意地悪姫の反乱

相葉サトリ

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第六話 白薔薇姫と薬の真実

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 後から思えば最初からおかしかった。発端は彼が姫の部屋に入ったこと。そして―――、

「す、すみませんっ!申し訳ございませんっ!ティア様にっ、逃げられましたっ!不意を突かれてっ!すみませんっ!」

「そんな馬鹿な?部屋に姫が逃げ出せるような出口はないだろう?どうやって逃げだすというんだ?」

「と、隣の部屋に抜け穴がありましたっ」

「なんだと?」

 外に残っていた二人はただちに隣部屋の抜け穴を確認する。

「おい,追うぞ。また外になど出られては困る、お前はそこの二人を起こしてハリス隊長に報告だ」

「はいっ!」

 抜け穴に入った二人を見送り彼は倒れている二人を起こす事なく報告に走る。





「なに?ティア様に逃げられた?」

「はい、隣室のドレッサー奥に抜け穴がありましておそらくそこから」

「抜け穴!あの部屋にもあったか!あの部屋を姫の部屋にする際重々調べたはずなのに…」

 もとの姫の部屋はある事件で壊れたので仮に部屋を提供していた。その際もう二度と逃げ出されない様、バルコニーのない窓の小さな部屋を選んだのは他でもない、皇子とその他数名である。

 そんな思惑を知ってか知らずか姫は黙ってその部屋を受け入れた。
 抜け穴を知っていたなら黙っていても頷ける。

 ハリスは困ったように唸り、報告に来た彼を見る。彼は何故かハリスの後ろ、ルウドをじろりと見ている。

「姫の行き先に心当たりはないか?姫は何か言っていなかったか?」

「…ルウド隊長が来ないと怒っておりました」

「……ああ、怒っていたな…‥」

 後ろを見るとルウドが素知らぬ顔で空を眺めていた。

「……ルウド、だから先程…」

「言っても仕方ない、とにかく探そう」

「……ああ、君も頼む」

「はい」

 彼は颯爽と走って行った。
 彼を見送りルウドに目を移すと彼は困惑したように首をひねる。

「どうかしたか?」

「うん、ジル何かおかしくなかったか?」

 ティア付きの騎士五人は全員元々二番隊ルウドの配下である。
 まだ若く経験浅くとも、姫の為に精鋭五人の中の一人に選ばれたのが彼で当人もとても張り切っていた。のだが…‥。

「ティア姫にろくな目にあわされていないからな。疲れているのかもしれない」

「それはそうだね、ルウドでなければ大変だろう。話を聞いて場合によっては休ませてあげるのもいいな」

「そうだな…」

「ところで私もそろそろ休みが欲しいのだが」

「私はまだ完全に治っていない」

「………そう」

 最近働き過ぎで嫌だと思っていたハリスはそっと息をもらした。
 



 
 
 それから二手に分かれて姫の探索をする。ルウドは魔術師の塔へ向かおうとした。
 が―――――、

「ルウド隊長」

 途中でジルに足止めされた。

「何だジル、早く姫を捜さないとまた街にでも出られたら」

「魔法使いの塔で見つけましたがすぐ逃げられてしまいました。城内に入って行かれましたから街には出られないでしょう」

「―――――そうか……」

 ルウドは肩を落とす。そんなルウドをジルは何故か熱く見つめる。

「……どうかしたか?」

「隊長は姫様にお会いしたくないのでは?それなのに捜すのですか?」

「…ああ、任務だからな」

「任務。そうですね。仕事ですからね」

 ルウドはふとジルを見る。
 なんだか妙に引っ掛かる言い方だ。しかも彼はやはりどこかいつもと違う。

「ジル?どうかしたのか?なんか妙に目がぎらついているが?」

「え、そんな事はありませんよ。何でもありません」

「そうか、しかしもし疲れているならそう言って構わないぞ?休みが欲しいなら言ってくれれば考えるから」

「そんな!とんでもありません!姫様の護衛という誇りある幸せな仕事を休むなんて!毎日姫様をお見かけ出来るこの幸せな仕事に疲れているなんて罰当たりな事思うはずがありません!私は幸せなんです、ご心配無用です!」

「…………そ、そうか、悪かった」

 毎日酷い目に遭わされているのを知っているルウドはちょっと引いた。
 今のが本心だったらどうしよう?しかもまさか護衛全員がそのように思っているのだろうか?私の部下は大丈夫なのか?

