意地悪姫の反乱

相葉サトリ

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第十九話 悪夢の剣技大会

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「ルウド、こっちだ」

「ベリル様」

「対戦にも見方があるんだ。案内してやる。雑魚ばかりの試合なんか見ても時間の無駄だ。
 ルウドは赤、黒、紫の隊長クラスの試合を見たいだろうが連中とまともに試合出来る者など三日目の最終戦くらいだろう。ほとんど一瞬で決まってしまう。試合を見て攻略法考えようなんて無駄だ。その位ならもっといい試合見た方が勉強になる」

 ルウドは大人しくベリル皇子について行く。

「ベリル様、隊長クラスの試合もみたいですが他にもうちの部下達の試合も気になりますし、フレイ隊長もですがスティア皇子や紫の騎士達の試合も気になります。ああ、あと黒騎士や赤騎士達の試合も。人数が少ないほど精鋭なのでしょう?気になるなあ」

「要するに全員だろうが。きりがないぞ?お前の試合は何番目だ?」

「第三競技場で十番目です。お昼前か過ぎでしょうね」

「対戦によってはあっという間に番が来るぞ?試合が全部一撃で終わってしまったら早い」

「そんなまさか……」

「やたら強い奴が集まっている競技場ではそんな事もあるんだ。何しろ組み合わせ法はクジ引きだろ?へたすりゃ同じ競技場に隊長クラスが三人とか集まる場合がある。赤、黒、紫の隊長や騎士が居ない対戦場はラッキーだな。しかし最終戦で王族の目の前で無様を晒す羽目になる事がある」

 ルウドは第三競技場の対戦表を見る。対戦表は先に出来ていてクジの番号で対戦先が決まっている。初戦の対戦一覧を見てルウドは内心ほっとする。

「とりあえず赤、黒、紫の隊長は入っていないですね。運がいいのか悪いのか…‥」

「王族の前で恥をさらす位なら適当な相手に負けておいた方がいいぞ?」

「そんなこと出来ません。うちの大切な姫に恥をかかせるようなこと出来ませんよ」

 訓練場に造られた柵は五つあり、第一から第五までの競技場となっている。
 二人は第三付近の競技場を見る。まだ一試合目の所もあるし、すでに三試合目が始まっているところもある。

「あ、第一見てみろ。お前の部下だな、マルスの騎士。赤騎士相手になかなかやるな」

「……初戦負けは罰ゲームだと言ってあるのですが。相変わらずなんて不運な…」

「赤騎士ジェイドは新米だがビビアンも目を掛ける有望株だぞ?奴と対等に戦うってすごくないか?」

「すごいですね、でも不運なのです。だからと言って罰ゲームは取り消しませんが」

 ルウドは生温かい目で騎士を見つめる。
 普段からティア姫の災難に遭いやすく、自ら不幸に首を突っ込みやすいルウド配下の彼は、腕は確かなのだがとにかく不運が過ぎていた。余りに気の毒で城外警備にまわしても何故か災難は彼に降りかかり続けた。
 国外に出てまで未だに不運な彼は一体いつ幸せになれるのだろうか?

 その対戦中の不運な彼と目が合ってしまった。何だか泣きそうな顔で助けを求めている感じだったのでつい睨みつけてしまった。
 瞬間彼の顔は青ざめ、目の前の赤騎士に死力を尽くして集中攻撃を始めた。
 何やら怨霊にでも取り付かれたような彼の形相に赤騎士は思わず怯み、防御が緩んで一本取られ負けてしまった。
 何とか勝った不運な彼は何故か奇妙な雄叫びをあげて泣いている。

「………」

 不運な彼の心中は最早定かではない。

「………ええと、ああ、第五の方で紫と黒騎士の対戦が」

「おお、薄紫のトールと黒騎士ジオだ。連中腕は互角だぞ。面白い勝負が見られる」

 第五競技場の第三試合である。
 金髪のトールと言えばティア姫の被害に遭った不幸な彼である。
 試合に出れると言う事はしっかり立ち直ってくれたのだとルウドは少し安堵した。

