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第四話 庭師と白い薔薇の姫
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しおりを挟む『可憐で優しく、繊細で綺麗な白い薔薇の姫君。誰よりも愛しい貴方の為に私はどんな事をしても貴方を守り、幸せになれる手伝いをするよ』
一株の白い薔薇の苗と大切な小さな姫を預かった庭師は薔薇と同じように姫様にもおしみなく愛情を注ぎ、優しく時に厳しく彼女を育てた。
その惜しみない愛情が還る事はないと知っていても。いつか別れが来て二度と彼の元に彼女が戻ることはない事を分かっていても。
彼は彼女を一身に愛し、甘い微笑みを向け続ける。
苦しくて辛くて、悲しくて仕方がない。
どうして彼は姫に背を向けるのだろう?
何時からそうなってしまったのか全く分からないし覚えていない。いつの間にか、気が付いたとき庭師は姫から離れていった。
このままだとどんどん離れてもう会えなくなるかもしれないと不安に駆られ恐れる。
彼の言葉の端々に拒絶の意思を感じて絶望的になる。
近づけば嫌われて、話せば傷付けられて、ますます姫は恐くなる。
何時までこんな事が続くのだろう?
―――――もう、疲れた……
彼の愛情はもう姫には戻らないのかもしれない。
彼を失う恐怖に毎日怯えなければならない生活などもう限界だ。
姫はテーブルの小瓶を手に取る。
魔法使いの媚薬。ほんの一滴で彼の心が戻ってくる。
「―――……っ…」
情けなくて泣けてくる。こんな事をしなければ彼は戻ってこないのだろうか?
どうして彼は離れて行ってしまうのだろう。一体何がいけなかったのか姫には全く分からない。
パーティが始まる。
城内は早朝から準備に忙しく使用人達も警備隊も慌ただしい。
メイドのマリーはティア姫の身支度の為に衣装を持って部屋を訪れる。
「おはようございます、ティア姫様。本日の衣装を沢山持ってきましたわ。どれでもお好きなドレスを選んでくださいませ。それに合わせた宝飾品もばっちり準備出来ております。
姫様ならどんな衣装もお似合いですもの。姫様?」
部屋は静まり返っていて寝台にも気配がない。マリーは寝台に近寄り姫がいないのを確認し辺りを見回す。
「――――ティア姫様?」
隣室もシャワー室も衣装部屋も全て捜したがやはりいない。
マリーは焦って外に配置されている警備隊を呼ぶ。
「ティア姫様がいないんです!」
「そんな馬鹿な!」
警備隊は昼夜問わず交代で姫の傍に張り付いている。姫が部屋に入れば外のドアに張り付く。出口はドアしかないのだから消えるわけがない筈だった。
警備隊は慌ただしく動く。
「隊長に報告!ティア姫を捜せ!こんな日に限って!とんでもないことだ!」
「……姫様……」
マリーはドレスを抱えて不安そうに部屋に佇む。
報告を受けてルウドは真っ青になった。
「……部屋からいなくなったなんて?馬鹿な?一体どうやって?」
「ルウド、おちつけ。まだ誘拐と決まってない。どちらかというと自分からいなくなった可能性が強い」
ハリスが警備に指示を出しながらルウドを落ち着かせる。
「……なんでだ?消えるなんて…‥どうして…?」
「城内の何処かにいるはずだ。姿がないならどこかに隠れている可能性が高い。どこにいるにせよ所在はきっちり掴んでおかなければならない。
ティア姫が隠れそうな場所、ルウドなら分かるんじゃないか?」
「私が…?姫の隠れ家など知る訳がない」
「ホントかい?とにかくお客人には分からないように捜索するんだ。私は庭の方を見てくるから君は城内へ」
「……分かった…」
ルウドは全く心当たりがないがとにかく城内の捜索をする。
――――何故姫は消えた?本当に誘拐じゃないのか?
