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第四話 庭師と白い薔薇の姫
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しおりを挟むハリスは城の周囲の見回りをしていた。城には国内外からの沢山のお客が来ていて城の至る所に人がいる。お客は城に入る際身元確認をされているはずなので大事ないはずだがその中に不審人物がまぎれ込んでいる恐れもある。
けして油断はできない、気を引き締めて警備にあたれと部下に言っている以上ハリスもそうでなければならない。
城周辺を一巡りして薔薇園を通りかかるとルウドがぼんやりたそがれているのが目に入った。
「何してるんだいルウド?姫はどうした?」
「―――…あ、ハリスか…」
「ルウド…」
「済まない……姫は……、逃げられた」
「見つけはしたのか」
「ほっておいてくれと言われた………私が姫を傷つけていたのか……」
「……」
「余りにも悪戯が過ぎるからもともと繊細な姫だったのを忘れていた。そんなに追い詰めていたとは知らなかった」
「……ティア様は何と言っていたのだ?」
「嫌いならはっきり言ってくれと。そんな馬鹿な事あるわけないのに…」
「でも最近敬遠してなかったか?やたら冷たい態度で突き放したり」
「姫には求婚者が大勢くるんだ。私が傍にいては邪魔だろう。私がいるせいで姫にお相手が見つからなかったら私は王にも顔向けできないじゃないか」
「………そうだね。でも訳も分からず付き離された姫は不安になるんじゃないか?ちゃんと言って差し上げないと可哀想だろ?」
「その件は話しても何故か喧嘩にしかならない。求婚者の為だと言えば怒って何をするか分からない。姫はまだ子供なんだ、結婚など早すぎる」
「ルウド、それは何か矛盾している。君、ほんとはどう思っているんだ?ほんとに姫の相手が現れて欲しいと思っているのか」
「勿論相手が出来ても気に入らないだろう。ティア姫は私が守ってきた大切な姫だ。娘のようなものだからな。だがそれは私の感情で姫には関係ない。そもそも身分が違うのだ、私にどうこう言える筈もない」
もと庭師の騎士と王国の姫君。ずっと傍にいて身近に思っても確かに身分と言う壁がある。
「でもそれで姫は泣いているんだろう?ちゃんと説明してあげなよ。誤解も解いて機嫌を直して貰ってよ」
「…‥しかしこのまま私が悪者になっていれば姫は私に近づかなくなると思わないか?」
「……何故そんな事をするんだ?冗談じゃないぞ」
「姫に悪い噂が立ったらどうするんだ?」
「それよりも一番に姫の気持ちを尊重しようよ。泣いてばかりいて病気になってしまったら結婚どころじゃなくなるぞ?」
「……それはそうだが。ちょっと大げさではないか?私のせいで病気になるなんて」
「随分思いつめていたのだろう?分からないぞ?だから早く姫を見つけてくれ。目を離したら何をするか分からないと言ったのは君だろう?」
「そうだな…」
やっとルウドが重い腰を上げたのでハリスはほっとした。
と、その時庭園の方で叫び声が上がった。一人ではない、複数だ。
ハリスは嫌な予感を抱えて現場へ走る。
手遅れだった、とハリスは落胆した。
平和な交流場所であるはずの庭園が阿鼻叫喚の地と化していた。
被害者たちは何故か腹を抱えて笑い転げていたり、隣人に怒り狂っていたり、酔ったように泣いていたり感情を発露していた。
「どうしたのですか?」
感情を爆発されて困っていた紳士に聞くと分からないと首を振る。
「普通に話していたのだが突然訳の分からない事を言って怒りだしたのだ。困って周りを見ると突然奇行に走る人達が続々現れて、異常事態ではないかね?」
辺りを見ると突然怯え出したり転げ回ったりしだす人達が続々と増えている。
ハリスは真っ青になった。
「他に何か気付きませんでしたか?何かを召しあがった後におかしくなったとか?」
「そう言えば綺麗なメイドさんが通り過ぎた後から異変が現れた様な…?いやっ!メイドさんは関係ない、彼女は仕事をこなしていただけだ。綺麗なメイドさんがそんな悪い事をする訳がない!彼女は無実だ、済まない」
「……そうですか…」
ハリスは付いてきたルウドの元へ行きこっそり話す。
「この場は何とか処理するから、ルウドは姫を捕まえてくれ。早くしないと大変な騒ぎになるぞ?」
