸騰させていた。
「貴様——よくも!」
ルクスの地を這うような怒声がすべての静寂を切り裂く。
それはさっきまでの穏やかな声音とは別物で、誰もが思わず肩を震わせた。
自分に向けられた殺意から逃げようと兵士は本能的に一歩下がり、付近にいた小さな子供たちは震えながらエルサに駆け寄りしがみつく。小さいながらも、いつもやさしく手を差し伸べてくれるエルサを守ろうと必死の形相だ。
——神さま、お願い。エルサお姉ちゃんを助けて。
もう誰も傷つかないで。どうか、どうか——
その祈りは決して声にはなっていない。
なのに、確かにルクスの胸奥へと届いた。
次の瞬間、空気が震える。
ドクン。
ルクスの心臓の音が大きく響き、体内の魔力がざわりと逆巻いた。
光が、ルクスの周囲に微粒子のようにじわじわと浮かび始める——。
ドクン。
もう一度、心臓が強く脈打つ。
血が沸き立つように熱い。頭の奥で誰かが叫ぶ声のような唸りが響き、獣のような怒りが全身を突き抜ける。
ルクスの足元に黒い焦げ跡が広がる。空気がビリビリと震え、稲妻のような火花がパリッと弾けた。
周囲にいたほかの兵士たちもざわりと後退る。
「ひっ……!まさか、魔力暴走?……」
誰かの喉が潰れた声が漏れた。
先ほどエルサを叩いた兵士も、さらに恐怖を感じ背筋を強張らせる。
ルクスは怒りに飲まれ、視界が赤く染まり、魔力が空気を揺らす。
止め方なんて、もう分からなかった。
ドォンッ!!
爆ぜる閃光。大地の揺れ。爆風とともに砂塵が舞う。
ルクスの周囲を雷のような魔力が奔り、まるで怒りそのものが形を持った獣の咆哮となって荒れ狂う。
「ル、ルクス……!」
エルサが息を呑む。伸ばした指先が震えていた。
けれど彼女の声さえ、今のルクスには届かない。
魔力は暴風のように膨れ上がり、暴走は止まる気配を見せなかった。
稲妻のような魔力が荒れ狂い、地面がえぐれ、石畳が爆ぜて砕ける。
兵士たちはもう声も出せずにただ後退り、その光景を恐怖に染まった瞳で見つめるだけだった。
口下手で人と話すのが得意ではないからうまく伝えられる自信はない。
「えと、えと……。戦争の時は、の、“飲み込む”の。だ、誰かがやめないと……終わらないから……」
“飲み込む”と“終わらない”は伝えなくてはと思い、言葉にする。
「なんだよ!“飲み込む”って。“終わらない”って、相手潰したら“終わる”だろうが!」
兵士が言わんとすることはわかる。わかるがそれも自分勝手な言い分だ。
「エルサ、帰ろう。今はそっとしておこう」
ルクスはヒートアップする兵士に不安を覚え、エルサの手を取り下がらせようと声かけたが、エルサも必死になっていて引き下がらない。
「そ、それじゃだめ、なの。わ、悪くない人が、ぎ、犠牲になるのを、止めないと……」
震える声で必死に言葉を紡ぐが、その柔い声音が、兵士には憐れみか侮辱か、歪んだ形で届いた。
「うるさい!!」
怒号と共に、平手が振り上がる。
ルクスが反射的に手を伸ばしたが、間に合わない。
バチン
静寂の中、音だけが異様に大きく響いた。
伸ばされたルクスの腕が空を切り、エルサの体がわずかに揺れる。
彼女の視界が滲む。頬に熱が走り、心まで揺さぶられる。
時間が止まったような一秒。
その中心で、ルクスだけが音もなく怒りを沸騰させていた。
「貴様——よくも!」
ルクスの地を這うような怒声がすべての静寂を切り裂く。
それはさっきまでの穏やかな声音とは別物で、誰もが思わず肩を震わせた。
自分に向けられた殺意から逃げようと兵士は本能的に一歩下がり、付近にいた小さな子供たちは震えながらエルサに駆け寄りしがみつく。小さいながらも、いつもやさしく手を差し伸べてくれるエルサを守ろうと必死の形相だ。
——神さま、お願い。エルサお姉ちゃんを助けて。
もう誰も傷つかないで。どうか、どうか——
その祈りは決して声にはなっていない。
なのに、確かにルクスの胸奥へと届いた。
次の瞬間、空気が震える。
ドクン。
ルクスの心臓の音が大きく響き、体内の魔力がざわりと逆巻いた。
光が、ルクスの周囲に微粒子のようにじわじわと浮かび始める——。
ドクン。
もう一度、心臓が強く脈打つ。
血が沸き立つように熱い。頭の奥で誰かが叫ぶ声のような唸りが響き、獣のような怒りが全身を突き抜ける。
ルクスの足元に黒い焦げ跡が広がる。空気がビリビリと震え、稲妻のような火花がパリッと弾けた。
周囲にいたほかの兵士たちもざわりと後退る。
「ひっ……!まさか、魔力暴走?……」
誰かの喉が潰れた声が漏れた。
先ほどエルサを叩いた兵士も、さらに恐怖を感じ背筋を強張らせる。
ルクスは怒りに飲まれ、視界が赤く染まり、魔力が空気を揺らす。
止め方なんて、もう分からなかった。
ドォンッ!!
爆ぜる閃光。大地の揺れ。爆風とともに砂塵が舞う。
ルクスの周囲を雷のような魔力が奔り、まるで怒りそのものが形を持った獣の咆哮となって荒れ狂う。
「ル、ルクス……!」
エルサが息を呑む。伸ばした指先が震えていた。
けれど彼女の声さえ、今のルクスには届かない。
魔力は暴風のように膨れ上がり、暴走は止まる気配を見せなかった。
稲妻のような魔力が荒れ狂い、地面がえぐれ、石畳が爆ぜて砕ける。
兵士たちはもう声も出せずにただ後退り、その光景を恐怖に染まった瞳で見つめるだけだった。
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