「………」

 ルウドは何だかとても不安になった。
 苦悩しながらも足は城内へ進む。

「で、ジル、どこへ行ったと?」

「そこまでは見ておりませんでしたので。とりあえずご報告を先にと」

「そうか、では次姫を見つけたら直ちに捕まえてくれ」

「捕まえるなんて…」

「捕獲優先してくれ。人手不足なのに精鋭護衛を振り回すとは。全く困った姫だ」

「五番隊はまだ街ですか?」

「うん、調査が終わらない。街の犠牲者も増えるばかりなのになかなか毒の出所がつかめないようだ。これをほってはおけないし、まだしばらく戻らないな」

「公にして街役人を動かせばいいのに」

「街が騒ぎになるからな。毒ではなく疫病などという者も出るかも知れん。だから犠牲者
は内々に処理しているのだ」

「大変ですね」

「皇子としてはもっと街に兵をやりたいところだろう。姫は部屋に押し込めておけるが毒物やあらぬ噂というのは押し込めてはおけないからな」

「不気味な話ですね」

「毒がその辺で手に入る代物ではないからみんな焦っている。早く片付けばいいが」

 それからジルと別れて姫の部屋へ行く。姫は居なかったのでアリシア姫の部屋を訪ねてみる。

「ティア?今日は見てないわね。塔じゃないの?」

 あっさりアリシア姫に言われた。





「…なるほどねえ、それは由々しき問題だわね」

 もちろんジルはルウドと別れたその足でティア姫の元へ報告に走った。
 目をキラキラさせて、とても嬉しそうな彼を見るとゾフィーはとても心が痛んだ。
 別にゾフィーのせいでもないが心の中で御免なさいを繰り返した。

「……姫様……」

「ねえゾフィー、何とかならないの?」

「えええ?ですからそれは街警備の管轄で…」

「調査はね。でも毒を何とかしないと犠牲者が後を絶たないでしょう?毒を含んでしまった人達はどうなったの?」

「…‥それは……」

 聞くまでもない。街人が毒消しなんて高価なもの買える訳がない。
 毒が何の毒かさえも分からないのに医者とて処置のしようがない。
 役人の言う処置はせいぜい隔離するのみだ。

「例の薬、使えるでしょ?ゾフィー」

 ティア姫に睨まれて怯む。

「あれは、駄目ですよ。王の許可なくしてはけして流入など出来ません」

「あれがあれば助かるわ。人の命に関わるのよ。増産すべきよ」

「ダダダダ駄目です!あれは毒消しではありません。強力な毒です!分かっているでしょう姫!」

「分かってるけど、他に何かあるの?」

「お願いですから警備隊に任せましょうよ」

「出る犠牲者の数は変わるわけ?」

「…とにかくあれは超危険物です。そんな物を街に流せばとんでもない事になりますよ。そもそも私の造る薬は全て王の許可なく街に流す訳には行きません」

「…父様の許可があればいいの?」

「許可が出る筈もありませんしそれ位なら毒の成分を調べてきちんとした毒消しを造りますよ?それが妥当というものです」

「……それはそうよね、なるほど…‥」

 据わるティア姫の目がゾフィーに向けられていた。

「……ええと……?」

「おかしいわよね?なぜゾフィーにその仕事が来ないのかしら?騎士隊は街で調査してるのにゾフィーに協力を依頼しないなんて」

「そ、それはきっと軍医で事足りるからでは」

「そうかしら…‥?」

 姫は入り口に立っているジルに目を向ける。

「とにかくまだ情報が必要だわ。ジル、頼んだわよ?」

「はいっ、勿論ですっ!」

 ジルは嬉しそうに返事をして張り切って出て行った。

「……」

 ゾフィーは恨みがましく姫を見る。

「あとでルウド隊長に怒られても知りませんよ?」

「ばれなきゃいいのよ?」

 実験台にされたジルが何より哀れだ。姫に罪悪感は見られなかった。






 








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