「わかった」
「姫は変装しているかも知れないから気を付けてくれ」
ルウドが急いで走っていくのを見届けてからハリスは部下に指示を出す。
「ゾフィーを呼んで来てくれ。状況も説明してな」
騒ぎの起こる先にティア姫がいるはずだ。
ルウドは急ぎ、騒ぎの傍をすり抜け先へ進む。
「いやあああっ、蛇が!蛇が!」
「わあああっ!何だこの樽はああっ?」
「きゃああっ、魚男っ!」
「なぜざるを被っているんだああっ?」
通る先々で騒ぎが起こり警備隊が処置に追われている。彼らはどうも幻覚剤を嗅がされたようだ。
「……悪質な……、なぜこうも周りを巻き込むんだ?」
ルウドは小さく呟きながら庭園を出て薔薇園に入る。
薔薇園は静かだった。人は疎らにいるようだが特に変わった様子はない。
意地悪姫と言われる姫様でも薔薇に害をもたらす事はない。それはティア姫が薔薇が好きと言うだけでなくここにある薔薇を植えた人達の思いを知っているからだ。
赤い薔薇はアリシア姫の為に。黄色い薔薇はミザリー姫の為に。白い薔薇はティア姫の為に。
姫達が生まれた年に姫の幸福を願い、植えられた。薔薇には育てた庭師の思いもある。
それなのに―――――
「………ティア姫……」
白い薔薇の枝が抜かれて消えている。
怒りよりまず先に鳥肌が立ってぞっとした。
―――ティア姫は一体何を考えている?
早く捕まえなければヤケになって何をするか分からない。手遅れになる前に早く見つけなければ。
この舞踏会が終わってすぐ帰国する予定のスティアはふとティア姫の姿を見かけて追いかけ、声を掛けようとして息を詰まらせ目を疑った。
―――白薔薇姫が白薔薇の苗を抱えて歩いている。
何だろうか、この光景?
普通なら見なかったふりをして遠ざかるところだが姫の状態がとても普通ではなかったのでスティアはほっておけなかった。
「ティア様、何をしておられるのです?」
「何でもないわ。ほっときなさい」
「その白薔薇、どうするつもりですか?」
「どうだっていいじゃない!ほっといてよ!」
「そんな訳には行きません。その薔薇、重いでしょう?お持ちしますよ」
「――――なっ、ちょっと!」
スティアは姫から強引に白薔薇を取り上げる。
「これは大切な薔薇なのでしょう?どうする気です?」
「返して!捨てるのよ!もうこんなものいらないんだから!」
「皆が悲しみますよ?」
「いらないのよ!だって庭師が言ったもの!どうせ枯れる運命なんだから枯れる前に捨てるのよ!」
「まさか?そんなわけないでしょう。これは彼の宝ではないですか」
「もういらないのよ!そんなもの、簡単に人に譲り渡せる程度のものなんだから!」
「ティア様、落ち着いて下さい。何があったのです?」
「何も無いわよ!だから終わらせるのよ!すべて」
「ティア姫……」
これが異常事態なのは分かる。泣きはらした目をした姫は何かヤケを起しているようにしか見えない。
「とにかく落ち着いて下さい。とりあえず私の部屋へ行きましょう。何か温かいものを飲んで気を落ち着かせて下さい。私でよければ話くらい幾らでも聞きますから」
スティアは姫と薔薇を部屋へ連行する。姫は疲れ切ったように大人しくスティアに付き従う。
部屋で暖かいお茶を飲んでからティア姫がぽつぽつと話し出す。
姫は積り積もった思いを誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。だがそれは身近な人には言えなかったのだろう。
「ほんの数年前まではルウド、優しかったのよ?いつも傍にいてくれて、私が何をしても笑ってくれて、許してくれて、いつも愛してるって言ってくれた」
「……‥」
「周りがちょっと甘すぎるって言う位甘やかされてたのに、舞踏会に出る年くらいから離れていって話せば説教か喧嘩だし、仕事以外では近づきもしないし、私が近づけば突き放すようなこと言うし、冷たいし…」
姫は目に涙を浮かべて寂しげに薔薇の苗を見る。
「……私、楽しみにしてたのに。舞踏会に出るようになったらルウドが相手してくれるって。馬鹿みたいよ、相手なんかしてもくれない。あの人、私みたいな子供の相手なんかしたくないのよ。もう薔薇からも私からも解放されたいんだわ…」
「……そんな…」
「迷惑なら迷惑って言ってくれれば良かったのにルウド、何も言わないから。私が泣けば優しくなって適当な弁解するから。もうどうしていいか分からなくて、苦しいの。辛くてもう耐えられないから終わらせたい…」