誘拐だったらどうしよう?城から連れ出されてしまったら、国から連れ出されてしまったら、もう手掛かりがない。探し出せない。
ルウドは血が凍る心地がした。姫が消えてしまうなんて考えられない。耐えられない。
「……ティア姫……」
昨日自分は姫に何を言った?ひどい事を言わなかったか?
だから雲隠れしてしまったのだろうか?
ならば謝れば済む。だからどうか、無事でいて欲しい。
祈るような気持ちでドアを開ける。
「―――ルウド!どうしたの?真っ青よ…?」
「……アリシア様…」
美しいドレスを着たアリシア姫が驚いてルウドに駆け寄る。
「姫が…‥ティア姫が…、消えてしまったのです。どこに消えたのか…、ここには?」
「居ないわ。どこから消えてしまったの?」
「お部屋から…‥」
「それはあり得ないわね。誘拐も難しいでしょうし、またどこかに隠れてしまったのかしら?」
「冗談じゃありません、そんな人騒がせな事。どうしてそんな事をするのです?」
「昔はよく隠れてたでしょ?辛くて我慢できない時はどこかで隠れて泣いているの」
「……そんな時は私の元で泣けばいいと、昔から言って……」
「原因があなたにある場合、そんなこと出来ないわねえ」
「…………」
「ねえルウド、ティアにダンスの相手、申し込んだの?」
「……相手がいるなら別に私でなくても」
「私はあなたに頼んだのよ?あなたでなければ駄目だと思ったから」
「私など…‥きっと姫には嫌われていますよ?」
「ホントにそう思うの?鈍い人ね。とにかくここにはいないから他をあたって頂戴。悪いけど私も婚約者を迎える準備で忙しいのよ?」
「……申し訳ございません」
ルウドは部屋を追い出されて途方に暮れてしまった。
ハリスは魔法使いの塔に入った。
「ゾフィー殿、貴方ティア姫様の味方ですね?」
「えっ?……そうですね、私は無実ですが」
黒い髪を垂れ流しぼろぼろの法衣を着る彼は一見不気味な感じだがハリスには通用しない。彼の目が明らかに泳いでいる。
「この忙しい時にティア様が行方不明になってしまい大変困っているのです。姫の居場所、知っているでしょう?姫様の邪魔はしませんから居場所だけは教えてくれませんか?とても重要な事と分かっているでしょう?」
「……‥そっとしておいて差し上げては?」
「いけません、一番警備が必要な所ですよ」
「大丈夫ですよ、たぶんルウド隊長でなければ見つけ出せないところです」
目を逸らすゾフィーにハリスは笑みを見せる。
「……ホントに姫様だけの味方なんですね?」
「最近のルウド隊長、酷くないですか?ティア姫が不憫で…。何とかして差し上げたくても私ではどうにもならないんです。魔法使いでも無力なんです。ルウドさんでなければどうしてもだめなんです」
「私達には何も出来ないですからねえ」
「姫様の望みをかなえて差し上げるしかできない」
「そううまくいくといいですけどねえ。……仕方ないな、そう言われたらルウドに任せるしかないか」
「申し訳ない…‥」
「いいのですよ、居るのさえ分かれば。姫に静かにしていて貰えると警備が楽ですしね?」
ハリスは笑って塔を出る。姫が大人しく籠っているのならばこのまま通常通りに警備体制を整えておけばいい。
しかし事態はそれほど甘くはなかった事をハリスは後から思い知る。
ミザリー姫はとある部屋でドレスを着て講師とダンスレッスンをしていた。
「……あらルウド?どうしたの?」
「ティア姫を知りませんか?居なくなってしまって…」
「あら雲隠れ?じゃあ今頃どこかで泣いているわね。まあいいんじゃないの。たまにはきつく叱ることも必要よ?まったくあの子の悪さに毎回泣かされるのはこっちなんだから。
ルウドは悪くないわよ。大体あの子ルウドが言わなきゃ何の効き目もないんだもの。ビシッと言ってやって正解よ。ほっとけばそのうち出てくるわよ?」
「そうですか……?」
普段から被害甚大なミザリー姫は容赦ない。
ルウドは部屋を出て思い悩む。
―――少しきつく言い過ぎただろうか?