 しかし二人の試合は俊敏かつ苛烈な攻撃の応酬だった。
 周囲の見学者達が息を呑んで二人の剣技をひたすら凝視する。

 ――――――強い…!
 始めの合図からずっと強烈な攻撃の応酬をし続けているにも関わらず、数分過ぎても未だ両者一本も取られず、いまだ攻撃が続いている。

 永遠に終わりのない攻撃、先に疲れた方が崩れるとみたがそれもまた先が長そうである。
 十分、三十分、一時間と時間がどんどん過ぎて行く。

「ルウド=ランジール隊長、そろそろ順番ですので第三競技場で準備されて下さい」

 第三競技場の係りの者が呼びに来た。

「……早くないか?ここはまだ三試合目だぞ?」

「第五が進んでないだけです。他はもっと進んでますよ、さ、お早く」

「分かった……」

 ルウドは仕方なく第五の二人から目を離す。

「早く済ませて戻ってこないとそろそろ試合が動くぞ?二人とも攻撃が甘くなってきたからな」

「うわ、それは急がないと。すぐ戻ります」

 ルウドは第三競技場へ行き、いましも決着の着きそうな試合を見る。
 こちらは両者一本づつ取り、あと一本を争う勝負だ。青騎士と緑の騎士が少しも引かぬ剣技を繰り広げ、ようやく勝負がついた。青騎士の勝利だ。

 そしてルウドの番が来た。初戦の相手は黒騎士だ。
 周囲が何故か歓声ををあげて騒いでいたが第五の勝負が気になってしょうがないルウドは気が逸るばかりで相手の黒騎士に興味も持たなかった。
 早々に片を付けるべく開始の号令と同時に容赦なく斬撃を繰り出した。





 薄紫トールと黒騎士ジオの勝負はそろそろ佳境に差し掛かっていた。
 激しい攻撃の応酬が甘くなってきている。両者とも汗だくで間合いも取るようになってきた。
 勝負は三本勝負だがこの勝負は一本で決まるだろう。先に一本取った方が勝利者となる。

「ベリル様、どうです?勝負着きましたか?」

 ルウド隊長が五分もかからず戻ってきた。

「終わったのか?異常に速いが。まさか抜けて来たんじゃないだろうな?」

「ちゃんと試合してきましたよ。そこそこ強そうな黒騎士相手でしたので積極的に行かせていただきましたが」

「……そうか……」

 黒騎士は十人位しか出場していないがその十人は皆精鋭である。そんな五分くらいで倒せるような雑魚なはずはない。
 ふと第三競技場の方を見るとなぜか異様に静まり返っていた。そして観客達がこちらをちらちら見てぼそぼそと何か話していた。
 ルウド隊長は全く気にせず白熱した第五の勝負を嬉しそうに見ている。
 第三で一体何が…‥?
 ベリルは大変気になったがこちらの勝負も終わりが近い。目が離せない。





 汗だくで息を切らした両者は間合いを取り、にらみ合ってじりじりと隙を図る。
 周囲の音など聞こえない、互いに相手だけに集中している。
 どうしたら相手を倒せるのか?常に頭を働かせ、ひたすら動きを見定める。
 初戦から命がけの勝負だがトールは同時に心地よさを味わっていた。ここまで対等だと面白いし楽しい。
 黒騎士相手にフレイ隊長仕込みの様々な剣技を繰り出していた。
 トールは汗だくの黒騎士の動きをじっと見る。彼はもう余裕がなさそうだ、目が定まっていない。
 ―――――次の一撃で勝負が決まる!

 予感がした。トールは次の一撃に全神経を集中し、全身全霊を込める。
 ジオが動いた。トールはジオの隙を瞬時に見定め、そこに強烈な一撃を加えた。

「――――――勝者、薄紫トール!」

 周囲から歓声と拍手が沸き起こり、トールは我に返る。
 目の前に黒騎士ジオが倒れていて、彼の持っていた棒剣も割れ落ちていた。
 自分の持っていた棒剣を見ると見事に折れていた。

「……勝ったのか、俺……?」

 勝ったことが信じられない。

『剣技が相手と同格なら最後は勝負を楽しんだ方が勝ちだ』

 フレイ隊長率いる薄紫騎士団の持論である。
 トールはふとそれを思い出し、泣けてきた。
 競技場を出るとルウド隊長とベリル皇子がいた。

「とても素晴らしい試合だったよ。相手の騎士も素晴らしかった。いい試合を見せてくれて有難う」
 
 嬉しそうに握手を交わして二人は去って行った。
 トールは照れたが何だか誇らしかった。
 ―――――だが。

「すげえ番狂わせだぞ!黒騎士が二人も初戦で負けるなんてありえねえ!」

「第五のいい勝負ならまだ命が助かる可能性もあるさ、だが第三で負けたグレン、奴はもうダメだ!完全に命はねえ!今頃医療施設で泣いてるぞ!」

「……」

 黒騎士グレンはローリー隊長の右腕。大会では毎回最後の十人に入る猛者だ。

「初戦で相手の最初の一撃であっさり伸されたんだ!油断していたとしか取られんだろ?奴は隊長と皇子に殺されること確実だ。たとえ相手が他国の隊長だとしてもこれはもう言い訳できねえ」

「………」

 トールは一気に気分が萎んだ。
 遠くで嬉しげにベリル皇子と話す彼の背中が見えた。




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