意地悪姫の反乱

相葉サトリ

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第八話 真実の書

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 昔々、このマルス国のお城には魔女がいた。
 昔というのは一体どのくらいかは分からない。だが魔女がいた、という証拠が残っている。


【魔女ロヴェリナの記述書】


 この書物にはありとあらゆる魔術と薬品に関するレシピが記されている。
 お城の入り組んだ地下通路の偶然迷い込んだ部屋で見つけた。
 鍵のないこの部屋は誰も入れるはずのない部屋の筈だったのにティアが見つけ、扉に触っただけでドアが開いた。
 その理由は分からない。だがそれ以降ティアが触ると入口が開き、現在その部屋はティアの研究室となった。

 夕食後、部屋に押し込められるティアは抜け穴を通り、この研究室で研究をする。
 十の頃見つけた分厚いロヴェリナの記述書は現在でさえもまだ難しくてほとんど解読出来ていない。
 数年前父に頼んで取り寄せて貰った【世界単語辞典】と照らし合わせて学習する毎日である。そしてどうしても分からない事はゾフィーに聞く。
 ゾフィーは何でも答えてくれる。それなら最初から聞いた方が早いが彼は余り詳しく話したがらないので無理には聞けない。
 それに何より自分で学ばなければ身につかない。

 ティアは別に魔女になりたいわけではない。
 ただこの魔女に興味があり、この不思議な記述書をすべて読みたかった。
 魔女ロヴェリナはどんな思いでこの記述書を記したのだろうか?

 十の子供でも読める最初の一文。
 その一文がティアが興味を引き、引き込まれる文となった。

『わが愛しき子供たちへ。最愛の者を救う最高の術をここに記す』

 ロヴェリナという人はどんな人だったのだろう?
 先祖ならば家系図に載っているものと調べたが居なかった。歴史の何処かに関わっているかも知れないと始祖の時代から調べているがまだ見つかっていない。

 ―――時間がなさすぎる……

 ティアは息をもらす。
 結婚より大切な事が沢山ある。やらねばならない事もやりたい事も沢山あるのに時間がなさ過ぎる。
 ティアは記述書を捲る。そしてある一文に目が釘付けになる。

「――――――これは……!」

 魔女の記述書は素晴らしい。ホントに困っていると救う術を教えてくれる。
 それをすべて解読さえできれば、それは無敵の書となる。







「これは由々しき事態だわ。何故こんな事になっているのかしら?」

 朝、魔術師の塔でジルの報告書を読んだティア姫は言った。
 先日休暇を取ったジルはその足で街に出、姫の指令通りの仕事をしている。
 流石は二番隊精鋭、彼は仕事も早くティアの知りたい情報を的確に流してくれる。

「……どうされましたか、姫様?」

「ゾフィー、どうもこうもないわよ。街の件よ。毒の件で隔離三十二名、死亡者五名、重体二十六名、快方一名。何なのよこれ?」

「毒への対処がまだ出来ていないという事でしょうか」

「その上にまだ街にその疑いがある病人がいるらしいわよ。街役人はどうする気なのよ?」

「皇子にも報告は入っているはずですから対処すると思いますが」

「重体の病人は待っちゃくれないわよ。快方の一名ってパティーのお母様よね」

「そう思いますが……」

「とにかく毒とはっきり分かっている重症者にはあの薬使えるでしょう?」

「ですから王の許可が…」

「そんなのお兄様にどうにかして貰うわ。何よりも優先すべきは重体者の処置よ。私が街へ降りて薬を届けてくるわ」

「それはいけません」

「一人で外に出てはいけないというのでしょう?でも方法はいくらでもあるのよ。何もこそこそ出かけなくても堂々と出かければいいんだから」

「……‥」

「お兄様にも許可を取ってくるわ、反対なんか絶対させない。ちゃんと護衛を付けて出かけるならゾフィーだって反対しないでしょう?」

 ティアは即座に立ちあがり塔を出た。







 第一皇子パラレウスはこのところ頭を悩ませていた。
 先日朝、ハリス隊長から苦情が来た。そして夜、ルウド隊長から苦情を長々と言われた。
 さらに本日朝、ティア姫が厄介を持ち込んできた。

「……なぜ君はそんな情報を持っているのかな?」

「隠したって無駄よ。火のない所に煙は上がらないんだから!」

「そんな事は知らなくていいと何度も注意したはずだが?」

「無理よ、もう知っちゃったもの。現状もね」

 パラレウスは困った。
 ティアにはどう頑張って隠そうとしても彼女が知ろうとすればあっさりばれてしまう。
 ティアはその術を持っている。全く手に負えない。

「ティア、知ったからと言って君に出来る事はないのだよ?」

「あるわよ!あるから言っているんじゃない!お父様にゾフィーの薬を使う許可を取って下さればいいのよ!そしたらみんな助かるじゃない!」

「そんな簡単にはいかない。薬は薬師に任せてあるから」

「じゃあもう重症者も皆助かるというのね?」

「医者も薬師も尽力している。だからこれ以上上の者がとやかく言うべきじゃない」

「じゃあ駄目だったら仕方ないという事?皆手は尽くしたのだからしようがないって?助ける手立てがあるのにそれに目をつぶって?」

「…ティア。君には君の、僕には僕の、彼らには彼らの立場がある。彼らの役目を侵害して信頼関係を損ねるべきではない。僕は命令を下す側の人間なんだ。
 君も、お姫様ならお姫様の役割を果たすべきだよ」

「……私の役割」

「良い国の皇子と結婚して国と国との架け橋になること」

「………‥現状を見て見ぬふりは出来ないわ。それに……」

 ティアはぼそりと呟いて部屋を出て行った。
 皇子は息を吐く。
 ティアが引かない以上また厄介な事が起きそうだ。

『私はまだ真実を見つけていない』

 ティアは一体何を捜しているのだ?
 どうも得体のしれない妹で困ると皇子は悩む。



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