しかし昨晩はそれほどきつい事を言った覚えはない。ダンスの相手は出来ないと言ったが相手がいるならそれでいいではないか?
「……」
昨晩のあの姫の傷ついたような顔を思い出し、少しばかり罪悪感に駆られる。
だがもとはと言えば姫が悪さばかりしているからいけないのだ。
「……」
何故姫はあんなに意地悪ばかりするのだろう?昔はそんなにひどくなかった気がするのに。最近は浮き沈みが激しくて何かに怯えているようにも見える。
ルウドはふと思い立ち姫の部屋へと向かう。
部屋には誰もいない。メイドは姫がいないので仕事に戻った。
ティア姫は部屋を出た形跡がないのに部屋にいない。警備がドアに張り付いているのに部屋から出られはしない。
「―――――ティア姫、どこです?」
誘拐でなければ部屋に隠れている可能性もある。
「出てきて下さい。お願いですから。怒ったりしませんから。……ティア姫様?」
応答もなく、物音一つしない。
「……姫様。先日は酷いこと言ってすいませんでした。私のしたことならば幾らでも謝りますからどうか―――」
やはり部屋にはいないのか…?
ルウドは部屋の隅にある白薔薇の目を向ける。水をやらなければすぐに萎れて枯れてしまう。
「ティア姫様……」
一人で泣いているなんて聞かされてはほっておけない。
「―――姫様…‥」
「――――――…っ……」
「………?」
薔薇の下から何か聞こえる。
花瓶が乗っている大きな戸棚をあけてルウドは息を漏らす。
「ティア姫様……」
戸棚の中にすっぽり収まって姫は眠っている。やはり泣いていたのか目尻が赤い。
「……姫様、起きて下さい。こんな所で眠っていたら風邪を引いてしまいますよ?」
ぴたぴたと頬を叩くと姫は目覚めてルウドを見てビクリと身じろぐ。
「……ルウド……何でここに?」
「ティア様こそどうしてこんな所に入っているのです?いきなり居なくなってとても心配しましたよ」
「……ごめんなさい…‥」
ルウドが手を差し出すとティアがその手を取って棚から這い出る。
姫の手が冷えていてルウドは悲しくなる。
「……辛い事があるなら話してもらえませんか?一人で泣かれていては私はどうしていいか分からない。貴方を傷つけていたなら幾らでも謝ります。だから一人で悩まないでください…‥」
姫の手がびくりと震え、ルウドの手から離れる。
「……姫様…‥?」
「――――……しいのよ…」
「姫?」
「……どうだっていいでしょう?貴方には関係ないわ」
「心配しているのですよ?関係ないこと有りますか」
「関係ないわ。貴方には何も出来ないもの」
「そんな事ないですよ、何かできるはずです」
「……嘘ばっかり。私の望みなんて何一つ叶えられないくせに」
「望みを教えてくだされば努力は出来ます」
「―――――――嫌い!」
「ティア様…」
「中途半端に優しくされると余計に惨めで辛いのよ?いっそはっきり言ってくれればいいでしょう?意地悪姫なんか嫌いだって。私なんかもうどうでもいいって!」
「何を言って…‥そんなわけ……‥」
ティア姫がキッとルウドを睨みつける。目に涙をにじませて傷ついた目を向けられてルウドは押し黙った。
「見え透いたいい訳なんか聞きたくないわ。私の気持ちなんて何一つ分かろうとする気なんてないくせに。――――苦しくて限界なのよ、もうほっておいて!」
「……‥」
姫は部屋を出て行ったがルウドはそれを追えなかった。
ショックで足が動かない。
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