神々の記憶の中で、ただ君の平和を願う 〜戦乱の世で神の【記憶】を宿した少年と、天涯孤独の少女が世界の真実と闇に挑む物語〜

蒼宙つむぎ

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3.届かぬ手

届かぬ手(5)

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 エルサの父は貴族位を剥奪され平民となった後も、国民が平和に暮らしていけるよう懸命に動いた。屋敷を追い出される直前にいくつかの宝飾品を持ち出しており、飢えに苦しむ人々に施しを与えて回った。はじめのうち人々は感謝を口にするも、それがいつの間にか当たり前となり、エルサの父が仕事をするように声をかけても怪訝な顔をする。施しを与えないのは、助けた人の怠慢だと。
 エルサの父は、その言葉にショックを受けるも、自分がいつまでも貴族社会の考えで判断していたのが間違いだと反省し、これからどうすればいいのかを思案する。何度も何度も。自分のしてきた行動、人々の暮らし、そして人間性について。そして、エルサの父は一つの答えに行き着く。
『働いて対価を得て、その対価で暮らしていくことを教えるべきだったのだ』
 貧困に苦しむ人々が、働くことに意識が向いていないことに気が付き、何度も言葉をかけ続けたけた。自分たちの生活は自分たちで守るのだと。
 しかし、楽を覚えた人々はなかなか耳を傾けてくれず、またしても心が折れそうになり頭を抱える。なぜ聞いてもらえないのかと。
 そんな姿に心配したエルサは、父に問いかけた。
『どうして神様に“お願い”しないの?』
 その言葉を聞いた父は驚き、目を見開いてエルサを見つめた。
 忘れていたのだ。神に救済を求める風習があったのを。

 困ったことがあった際は神に“お願い”をする、これがこの国の昔からの風習。
 何百年も前の話。傷ついた神を助けた当時の国王が神と交わした約束で、願い事をしたらかなえてくれるというものだ。人々は神のやさしさに喜び、多くのことを願った。その一つに魔力がある。火を出したり風を起こしたり水を出すことができて、生活水準が上がった人々は神に感謝した。しかし、人間の欲望は際限がなく、次第に自分達で小さなことも解決しなくなっていった。

 当時、安請け合いで約束した神だったが、のちにこのことで頭を悩ませるとは思わなかった。人々は神に依存し続け、なんでも神に”お願い”をし続ける。
 とうとう神は自分勝手な人間に怒り、それまで神の恩恵で与えていた魔力を少しずつ使えないようにしていく。そして、魔力持ちが貴重な存在となったのが現状だ。

 エルサの父はこの国の生まれであるが、実は元日本人の転生者なのでこの風習になじめていなかった。そして、神の恩恵である魔力持ちの減少と“お願い”がかなえられなくなってきたことに危惧し、風習とのつながりを推測していた。
(そもそも、なんでも神様に解決してもらうって、どうなんだ?神様もいつもお願いされていい気しないよな?というか、お願いしすぎじゃないか?魔力なんてチートもらっといて、まだ“お願い”するなんておかしいだろ)
 日本人の時も、お正月には初詣の時に“お願い”はしていた。だが、ことあるごとに“お願い”することなどなかった。その違和感が、神からの恩恵が受けられなくなってきていることと繋がっているとしか思えなかった。
(推測が当たっていたとして、今更風習をやめるなんて、できないだろ。どうしろっていうんだ)

 ――エルサの父が転生してきたのは、神の気まぐれな救済の一つだった。
 “自分勝手な考えを改めることができれば、滅亡の未来を回避してやろうか”
 異世界の思考を持った人間を投入するという最後のやさしさに、愚かな人間たちがどう応じるのか。そもそも、神の怒りに気が付くのか。
 いきなりすべてを奪わず、少しずつ減らしていく。一気に奪うと怒っていることに気づかれてしまう。
『それでは、面白くない』。
 人間の浅はかで自分勝手な考えに嫌気をさし、怒りもあったが、神にとってはそれも一つの暇つぶしのようなもの。この世界に人間がいなくなろうがまた作ればいい。そう、これも一種のゲームのようなものだから――。

 エルサの父は悲しげな顔をし、やさしく、そして力強く話しかけた。
「エルサ、それは違うんだ。なんでも神様にお願いしちゃ、いけないんだ」
 今までの当たり前が違うのだといわれ戸惑う娘にさらに言葉をかける。
「いいかい、エルサ。ずっとお願いされ続けたら、どう思う?嫌な気分にならないかい?」
 小さなエルサは懸命に考えた。今まで当たり前すぎて考えようとはしなかった。
(だって、神様って、神様だよ?お願いをなんでも聞いてくれるものでしょ?)
 生まれた時から当たり前に伝えられていたことに、意を唱える人はいないだろう。意を唱えたとしても馬鹿な考えだと一蹴されただろう。だが、父はどう思うのかと聞いてくる。
(いつもやさしくて、いつも話を聞いてくれるお父さんが、どう思うのかって聞いてくるのって、きっと大事なことだわ)
 いきなりの質問に目が泳ぎうろたえるが、素直に育ったエルサは幼いながらも懸命に物事を客観的に考えた。
(自分だけいつもお願いばかりされたら……ちょっと嫌な気分になるわ。なんで私だけ?って。……そうか、神様は神様だけど、ずっとお願いされるっていやになるよね。しかも、一人からお願いされるだけじゃなくて、みんなからお願いされるよね?えっ!それって神様かわいいそうだよ)
 顔を青くさせてきたその姿を見てほっとした父がエルサを抱きしめた。
「わかったかい?神様にばかり“お願い”するのは違うんだよ。エルサは気が付いてえらいな」
 やさしい声と温かい抱擁になぜだかエルサは涙があふれてきた。
「ごめんなさい、お父さん。あっ!神様もごめんなさい。もうお願いはしないわ」
 泣きじゃくり謝罪する娘に、少し酷なことをしたかもしれないと罪悪感を感じる。
「大丈夫だ。父さんに何も悪いことしていないぞ。それに、大事なことに気が付いたエルサのことを、神様は許してくださるよ。まあ、神様に“お願い”するなら、父さんに“お願い”してくれ。これでも父さんはすごいんだぞ。たいていのことをかなえるための手助けをしてやれる」
「え~。全部かなえてくれるんじゃないの~」
「全部かなえるのは無理だな。父さんは神様じゃないからな。かなえたいことは自分で頑張って自分でかなえるんだ。かなった時の喜びは、半端なくうれしくて幸せな気持ちになるんだぞ。……それに、神様がなんでもかなえてくれることは……もう難しくなるんじゃないかな……」
 さみし気に笑いながら涙のあとをぬぐってくれる父の手が、思っていたより力強くて痛かったが、やっぱり父が好きだと感じた。
「お父さんがそこまで言うなら、仕方ないからこれからはお父さんにお願いしてあげる」
「仕方ないのか~。それなら仕方ないな~」
「そうだね、仕方ないね~」
 二人とも段々と言葉の掛け合いに楽しくなって笑った大切な思い出だ――。
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