「何を?」
「……すべて。この思いも、いっそ忘れてしまいたい」
きっとそれが出来なくて姫は苦しんでいるのだろう。
姫の庭師がこの気持ちに気付かない限り、姫はずっと苦しみ続ける。
「姫様、ルウド隊長ときちんと話し合われた方がいいですよ?」
「ルウドは私の事、ただのわがままな子供だと思っているの。何をしても、なにをいっても、きっと理解しないし気付かないわ。私の気持ちなんか分かろうともしないのよ」
「何故……?」
「困るから。私の気持ちはルウドにはとても困るものなのよ。だから私を子供扱いするのよ」
「それじゃあ姫が辛いままでしょう?きちんと伝えた方がいいです」
「伝えればきっと私から離れていくわ」
「そんな……」
何を言っても姫を慰める事は出来ない。ルウドでなければ駄目なのだ。
悲しそうな姫を見ているとスティアまで悲しくなる。すぐ傍にいるのに何も出来ない。
この恋を終わらせなければ姫は先へは進めない。
「私帰るわ…。聞いてくれて有難う」
「…いいえ、何も出来ずすみません。あの白薔薇は私が戻しておきます。ティア様、逃げても何の解決にもなりませんから勇気を出して話し合われて下さい」
「……」
「あなたの好きな庭師は貴方を傷つけるような方ですか?きっと心配していますよ」
「……」
ティア姫は黙って部屋を出て行った。
完全な部外者でしかないスティアはちょっとだけ姫の内情を知って安堵する。
姫の心にいる庭師はけして姫を愛することはない。現実的に考えても姫の恋が実る事はないのだ。
次にこの城に来た時には姫の恋は終わっているだろう。
卑怯でもそう思わずにはいられない。
「ゾフィー、ティア姫の居場所を知らないか?」
「ルウド隊長、ですから知らないと何度も…。何故あなたが分からないのです?」
「……分からないのだから仕方ないだろう?」
ルウドが客室でどっしり座って憮然としている。
「あの…?捜しに行かないので?」
「ここにいれば現れると思ったのだが……」
「被害者がまだまだ出るのでは?早く探さなければ姫自身にも危険があるかも知れません」
「……」
「あの、ルウドさん?」
「私はどうしたらいいのだ…」
「え…?」
「白薔薇の枝が抜かれていた」
「えっ?」
「私がいると苦しいと…。ほっておいてくれと。私は、嫌われているのか…」
「たたたた隊長、そんな馬鹿な。あり得ないでしょう?姫は貴方がいないと寂しがりますよ?」
「話せば喧嘩ばかり。思えば私は随分ひどい事を言って姫を傷つけた。嫌われても仕方はない。姫はもう私などから解放されたいのかもしれない」
「憶測ばかりここで言っていないでちゃんと姫と向き合って話し合って下さいよ?」
「私は姫の気持ちは分からないし、分かろうともしないのだ」
「分かりますよ。大丈夫ですから」
「どうしてティア姫はあんなに人に意地悪ばかり…。昔はもっと優しい姫だったのに」
ルウドが難しい顔をして愚痴る。愚痴られても魔法使いは困ってしまう。
「……ティア姫は、いつからあのようになったのでしょう?」
「…え…?」
いつもイライラして、不安定で。
時間がたつにつれ不安が増大していき、このままではいけないのだと悟り動きだす。
ただの大人しいばかりの姫では彼を繋ぎ止める事は出来ないと思ったのだ。
彼の目を自分に向けるさせるため、姫は意地悪を繰り返す。
事情を知る彼の周囲の者達は迷惑を掛けられながらも姫が不憫で何も言えない。
姫が愛した庭師は、自ら白薔薇姫を愛しみ育てておきながら全く姫の気持ちに気付かない。
ティア姫はそろそろ限界かもしれない。ゾフィーは姫の為にただ特効薬を造る位しかできない。
「ルウド隊長、姫様にこれを飲ませてあげて下さい」
「これは?」
「精神を安定させる薬です。お茶などに入れて差し上げて下さい」
「……分かった」
ゾフィーは薬を渡し、ふと思いだす。
―――ティア姫はまだ、あの薬を使っていない。
ルウドが薬を見つめて悲しげにつぶやく。
「こんな物を使わなければならないほど不安定だったなんて…私のせいなのか。私が何も見ていなかったから。どうすればいいんだ私は」
「救って差し上げて下さい。それはあなたにしかできない」
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