神々の記憶の中で、ただ君の平和を願う 〜戦乱の世で神の【記憶】を宿した少年と、天涯孤独の少女が世界の真実と闇に挑む物語〜

蒼宙つむぎ

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3.届かぬ手

届かぬ手(4)

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 小さな女の子が震えながら両手を胸に当て、目をぎゅっとつむる。
 続くように数人の子供たちも泣きながら祈り始めた。
 ——神さま。どうか、お兄ちゃんを止めて。
 これ以上、誰も傷つきませんように。
 みんな、助かりますように——。
 祈りの声が追いうちをかけるようにルクスに襲い掛かる。

 バチィッ!

 光に包まれたルクスの体が雷と光がぶつかり合い、眩い火花が散る。
 暴走した魔力が一瞬だけ揺らいだ。
 それは怒りの赤と祈りの金が衝突し、互いを削り合うようなせめぎ合い。
「やめ……っ、止まれ……!」
 ルクスの喉が裂けるような声が漏れる。
 止めたいのに止まらない。
 金色の光に包まれながら、暴走する魔力はなお荒れ狂っていた。

 どうすればいいのか誰にもわからず、絶望に立ちすくんでいたその時、ルクスの背にふわりと温かな腕が回される。
 驚くほど弱い力。でも確かに、震えながらも必死に抱き締めていた。
「もう大丈夫……ルクス、戻ってきて」
 耳元で、エルサの掠れた声が震えた。
 その声は、怒りの渦の中に一滴の水が落ちるように、ほんのわずかだけ熱を鎮める。
 だが——。
「女!その化け物をなんとかしろ!お前のちっぽけな命で俺らを助ける盾になれよ」
 兵士の嘲りが空気を裂いた。
 バキッと何かが折れたような感覚があった。
 ルクスの瞳から残りわずかな理性が吹き飛ぶ。
 魔力が一気に膨れ上がり、雷光が唸り声のように弾けた。
「ふざけるなぁああ!!!」
 轟く叫びと共に、魔力の矢が迅速に編まれる。
 一撃で兵士を穿つに十分な、殺意の凝縮。
 躊躇なく放たれた瞬間、飛び込んだ影があった。
「エルサ!?」
 ルクスの叫びより早く、白い姿が矢の軌跡に割り込む。
 稲妻の光が胸を貫き、エルサの体が大きく後ろへ弾け飛んだ。
 流れた血が花びらのように散る。
「なんで……っ、どうして……エルサぁっ!」

 ルクスが駆け寄り、震える手でエルサを抱き上げた。大事な存在を自分が傷つけてしまったことへの恐怖で震えが止まらない。
「ルクス……落ち着いて?」
 痛みに耐えながらやさしく気遣いの言葉をかけるエルサの声は、ひどくかすれ、今にも消えそうだ。
「っ!!……あのね、ルクス。みんなを嫌いに……なら、ないで……恨ま、ないで……」
 エルサは力が入らなく震える手を伸ばし、涙を流しているルクスのほほにそっと触れた。
「あのね……みんな本当はいい人たちなの……。いろんなことが起きて、心が……疲れてるだけなの……」
 そういって精一杯の笑顔を浮かべる。
「っ!!エルサ!」
「大丈夫だよ……気にしないで……。……本当はね……遅かれ早かれ、私は……神に召されるって、わかってたの……。食べるものもなくなっちゃたし。……だから、気に病まないで……」
 ルクスは大きく目を見開き、言葉の意味を探す。
(どうして気が付かなかったんだ!体は痩せ細り、髪に艶もなく、肌は荒れていたじゃないか!)
 エルサはもう何日も食べ物を口にしていなかった。
 ルクスに出会った次の日の黒パンが最後の食べ物だったのだ。

「ねえ、ルクス。……私のお願い、聞いてくれる?」
「……なに?……」
「っ!……あのね、私の分も生きて……誰にも報復せずに、悔しい気持ちは……“飲み込ん”で。……平和な世界をたくさん……生きて……」
「……うん。約束する。エルサの願いは必ずかなえるよ」
「よかった……。ふふふ。いつもはお父さんにお願いしていたんだけど、ルクスにお願いしちゃった。……神様へのお願いじゃないから……いいよね……」
 苦笑いを浮かべながら、エルサは父との約束を思い出していた――。
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